21話「決勝前の前哨戦?」
決勝の会場はロペスビルの三階である。
陸斗たちが到着した時にはもう半数が来ていた。
そのうちヴィーゴが彼に気づき、さわやかな笑顔を浮かべてやってくる。
「やあトオル、やっぱり勝ち上がってきたね」
「やっぱりって俺が来ることは予想していたのかい?」
驚きも見せずに祝福をしてくれるイタリア人と握手を交わし、彼は疑問を投げかけた。
「ああ。ラックウェルよりは君の方が有利だとは思っていたんだよ。もっともバシュロが負けてあのワンダーガールが来たのにはびっくりしたけどね」
そう言うと青い瞳は金髪の少女へと向けられる。
昨日のグループステージでバシュロとラックウェルを敗退に追いやったアンバーだ。
モーガンと談笑していた彼女は彼らの視線に気づくと近づいてくる。
「ハァイ、トールミノダ。昨日はどうも」
明るい顔と声であいさつをされ、彼は素早く礼儀正しい笑顔を浮かべて返事した。
「アンバーでいいのかな? 昨日は度肝を抜かれたよ。今日はお手柔らかに頼みたいな」
無邪気な顔はまだ幼く、彼と同年代だろうと思わせる。
このような少女が出てくるあたりさすがはeスポーツ大国アメリカと言うべきなのかもしれない。
「ええ、アンバーでいいわよ。リアルネームはまだ秘密ね」
彼女は右目をつぶってみせる。
容姿との相乗効果で小悪魔のように映った。
「俺のリアルネームもまだ秘密かな」
陸斗は微笑を返しつつ彼女と握手する。
バトルスーツは体のラインが出てしまうため、彼女が見事なボディの持ち主だとすぐ分かってしまう。
そのためある点に視線が吸われないように意識しなければならなかったが、結果としてアンバーに笑われることになった。
「日本人はシャイだってうわさ、本当なのね」
「君みたいなきれいな女の子と知り合うチャンスなんてなかったからね」
「あら」
陸斗の切り返しが気に入ったのか、彼女は楽しそうに口元をほころばせる。
「意外と風評どおりじゃないところもあるのかも?」
「そうですよ、アンバー。このトオルは日本人ですごいのはあのカンバラだけという定説をくつがえした男ですよ」
ヴィーゴが真剣な顔で会話に加わった。
他の人間であれば交誼を結んでいる己のことをフォローしてくれたのだと陸斗は思っただろう。
だが、この女性好きのイタリア人選手がこういう時、純粋な友情のみで行動するとは思わない方がよいと彼は知っている。
「そう言えばそうね。トオルはたしかハイスクールの一年よね? あたしよりひとつ年下なんだものね」
アンバーはそう言って陸斗に賞賛をこめたまなざしを向けた。
(この子は十七歳なのか)
たとえ思っても口にしない方がよいとされることがこの世には存在する。
それを多少なりとも学んだ陸斗は、言葉に出したのは次のことだった。
「世界だと十代で上位ランカーって時々出てくるんだよね」
「まあね。そもそも僕もまだ二十だしね」
アメリカ人少女ではなく、ヴィーゴが反応する。
「そうだったっけ?」
陸斗が首をかしげるとイタリア人は大げさなまでに悲しみ、天をあおぐ。
「オー、トオル、君には教えたはずじゃないか」
「だいたいいつも女の子をナンパしているばかりじゃなかったかな?」
実は覚えていたのだが、からかっているのである。
「オー、まるで僕が女の子にしか興味ないみたいじゃないか」
もちろんそのような選手が世界ランカーになれるはずがなかった。
ましてタイトル戦の決勝ステージまで勝ち上がって来られるわけもない。
「本当にそうだったら強敵が一人減るんだけどな」
陸斗は笑いながらも真摯な感情をこめて話す。
ヴィーゴが彼の言葉を聞いてニヤリとした時、少女の軽やかな笑い声が二人の耳に届く。
「あなたたち、本当に仲がいいのね」
「イエス。トオルとはベストフレンドです」
イタリア人はそう言うと陸斗の肩に腕を回してくる。
とてもよくしてくれているし、気軽に冗談を言える相手なのは事実であるため、彼は否定せずされるがままになっていた。
そこへモーガンがやってくる。
アレクセイ・モーガンは四十歳手前で身長が百九十センチもあり、筋肉たくましい大男だ。
くすんだ金髪は短く切り整えられ、ひげもきれいに剃ってある。
そのような見た目のせいかアメフトの選手と間違われたりするし、実年齢よりも若く見られることが多い。
だが、実際の彼は二十年近くにもわたってWeSAツアーで活躍している名選手である。
「アンバー、そろそろだぞ」
彼は二人をちらりと見たものの、何も言わずに少女に早口の英語で話しかけた。
「ええ、分かったわ、それじゃあ二人ともまたね」
彼女は笑顔で応えて二人に手を振って去っていく。
ヴィーゴは二人のアメリカ人をかわるがわる見ていたが、やがてモーガンにたずねる。
「彼女とあなたは親しいのですか?」
返ってきたのは不愛想な視線だった。
たしかにヴィーゴの問いは少々ぶしつけだったかもしれない。
しかし、その気持ちは陸斗にも理解はできる。
「あれは私の姪だ。あれの両親によろしく頼まれている」
モーガンは別に言ってもよいと思いなおしたのか、それとも別の理由があったのか。
イタリア人の疑問にぶっきらぼうに答える。
「何と」
ヴィーゴはハトが豆鉄砲を食らったような顔になる。
不愛想な大男のモーガンと明るくフレンドリーなアンバーが血縁だというのは、陸斗にしてもにわかには信じられない。
もっともこのモーガンが冗談を口にするような性格ではないとことは知っている。
彼はじろりとイタリア人をにらみつけた。
「特にお前のように女性選手やスタッフに片っ端から声をかけているような不届き者から守るようにと」
「オーノー、何か誤解があると思われます。僕はそこまで見境なしではありません。ただ、素敵な女性を素敵だと言っているだけです」
ヴィーゴは心外そうに弁明する。
これは彼にとっては本心には違いない。
だからこそモーガンはにらむのを止めなかった。
「それがけしからんというのだ。お前は今後むやみに姪に近づくのを止めてもらおう」
「人には誰にも束縛されない自由があります。それは誰にも侵害できないはずですが」
ヴィーゴも負けてはいない。
若くして世界ランカーになった男である。
軟弱な青年であれば震えあがって逃げ出しそうなモーガンの眼光をまともに浴びても、少しもひるむことはなかった。
「いや、迷惑だと言われているなら止めろよ」
そこで陸斗がイタリア人をたしなめる。
「何だって?」
ヴィーゴは最も信頼していた友に背中から撃たれた古の英雄のような表情で、彼の方に向きなおった。
「君も僕がふらち者だと言うのかい?」
「そう誤解されて怒られても仕方ない例はちょくちょくあったと思うよ。本当に女性のためを思って声をかけているというなら、一回反省しておきなよ」
真顔で彼に諭されたヴィーゴは沈黙してしまう。
モーガンは陸斗がイタリア人をたしなめたのが意外だったのか、興味深そうな顔で彼の顔を見る。
「ミノダだったか……? お前もつるむ相手は選んだ方がいいぞ」
そう言うとアメリカ人は踵を返して去っていく。
「くっ……まさかあのアンバーがあのモーガンの姪だとは」
「びっくりしたな」
ヴィーゴのうめきに陸斗は同調する。
全く似ていない二人だったが、アンバーは母親似だったりするのだろうか。
そう考えるも失礼かもしれないと思い、彼は反省する。
「少なくともあの子はあきらめた方がいいんじゃないか」
彼が言うとイタリア人は闘志を燃やす。
「ふっ、モーガンが何も言えなくなるような結果を残して、改めてアプローチをするだけさ」
「少しも懲りてないのか」
「当たり前だよ。ゲームと女性は僕の人生なのだから!」
力強く言い切ったヴィーゴに陸斗はあきれる。
「せめて俺の知り合いには迷惑をかけないでくれよ」
「もちろんだよ、マイフレンド。超えてはいけない一線はわきまえているつもりさ」
彼の一言にイタリア人は悪びれずに笑顔を返す。
薫がナンパされなくなったという事実がある以上、信じてもよいだろう。
「ならいいよ」
陸斗は追い討ちをかけなかった。
「やはり君こそ真の友だね」
ヴィーゴはうれしそうに彼の肩を叩く。
実に調子のいい男である。
このようなやりとりがタイトル戦決勝を目前にひかえた選手たちのものだとファンが知れば、どのような感想を抱くのだろうか。
陸斗は皮肉ではなく純粋に疑問を抱いた。
「ヴィーゴも。俺やアンバーをリラックスさせようとして声をかけてくれたんだろう」
言葉にしたのはこの一言である。
これに対してイタリア人は微笑むばかりで返事をしなかった。




