18話「ロペス記念グループステージの結果」
「っっしゃあああ」
陸斗は筐体の中で、声を抑えつつ喜びを爆発させる。
まだ試合が終わっていない段階だと、周囲へ配慮しなければならないのだ。
勝ってもないのに大喜びをして他の選手を怒らせてしまったという例が過去にあるという。
それゆえに彼も十分気をつけなければいけない。
グループステージは三本勝負だが、一本おきに五分ほどの休憩をはさむ。
筐体から一度外に出るかどうかは各自の自由で、陸斗は出るタイプだった。
そのことをよく知っている薫が白い紙コップに水を入れて持ってきてくれる。
試合中、選手の筐体に近づくことを許されている唯一の存在が専属マネージャーなのだ。
「まずは成功ね」
彼女も悔しそうにしている他のプレイヤーの配慮から、小さな声で耳打ちをしただけにとどまる。
「うん。まだ油断できないよ。みんな強いからね」
そう答えたのは陸斗の本心であった。
ギリギリ勝ったものの最後の一瞬まで油断はできなかったのだから。
二位のバシュロとの差は零コンマ二秒、三位のラックウェルとは零コンマ四秒にすぎない。
(作戦がずばり当たったのに、ラックウェルは六位くらいまで落ちていたはずなのに……)
それでも上位ランカーはきっちりきたのだ。
やはり恐ろしい敵手だと彼が思っていると、何とバシュロがやってくる。
今年で三十六歳になるフランス人選手は金髪を短く刈り、白いシャツにグレーのパンツという生真面目な印象を与える人物だった。
陸斗がフランス人という言葉から連想する像とはかけ離れている。
「やあ、さっきはしてやられたよ」
そのバシュロは彼に向かって白い歯を見せた。
まだ一本めだからか、結局二位でフィニッシュできたからか、余裕がうかがえる。
「どうも」
陸斗はそう言って軽く頭を下げた。
さすがに試合中に握手しようとは思わないし、勝った相手に「ありがとう」というのも嫌味な話だ。
バシュロの方もそれ以上のものは求めていなかったらしい。
「次は負けないよ」
さわやかに宣言して去っていく。
「ライバル認定されちゃったみたいね」
「ちょっとうれしいよ。二度と同じ手は使えないと思うけど……」
心配そうにささやく薫に対して、彼はどこか誇らしげに答える。
ランキング一ケタの選手に顔を覚えられるのはちょっとしたステータスのようなものだ。
もっとも、覚えられただけで満足するつもりは毛頭なかったが。
マネージャーたちが退出してはじまった二本めのレースはバシュロとラックウェルの壮絶な戦いとなった。
陸斗は危険を冒す必要はないものの、全体のタイムが伸びるのは邪魔しておく必要がある。
後方から嫌がらせのように妨害技を繰り出すことに徹した。
しかしながら、彼だけの妨害ならばバシュロやラックウェルは対応できてしまう。
現に二本めは一発も食らっていない。
泥仕合のような展開になったのは、他の選手たちも二人には勝たせてはならないと集中攻撃を浴びせたからだ。
それでもバシュロが総合タイム十六分三十五秒ニニで優勝する。
二位はラックウェルで十六分三十五秒六一、三位はアンバーというプレイヤーネームの女性選手で十六分三十五秒六七、陸斗は十六分三十七秒一三で六位だった。
バシュロがさすがの地力を見せたという以外はまだ分からない。
最後の一本で陸斗の優勝タイム、あるいは二位のバシュロのタイムを上回ればよいのである。
追われる立場である陸斗も安定した力を見せているバシュロも安心できるような状況ではなかった。
五分の休憩をもう一度挟み、決勝ステージ進出者を決める最後の勝負がはじまる。
(たぶん今度は)
陸斗は展開を予想し集中していた。
三度めの同時スタートとなったが、今回は誰も妨害を仕かけずスピード勝負となる。
(だよなぁ)
あくまでもタイムのよい者が選ばれるのだから、バシュロと陸斗以外の六名が妨害を封印して一本めの陸斗のタイム超えを狙うのは自然なことだった。
他にも同調者がいれば別だが、たった二人の妨害で全体のタイムを悪化させるのは非常に難しい。
そうなると陸斗もバシュロも高速レースにつき合うしかなかった。
それでも一周した段階でバシュロは二位、陸斗は三位につけている。
陸斗が三位にいられるのはトップを行くラックウェル、二位のバシュロのマークが厳しいおかげでもあった。
(ラックウェルとバシュロは本当に強いな)
彼としても感心するしかない。
一周めのラックウェルの通過タイムは五分二十一秒であり、一本めのペースを上回っている。
このままでいくとラックウェルとパジェロがグループステージ通過し、彼は敗退してしまう。
それを阻止するとなると妨害の封印を解くしかない。
そしてはそれは彼だけではなく、他の選手も同様だろう。
(誰がいつどこで仕かけてくるか……?)
誰もグループステージで敗退したいはずがない。
必ずや勝負に出るだろう。
その時こそ自身も動くべきだと陸斗は考える。
場が動いたのは二周めを通過した後だった。
まず最後尾から妨害ビームが放たれ、それを皮切りに乱戦がはじまる。
陸斗もやはり標的にされたが、懸命に応戦した。
妨害の応酬と化したにもかかわらず一定の速度を維持する者ばかりだから、一瞬たりとも気を抜けない。
彼の脳もフル稼働し、全神経をレースにそそいでいる。
刹那のミスですら一気に致命傷になってしまいそうなプレッシャーがあるが、それに気づかないほど集中していた。
いよいよ最後のカーブに近づいても混戦は続いている。
タイムは陸斗の十六分三十二秒五五を上回るかどうか、微妙なところだ。
カーブに入った時に先頭に立ったのはバシュロ、二位がラックウェルである。
(クソッ、やっぱりこの二人かよ)
現在四位の陸斗は恨めしく舌打ちをした。
何回突き落とされても気づけばトップに返り咲く様は、まるで不死鳥のようではないか。
それでもあきらめるという選択肢はない以上、食いついていくしかない。
最後の直線にバシュロが入った瞬間、三位の選手の妨害技が前の二人に炸裂する。
(えっ?)
思わず彼がぎょっとなったほどの鮮やかさでその選手、アンバーがトップに立つ。
落ちてきた二人をかわした陸斗が二位に浮上する。
二人はずるずると後退せずに立てなおし、三位と四位となったが挽回するには距離があまりにも少ない。
陸斗は二人の攻撃を受けながらも何とか二位でゴールする。
そのタイムは十六分三十二秒五一。
優勝したアンバーのタイムが十六分三十一秒一四だった。
アンバーと陸斗がグループステージ通過、残り六人がここで脱落となる。
筐体から出た陸斗はなかば呆然としていた。
それほど信じがたい結果だったのである。
「ま、まさか? バシュロとラックウェルの二人がどっちもグループステージ敗退だと……?」
その声の発生源は彼に分からなかったが、まったく同感だった。
大きく息を吐き出し、薫の姿をさがす。
そこへ報道関係者の男性たちが彼のところまで寄ってくる。
一人は金髪の白人、もう一人は日本人だった。
「トオル・ミノダ、グループステージ突破おめでとうございます」
「ありがとうございます」
白人のインタビュアーにそう応えると、日本人が問いを発する。
「今のお気持ちをお聞かせください」
「とてもうれしいです。グループステージの突破を目標にしていたので」
これは予期していたため、陸斗もすぐに言えた。
「ミスターミノダのランキングはたしか十九位でしたね……十六位以内というのは手が届きそうではあるものの、いけると思えるポジションではなかったということでしょうか?」
「そうですね。世界、特にタイトル戦は強い選手ばかりですから」
彼のこの答えは従来であれば教科書どおりと言われやすいタイプである。
だが、バシュロとラックウェルのグループステージ敗退という衝撃が走った直後ということも手伝い、説得力がある言葉として周囲に伝わった。
「バシュロ、ラックウェルが敗退しましたからね。アンバー選手は我々アメリカで期待の新星と言われていたのですが、まさかあの二人を倒してしまうとは……」
このアメリカ人インタビュアーでさえもが驚いたという。
「あのプレイはすごかったですね。あの二人に正確に技をヒットさせたテクニックがすごいと思います」
「申し訳ありませんが、そろそろ切り上げていただけませんか」
陸斗が答えたところで薫がインタビュアーたちにそう声をかける。
まだグループステージが終わったところだということで、インタビュアーたちもすぐにあきらめてくれた。
「では決勝ステージに臨むにあたり、抱負を一言お願いします」
「前回以上の成績を目指したいと思っています」
日本人インタビュアーに対して彼はそう返す。
前回以上、すなわち七位以上を目指したいというのは渡米する前から思っていたであった。
改めて確認する意味もあり、はっきりと告げたのである。
「ありがとうございました」
礼を言い合う形でインタビューが終わると薫が差し出してくれた水を飲む。
二回の休憩中にしっかりと水分補給をしたはずなのに、陸斗の喉はカラカラに渇いていたのだ。
生き返ったような気持ちになりながらそっと周囲に視線を向けると、肩を落とすラックウェル、悔しさを押し殺してインタビューを受けているバシュロ、笑顔いっぱいのアンバーの姿が映る。
少しずつだがグループステージ通過の実感がわいてきた。
「トオル君、どうする? ホテルに戻る?」
問いかけてきた薫に聞き返す。
「他のグループの結果は?」
「順当と言えるわ。マテウス、モーガン、岩井さんは通過したし、エトウさんは敗退」
「そっか……」
エトウの敗退は順当だと言われても否定できないが、それでも一抹の寂しさは感じる。
だが、プロ選手にとって勝敗は日常であり、割り切るしかない。




