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16話「ロペス記念・前夜パーティー」

 ロペス記念はVR機とeスポーツの普及に尽力し、WeSAの創設者の一人でもあるアメリカ人クリストファー・ロペスにちなんで設立された。

 開催場所はアメリカのニューヨーク州ニューヨーク市で、ウォール街のニューヨーク証券取引所の近くにあるロペスビルこそが六大タイトルのひとつの舞台だった。

 ここに世界中から強豪選手たちが賞金と名誉を求めて集結する。

 ロペス記念は毎回主催者が指定するゲームタイトル一種のみで優劣を競う。

 大会はグループステージと決勝ステージに分かれていて、まずは出場選手たち六十四名は八のグループに入れられてグループステージ突破を目指す。

 

「ロペス記念の決勝ステージに行けるのは十六人なのよね」


 エトウミナは緊張した面持ちで陸斗に話しかける。

 彼らは今、大会の前夜パーティーに来ていた。

 陸斗の方はタキシード、ミナの方は白いドレスである。

 場所はロペスビルの近くにあるホテルの大ホールで、出場選手の約半数が来ていた。

 このセレモニーの参加は自由で来なくてもペナルティは発生しない。

 宿泊先で明日からの戦いに備える選手も珍しくはなかった。

 それでも来ている選手も少なくないのは、大会の空気をわずかでも味わっておきたいからではないだろうか。

 陸斗はそう思いながらミナに返事をする。


「ええ。各グループ二名までですね」


 グループステージでは各自三回走り、タイムがよい者を二人が先のステージに進むというシンプルなルールだった。


「大丈夫かな」


 ミナは自信なさそうにつぶやく。

 勝気な性格をしている彼女も、さすがに世界の強豪選手を実際に見ると気を飲まれてしまったらしい。


「大丈夫ですよ、エトウさんなら」


「ありがとう」


 陸斗が落ち着いた様子ではげますと、彼女はやや落ち着きを取り戻したようだ。

 そこへ茶髪の赤いシャツを着た若い男が会話に加わってくる。


「ハーイ、そこのチャームなレディ、憂いを帯びた顔は美しい君には似合わないよ。笑って笑って」


 二十歳前後だと思われるその男はいきなりミナの手を握り、ウィンクを飛ばしてきた。

 携帯端末の翻訳機能を使っているはずなのにどこにも見当たらない。


「は、はあ」


 ズボンかシャツのポケットにでも差し込んでいるのだろうかと、彼女は困惑しつつふとそのようなことを考えた。


「またお前かよ、ヴィーゴ」


 陸斗はため息をついて不埒者の手を払う。


「よお、トオル」


 手を払われた男は悪びれることもなく、彼に向かって白い歯を見せる。


「ミノダ君、知り合い?」


 ミナにはそう聞かれ、男には「紹介しろ」と言わんばかりに視線を送られ、彼は天をあおぎたくなった。

 そういうわけにもいかず、男の名前を彼女に教える。


「この男はヴィーゴ・ヴァザーリですよ」


「えっ? 九位ランカーの!?」


 その名を聞いた彼女は軽く目をみはった。

 ヴィーゴ・ヴァザーリは六大タイトルを獲得したことこそ一度もないが、ツアーの大きな大会は何度も優勝しているイタリア人選手である。

 岩井よりもランキング上位であり、WeSAツアーに参加している者であれば知らない方がおかしいレベルの強豪であった。


「おや、レディ。僕の名前をご存知でしたか。あなたのような素敵なレディに名前を知られているとは、光栄のきわみ」


 ヴィーゴは再び彼女の手を握ろうとしたが、それは陸斗に阻止される。


「いい加減にしろよな、こういう場にいる女性にまでナンパするのは」


「ハハハ、何を言うんだい、トオル。素敵な女性にあなたは素敵ですと伝えるのは、男の義務だよ。むしろサボっている君がいけないのさ」


 そして若い女性には手当たり次第に声をかけることでも有名だった。

 ミナは今まで出会ったことがないため知らなかったのだが。


「何となく人となりは分かったわ」


 彼女はこめかみを軽く揉みながらため息をつく。

 

「オー、ではどうです? 今夜いっぱい飲みに行きませんか? もちろん僕がおごりますよ」


「ごめんなさい。私、今回がタイトル戦初出場なのでとてもそんな気分にはなれないのです」


「オー、それは残念。ではいつか、機会があればぜひ」


 ヴィーゴがはた目からも大げさだとしか思えないほど悲しんだものの、あっさりと引き下がる。

 彼のナンパ癖が有名なのに問題視されていないのは、この潔さのおかげだと言っても過言ではない。

 

「だいたい、今からグループステージ発表だろ。そんな余裕かましてていいのか?」


 陸斗がナンパ失敗したイタリア人に話しかける。

 グループはAからHまであるが、誰がどこに入るか分かっていない。

 ひとつ言えるとすれば世界ランキング一位から八位まではバラバラに分けられるということくらいである。

 つまりランキング九位のヴィーゴと言えども、ランキング一位と同グループになってしまう可能性があるのだ。


「ああ。僕と同グループになった選手は気の毒だね」


 ヴィーゴは自信たっぷりに微笑する。

 この陽気さと自信は半分でいいからほしいなとミナと陸斗は思う。


「そう言えばミノダ君とシニョーレ・ヴァザーリは仲がいいの?」


「ノーノー、僕のことはヴィーゴと呼んでください」


 感情たっぷりの抗議に彼女は鼻白んでしまい、条件反射的にうなずいていた。


「分かったわ、ヴィーゴ」


「それであなたのことは何と呼べばいいですか? そろそろお名前をお聞かせいただければうれしいのですが」


 ミナは迷って陸斗の方に視線を向ける。


「悪い奴ではないんですよ。陽気で気さくで誰にでも親切ですし、止めてくれとはっきり言えば止めてくれてしつこくないですし」


 彼は嘘を言ったつもりはない。

 そうでなければ彼の性格上、ヴィーゴのようなタイプと仲良くするのは難しいだろう。


「そう。ミナ、ミナ・エトウです。呼び方はお好きに」


「それではミナと呼ばせていただきましょう。東洋の女性らしいエキゾチックでエレガントな名前です」


「ありがとう」


 ミナの方は早くもイタリア人のあしらい方を学習したらしく、礼儀の枠を微塵も超えてない返事をする。

 女性にそのような態度をとられてもヴィーゴは平気な様子で話しかけた。


「ところでミナはプレイヤーネームを使っているのですか?」


「ええ、そうよ」


「なるほど……」


 ミナの問いに彼は何か考え込む。

 そこへ勇壮な音楽が鳴り会場のライトが一斉に消える。

 それから前方にあるひな壇にライトが集まって、マイクを持った四十代のタキシード姿の男が姿を見せた。


「それでは今からグループ分けを発表します」


 高らかに宣言されたが選手たちの反応はない。

 反射的に拍手をしかけたミナもそれに気づいて中断する。


「ああ、いいんですよ。すでに戦いははじまっていて、僕たちは拍手を送られるべき立場なのですから」


 それを見ていたヴィーゴは優しく笑う。

 ただしその青い瞳はまったく笑っていなかった。

 その言葉どおり、戦闘モードに入っているのだろう。

 先ほどまでの雰囲気さえも変わっていてミナは息を飲む。


「ミナさん」


 そのような彼女に陸斗が短く声をかけた。

 彼もまたヴィーゴ同様、真剣な顔つきになっている。


(これこそが経験者と私の差のかしら……)


 ミナはそう感じつつ、前方に向きなおった。

 前方のスクリーンには各グループに入る選手の名前が順番に表記されていっているのだが、すでにエトウミナの名前がある。

 Aグループであり、そこにはランキング二位のアレクセイ・モーガンの名前があった。

 それに気づいた彼女は短く息を飲む。


(いきなりトッププロと同組……)


 己の運のなさを呪う。

 もっともすぐに自分のランキングは出場選手中最下位であるため、トップ級とグループで当たるのは予想していなければならなかったと思いなおす。


「俺はCグループ、ヴィーゴはDグループ、岩井さんはBグループ、そしてマテウスはHグループか……」


 陸斗はとりあえずヴィーゴと岩井と別組になり、さらにランキング一位のマテウスもいないことに安堵する。

 それからミナに声をかけた。


「でもこれ、二位まで決勝に進めますから」


「そ、そうね……」


 彼の言葉に彼女は気を取りなおす。

 現役二強と言われることまであるマテウスに勝てる気はしないが、二位までならば可能性はゼロではない。

 弱気になりそうな自分自身に何とかそう言い聞かせることに成功したのだ。


「それにミナ、マテウスはレースゲームはそこまで強くないですよ」


「え、そうなの?」


 突如口をはさんできたヴィーゴの思いがけない一言に、彼女は思わず訊き返してしまう。

 それから確認するように陸斗の方を見る。

 彼はあいまいな笑みを浮かべて首を縦に振った。


「あくまでも得意ではないというレベルですけどね。たしかロペス記念は三位が最高みたいですし」


「それでもタイトル戦で三位に入れるんだ……」


 それで強くないとか得意ではないと言われてしまうのか。

 ミナはそう思い慄然とする。


「まあトップってモンスターだよね。そのうち僕が倒すけどさ」


 ヴィーゴは気負いもせず言い切り、彼女にウィンクした。

 彼としてはきめ台詞だったのかもしれないが、彼女はついていけないと感じただけである。

 その後グループステージで使われるコースが「アナハ砂漠」と発表された。


「よりにもよって砂漠か……」


 陸斗が顔をしかめる。

 誰がどう頑張っても一周六分はかかる最長コースでそれを三周するのだから、テクニックよりもペース配分や集中力の持続性が要求されるのだ。


「逆に言えば集中力勝負なら、誰にでもチャンスはあるわけだ」


 彼とは対照的にヴィーゴはうれしそうに笑う。

 テクニックでトッププロを上回るのは難しいが、集中力勝負ならば負けないと言わんばかりだった。


「そういう意味ではフェアと言えるかもな。集中力勝負に持ち込めるだけの実力は必要だろうけど」


 トッププロに持久力がないなどと陸斗は幻想を抱いてはいない。

 

「ええ、負けないわよ」


 ミナは己を奮い立たせるように両頬を軽く叩く。

 そのような彼女をヴィーゴは笑顔で称える。


「その意気ですよ、ミナ。決着がつく前にあきらめるような輩に勝利の女神は決して微笑まないのだから」


「その点だけはヴィーゴに賛成かな」


 陸斗も珍しくイタリア人に賛成した。

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