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12話「トリニティワイアット」

13話は7月19日午前中更新予定です

彼らは一時間ほど動作チェックをやっていたが、ミナが「そろそろ時間だ」と言ってログアウトする。

 一人でも続けてできるとのことだったが、何となくそのような気分になれなかった陸斗もログアウトした。


「いかがでしたか、トリニティワイアットは?」


 二人をにこやかに出迎えた吉川に問われて、彼らは少し考え込む。

 それから先にミナが口を開いた。


「もう少しできることがあってもいいように思えました。あまり私たちの方でやることがないと言いますか……」


 陸斗も全く同感だった為、無言で二度うなずく。

 二人の意見を聞いた吉川は恐縮したように目を伏せて答える。


「おっしゃるとおりでしょう。しかしながら、あくまでもボスはプレイヤーが撃破可能の強さに設定しなければならないと考えております。皆さまはいずれも優れた実力をお持ちのプロ選手ですからあれくらいでちょうどよいのではないかというのが、弊社の判断です」


 要するにプレイヤーたちに対するハンデのようなものだ。


「それはおっしゃるとおりかもしれませんね」


 ミナも陸斗もそう言われると反論に困る。

 絶妙な手加減を自分の力だけでできるのかと訊かれても、自信がないせいだ。

 もしもプロが強いと困るというのであれば、彼ら有名どころではなくてもっと実力や実績で劣るプロを呼ぶという選択肢もあっただろう。

 企業側がそれをしなかったのは有名プロを起用したという宣伝効果を期待しているのかもしれない。

 いずれにせよ彼らにしてみれば名誉に感じても怒ることではなかった。

 ただ、陸斗としては確認しておきたくなる。


「そうなると僕たちがあんまり練習するとまずくないですか?」


 彼らが強いと困るのであれば、戦いにくさを感じているような状態の方がよいのではないだろうか。

 これは皮肉ではなく純粋な疑問である。

 

「あるいはそうかもしれませんね」


 吉川の返事はあまり歯切れがよくなかった。

 ボスの操作をプロ選手に依頼するというのはプレジー側も今回が初めてだからだろう。


「弊社の意図どおりの結果にならずとも皆さまの責任ではございません。その点ははっきりと申し上げておきます」


「そうでないと困ります」


 ミナの方は遠慮なくきっぱりと言う。


「その点を記した書類を作成して、皆さまのご自宅に郵送させていただきます」


 彼女の手厳しい意見にも吉川は冷静に対応している。

 

「こちらにもお願いしますね。正式なプレイ契約はそれからにさせていただきましょう」


 それまで黙っていた薫が口をはさむ。


「私もそうさせてもらいます」


 陸斗とミナがハンコを押したのはあくまでも守秘義務に関するものだ。


「かしこまりました」


 吉川たちはそろって頭を下げる。

 二人のプロ選手はそれぞれのマネージャーとともにフロアを後にした。

 若い社員が一人、エレベーターのところまで案内してくれる。


「本日はお忙しい中、まことにありがとうございました」


 その声とともにエレベーターのドアが閉まった。

 ほぼ同時に陸斗は深々と息を吐き出す。


「あら、緊張していたの?」


 ミナがくすくすと笑いながら話しかけてくる。


「ええ、どうにもああいう場は苦手で……」


 陸斗はそれに対してバツが悪そうな笑みを返す。

 プロとしては失格になってしまうような発言だということは理解しているつもりだ。


「天才ミノダトオルにも弱点はあるということね」


「やめてください、それ……」


 十代前半で名を馳せるようになった彼のことを「天才」とたたえる人は多い。

 それに関して彼は困惑するしかなかった。


「あらら。でもそう見られても仕方ないのも事実よ」


 ミナは目を丸くして聞いていたが、不意に表情を引きしめる。


「私は今度の試合にロペス記念への出場をかけているつもり……だから今日は早めに引き上げるのよ。けど、あなたはもうすでに出場資格を持っているでしょう?」


「は、はい」


 陸斗は迫力に押されてこくこくとうなずく。

 ロペス記念の出場資格は去年六月から今年の四月までにタイトル戦に出場して八位までに入った者、非タイトル戦で優勝した者に優先的に与えられる。

 ミナはそのどちらもまだ満たしていなかった。

 ゴーナンカップで彼女はミノダトオルに敗れて優勝を逃したように、非タイトル戦でも強豪選手は出て来ることは多く、彼女はまだ一度もそれらに勝てていないのである。


「どれだけすごいことをしているのか……少しは自覚してよね」


「ご、ごめんなさい」


 ミナのロペス記念出場資格獲得を阻止した本人としては、他に答えなど浮かばなかった。

 そのような少年プロに彼女は苦笑する。


「謝ることじゃないわ。まだツアーの大会は残っているし、もし優勝できなくてもWeSAのポイント次第ではチャンスあるもの。私はあきらめていないわよ」

 

 彼女はきっぱりと言いきった。

 その力強い言葉に陸斗のライバル心が刺激される。


「負けませんよ」


 彼がそう言うとミナはさわやかな笑顔で応じた。


「こっちこそ。と言える資格を手にできるよう頑張ってくるわ」


 ちょうどオフィスビルの外に出た為、そこで手を振って別れる。

 黙って二人の会話を聞いていた薫が陸斗に話しかけた。


「ロペス記念への準備期間が長いという点では、あなたの方が有利だと言えるんじゃない?」


「そうかもしれないね。でも、勝利に執着するライバルとギリギリの戦いをこれからもするあの人の方が、勝負勘という意味では分があるかもしれないね」


 彼は考えながらそう答える。


「あなたも出てみる?」


 薫が問いかけてきたのは確認以上の意味はないだろう。

 分かっていたが陸斗はしっかりと否定しておく。


「やめておくよ。今回の俺の目標はロペス記念の優勝だからね」


 そう言った彼の黒い瞳は静かに燃えている。

 彼の去年のロペス記念の成績は八位だった。

 タイトル戦八位以内入賞を十五歳で達成したのは歴史上三番目の若さなのだが、本人は決して満足していない。


「やるからには優勝を目指すってわけね。その方がいい結果を生むでしょうね。あなたの場合」


 薫は愛車のクーペに乗り込みながら、少年をまぶしそうに見つめる。


「そう言ってもらえると勇気をもらえるよ」


 陸斗は小声でつぶやいた。

 彼女にはっきりと伝えるのは少し気恥ずかしかったからである。

 代わりに大きめの声を出して次のことを話す。


「俺の場合、タイトル戦で結果を出せるかどうかが生命線だからね」


「そうね、そうだったわね」


 薫が神妙な顔になる。

 彼はあくまでも学生であることを優先するという約束のため、出場する大会の数をしぼらなければならない。

 ランキングや獲得賞金額の面で厳しい彼がタイトル戦に出場する近道は、タイトル戦で活躍することだった。

 グラントチャンピオンカップ以外の五つは、タイトル戦で一定の結果を残せばその時点で出場資格を得られるからである。 

 助手席に腰をかけた彼は窓ガラスを通してくもり空をながめて、顔を若干しかめた。


「明日、雨が来るかもしれないね」


「そうね。でも、この子の電池の残量はまだ八十パーセント以上あるから平気よ。梅雨の時期だったら少し心配だけどね」


 薫はメーターパネルの電池残量計を確認する。

 彼らが乗っている白いクーペはソーラーカーなのだ。

 太陽が出ているかぎりは何の心配もいらないが、そうでない時は蓄電された分を消費しながら走行する。

 その性質上梅雨には弱く、充電スタンドをさがす必要が生じる場合もあった。

 二〇〇〇年代ならいざ知らず今の時代充電スタンドをさがすのに苦労はしないだろうが、心理的な問題である。

 

「うん。ほんと梅雨は嫌だなぁ」


 陸斗は背もたれに体をあずけながらぼやく。

 湿気が多くてうっとうしいし、個人的に雨そのものもあまり好きではない。

 薫の方は雨自体は嫌いではないと知っている為、遠慮がちな発言だったが。


「たしかに湿気の多いのは困るわね」


 彼女も湿気は苦手だった為、微笑して応えた。


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