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11話「運営会社のオフィス」

12話は7月18日の午前9時ごろ更新予定です

陸斗が薫をともなってゲーム会社の人間と会ったのは、土曜日の十四時ごろのことだった。

 待ち合わせ場所は車で三十分ほど走ったところにある、オフィス街の一角にあるゲーム会社のオフィスビルである。 

 そこの七階の応接ルームに来ていたのは彼らばかりではなかった。


「あら、ミノダトオル君じゃない」


 そう陸斗に声をかけたのは二十歳くらいと思しき黒いショートヘアの女性である。

 猫のような瞳とはつらつとした表情が印象的な彼女は、ゴーナンカップの決勝を彼と戦ったエトウミナ選手であった。

 本日は黒のレディーススーツを着ていて、ズボン姿と黒いローヒールがばっちり決まっている。


「あ、どうもです」


 見るからに大人の女性といういでたちをまぶしく思った彼は、安直に高校の制服を着てきたことを少しだけ後悔した。

 その背後にいる三十前後のスーツの女性は、彼女のマネージャーだろう。

 彼と目があうと無言でお辞儀をしてくる。

 

「そうか、二人は顔を知っているのか」


 その彼らのやりとりに加わってきたのは三十代の、こちらもスーツを着た茶髪の男性だ。


「ええ、岩井さん。ついこの間戦ったばかりですから」

 

 エトウミナが微笑しながら返す。

 

「去年は勉強させていただきました、岩井さん」


 陸斗も敬意をこめて岩井という男に声をかける。

 岩井謙介はプレイヤー名制度を使わずに本名で活動しているツアープロで、日本最強プレイヤーと言われているのだ。

 彼にしてもあこがれであり、いつか超えたいと思っている目標のひとりである。

 去年のタイトル戦で闘う機会があり、そこで陸斗は未熟さを教えられたのだ。

 岩井の方はと言うと彼のあいさつに苦笑しつつ肩をすくめる。


「よしてくれ。去年はたしかに私が勝ったが、君がまだ十五歳だと聞いた時には戦慄したよ」


「ほんと、嫌になりますよね。こんなに強いのにまだ中学生とか反則でしょって思いましたもん」


 ミナの方も岩井に共感を示す。

 それを聞いた岩井は何度もうなずきながら陸斗の姿をまじまじと見つめる。


「全くだよ。今君が着ているそれ、高校の制服だろう? ……俺の息子と大して変わらないんだよなあ」


「は、はあ」


 彼としては実に困ってしまう話題であった。

 褒められているとは分かっているものの、素直に喜ぶのもいけない気がしてならない。

 薫に助け船を出してもらいたいくらいなのだが、彼女は彼の背後にひかえて沈黙を守っていた。

 プロ選手同士の会話にでしゃばってはいけないと思っているのだろう。

 岩井もマネージャーらしき男性を同行しているが、その人もまた会話に入ろうとはしない。


「こんなかわいい顔をした男の子が、トップ級のひとりなんですよね。VRだと思考能力が重要だから、経験の差を十分埋められると言うけど」


 称賛しているのかそれとも嘆いているのか分からないミナの発言に、岩井は再び苦笑する。


「言っておくけど、私から見ればエトウ君も十分すぎるほど若いよ。たしか大学生だよね?」


「あ、はい。今年で三年ですね」


「若いなあ」


 岩井は笑って空をあおぐ。

 

「でもミノダ君からすれば違うでしょう」


 ミナは口元をほころばせたが、真剣な目でミノダトオルこと陸斗を見る。


「そんなことありませんよ。エトウさんはきれいなお姉さんだと思います」


「あらありがとう」

 

 彼女は笑顔で賛辞を受けとり、それを残念そうなものに変えてから口を開く。


「でもソツがないのはちょっとかわいくないかも」


「ええー」


 陸斗にしてみれば「どうすればいいんだ」と言いたくて仕方ない気分である。

 ここに薫しかいなければそうぼやいたに違いない。

 だが、年長者でありプロ選手としても先輩に当たる人たちがいる場では、彼は我慢するしかなかった。


「あら、そういうところはかわいい」


 ミナはまたにっこりとして、彼はがっくりと肩を落とす。

 もう好きにしてくれと言いたくなるような気分であった。

 そのようなところへ運営会社の社章をつけた四十歳くらいの男が、二十代くらいの男たちを二名連れて姿を見せる。


「本日はお忙しいところ弊社オフィスまでご足労いただき、まことにありがとうございます。株式会社プレジーの吉川でございます」


 誰よりも年上と思われる黒髪をオールバックにしているグレーのスーツを着た男性は、岩井が混ざっているせいかとても腰が低い。

 あいさつを長々と終えてから吉川はようやく本題に移る。


「恐縮ですが具体的なお話に入る前に誓約書にサインをお願いいたします。皆さまはどなたも一流プロですから守秘義務というものを今さら申し上げる必要はないでしょう」


 これから説明されることに関して決して他言しないという旨が記されていた。


「まだ公表されていないサービスの情報を他者に先んじて知るのだから当然のことですね」


 そう言ったのは岩井であり、ミナと陸斗は黙って賛同する。


「ご理解いただきありがとうございます」


 運営の人間はあくまでもにこやかな笑みを貼りつけていた。

 三者ばかりではなくマネージャーもサインをしなければならない。

 それがすむと説明がはじまる。


「今回皆様にお願い申し上げたいのは、我々がサービスを開始しているアルテマオンラインというゲームにおいて、イベントボスユニットを操作していただくということです」


「その割には人数が少ないのではないですか? いくら日にち限定とは言え、たった三人だけでは拘束時間が伸びそうなのですが」


 ミナが手を挙げてさっそく質問した。

 吉川はわが意を得たりと言わんばかりの顔でうなずく。


「ご懸念はごもっともです。ですがあなたがたにお任せしたいのは通常のボスではありません。条件を満たしたプレイヤーのみがイベント最終日に戦える、最終決戦ボスなのです」


 何となく言いたいニュアンスは伝わってくる。

 資料によるとそのボスは三つの場所に同時に出現するという特殊能力を持っていて、すべてを倒さないといけないという設定だそうだ。


「皆さまが戦うのは一戦だけだとお考えください」


「条件を満たしたプレイヤーが数百人出てしまった場合は? その場合は数百人相手に一人で戦うことになるのですか?」


 岩井の質問に吉川は一瞬詰まる。


「その場合はそうなると思います」


「何人のプレイヤーと戦うか実際になってみないと分からないのは困るが……拘束時間が短いのは助かるな」


 岩井は小声でつぶやく。

 彼ほどのプレイヤーとなれば当然忙しい。

 プレジーが今回の条件にしたのは、岩井に承知してもらいやすくする為なのかもしれない。

 陸斗は何となくそう思う。


「他にご質問はございませんか?」


 吉川は岩井が引き下がったことに安どしたのか、若干表情が明るくなっている。

 せっかくだからと陸斗も手を挙げた。


「イベントの最終日が未定とのことですが、ロペス記念とかぶる心配はありませんか?」


「その点は心配ご無用です。岩井さまとミノダさまがロペス記念の出場資格をすでに保有していることは存じておりますから。こちらでかぶらないよう調整させていただきます」


 ツアープロならばタイトル戦を優先するのは当然である。

 プレジーサイドもそのことは百も承知のようだ。

 そのことに安心した彼はさらにひとつの質問をぶつける。


「そのボスの操作練習はできますか?」


「はい。お時間をいただけるのであれば、今からでも」


 吉川は彼に目を向けるとにこやかに笑いかけてきた。


「じゃあやってみたいです」


「私もやります」


 ミナも彼に同調したが、岩井はしぶい顔になる。


「今日は話を聞くだけのつもりだったから、難しいな。申し訳ない」


「めっそうもございません。ご都合のよい日時をあらかじめお教えいただければ、練習時間をご用意するのは可能かと存じます」


「ではスケジュールを確認して、また連絡をさしあげますよ」


「ありがとうございます」


 吉川と岩井がやりとりをしている間、陸斗とミナは他の社員に案内される。

 彼らの行き先はビルの十二階で、そこにはフルダイブ型VR機の筐体が複数色違いで用意されていた。


「お好きなものをお選びください。調整はすでにすませてあるので、ゲームにログインすればすぐに操作テストをはじめられますよ」


 そう言われてまずミナが白い筐体を選び、次に陸斗が青い筐体を選ぶ。

 中は彼の家にあるものとさほど差異はないようであった。

 彼はベージュのマットレスに身をあずけ、銀色にかがやく本体を装着する。

 勇ましい音楽が流れ、青い画面に赤文字で「アルテマオンライン」というタイトルが浮かび上がった。

 その下には「オフィシャルプレイヤー」という文字も見える。

 ログインすればすぐに件のボスユニット、トリニティワイアットの黒色アバターが出た。

 「YES」を選ぶと画面が切り替わり、流れる音楽も変わる。

 彼の意識は荒野の一点に飛ばされて、目の前には赤色のトリニティワイアットがいた。

 ミナが操作するアバターであろう。

 トリニティワイアットは鬼族の一種という設定だ。

 身長は三メートルほどあって肩幅も背丈に見合う広さで、隆々とした筋肉こそが最大の武器と言われても納得できてしまう外見である。


「いかついけど、視点が違うのは新鮮ね……」


 目の前の鬼がミナの声で言葉を話す。

 このあたりの調整はまだのようだった。

 視点が人間の時とは違っていて新鮮だというのは、陸斗にとっても同じである。

 ただ、アバターを操作するにあたってはネックになりそうな気もした。

 まずは試しに両手をふり回してみる。

 目の前でミナがダンスを踊っていた。

 

「いかがでしょう?」


 そこに二人へ吉川の声で通話がはいる。


「動かしやすいですね」


「本当です。慣れないうちはもっと苦労するかと思ったのですが」


 ミナの感想に陸斗も賛同した。

 少なくとも単純な動作に関しては実にスムーズでストレスは感じない。

 この分だと戦闘についても何とかなりそうだ。


「ありがとうございます。では戦闘の練習に移ってもよろしいでしょうか」


 わざわざ確認してくるということは、何か用意されているのだろう。

 そう予測しながら陸斗とミナは「どうぞ」と答える。


「では最初にトリニティワイアットの行動についてご説明いたします。このモンスターの通常行動は殴る蹴るのみ、特殊技はほえるのみとなっております。それ以外の行動には制限がかかっております」


 イベントの最後を飾るボスにしては行動パターンが少ないが、初期イベントだからなのだろう。

 不具合の有無をチェックする意味も兼ねて、二人は軽く対戦してみることにした。

 ミナのトリニティワイアットが距離を詰めてくると、陸斗はカウンターでほえるを放つ。

 相手を硬直させ混乱させる技で、赤色の鬼の体が止まってしまう。

 そこに彼はまず組み技を仕かけようとしたが、そのとたんアバターは動きがとまる。

 

「なるほど……」


 たしかに制限は働いているようだ。

 陸斗がそう思ったころミナは硬直から立ちなおり、彼に蹴り技を繰り出してくる。

 反応しきれずに転倒してしまうと、彼女は馬乗りになってひたすら殴りつけてきた。


「どうやらマウントをとって殴るのはできるみたいね。大量のプレイヤー相手にそんなことやれるかは別にして」


「そもそも一対一になる可能性は低いですよね」


 彼がそう言う余裕があったのは、痛覚が完全にカットされている為である。


「さすがの君もここからは反撃できない?」


 ミナが挑むように、そしてからかうようにたずねてくると陸斗は苦笑した。


「だってつかむのも投げるのも制限されているじゃないですか」


 実のところ試してみたのだが、さっぱり動けない。

 打撃に関する行動以外は何もできないと思った方がよさそうだ。


「それもそうね」


 ミナも笑うと立ち上がり、彼に手を差し伸べて立たせてくれる。

 

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