119話「プロとしての顔」
栄急トーナメント二回戦の後半、第二シード選手と第三シード選手が登場する。
「水口選手は予選参加のイシオエイカ選手と対戦です。すでに彼女以外の予選参加者は敗退しています。彼女もまたここでシード選手との対戦という厳しい状況に直面しております。あ、イシオエイカ選手は最近プロ試験に合格した新人で、今大会でプロデビューなのですね」
と実況が話す。
明らかに天塩が勝つとは思っていない口ぶりだったが、これはほとんどの観戦者の心情を反映したものだ。
イシオエイカが勝つかもしれないと思っているのは陸斗と安芸子以外、数人しかいない。
そして試合が始まって、彼らの大半は自分たちが何も知らなかったことを突き付けられる。
「な、何ということでしょう。水口選手のスコアは三十四万、イシオ選手のスコアは四十一万……第三シードの水口選手敗れました!」
実況は驚きで声を震わせながらもしっかりとしゃべっていた。
「栄急トーナメントは波乱が起きにくい大会と言われてましたが、ここで番狂わせが起こりました!」
イシオエイカという選手の情報はほとんどないのだから、実況がそう話すのも無理もない。
しかし、番狂わせではなく彼女自身の実力だと判明するまであまり時間を必要としなかった。
ミノダトオルは大方の予想通り、イシオエイカも危なげなく準決勝へと進む。
準決勝となれば二試合同時に行い、二つのモニターで放映される。
「第一シードのミノダ選手 、第四シードの大城選手、第二シードの本郷選手に混ざっているのは今大会初参加、予選組でありながら第三シードの水口選手を破ったイシオ選手です」
準決勝が始まる前に実況が簡単なおさらいをしていた。
「ここまでくると数年前のミノダ選手を思い出すのは私だけではないでしょう。ミノダ選手も最初は予選からの参加で、いきなり優勝を飾ったのです。イシオ選手、ミノダ選手の伝説を再現できるでしょうか?」
と興奮したように話しているが、これは視聴者への煽りである。
実況本人はミノダトオルに勝てるとは思っていなかった。
「さあ、栄急トーナメント、準決勝開始です」
多くの視聴者がモニターの画面を見守る中、四人のプレイ状況が流れる。 その中でミノダ対大城を見ている人は少なかった。
大半の関心が本郷対イシオだったのである。
彼らは黙って見守り、そして驚嘆することになった。
「本郷選手のスコア三十八万、イシオ選手のスコア四十六万です。第二シードの本郷選手も敗れました!」
イシオエイカが決勝に進んだのである。
「もう一方の試合はミノダ選手がスコア五十五万を出し、三十万の大城選手を破っています。こちらは順当ですね」
悲しいことに誰も負けると思っていなかった分、陸斗の扱いはやや雑になっていた。
栄急トーナメントに三位決定戦はないが、表彰式に参加して賞状を受け取ることができる。
そのため、大城と本郷は帰らずに控え室で待機するのだ。
そし て決勝に残った二名は五分の休憩をその場で取り、その後決勝を戦う。
陸斗は薫が紙コップにストローをさしたスポーツドリンクを持ってきてくれるし、白いタオルで汗を拭いてくれるが、天塩は全部自分でやらなければならなかった。
(マネージャー、いいなぁ)
目の前で人が世話をしてもらっているのを見て、天塩は初めてマネージャーがほしくなる。
もちろん現在の彼女では雇えないのだが。
「正直、あの子はもう少し苦労すると思っていたよ」
陸斗は天塩に対する率直な感想を薫に述べる。
「ええ。実は私もよ。イシオエイカさん、大きな舞台ほど強さを発揮するタイプなのかもしれないわね」
やりとりから分かるように彼らが予想していた 決勝の相手は本郷であり、イシオエイカではなかった。
「本郷さんはまぐれや勢いで勝てる相手じゃない。イシオエイカは本郷さん以上の強敵だと思って戦うよ」
陸斗はそう言ったが、薫に話しかけたわけではなく自分自身に言い聞かせたのである。
薫も承知しているから黙ってうなずいた。
休憩が終わって決勝の戦いが始まる前、ふたりの選手は向かい合う。
「よろしくね、トオル」
天塩はいつも通りに彼に話しかける。
彼女に気負いや緊張というものはまるでなさそうだ。
「ああ」
と答えた陸斗は彼女にしてはいつもよりもそっけない。
だが、それ以上に纏っている空気が異なっていた。
(違う……いつもと陸斗と全然違う )
天塩は戸惑い、ごくりと唾を飲み込む。
彼女が知る陸斗はゲームが強くて気さくで親しみやすい、年が近い男子だ。
ところが今の彼は冷たく肌に刺さるような威圧感を放っている。
(あれがプロゲーマーとしての陸斗なんだ)
筐体に入りながら彼女は気持ちを切り替えていた。
プロとしての顔を見せてくれたのは、彼なりの礼儀だろうと分かったからである。
ならば自分も全力で応えようと意気込む。
この大会の決勝も直接対戦はないのだが、相手のスコアを確認できるようになっている。
「それでは栄急トーナメント決勝の開始です!」
決勝のステージは草原だった。
スコアの稼ぎやすいエリアであれば少しは勝負が拮抗するかもしれ ないという運営の配慮だろうか。
天塩は自虐的に考え、陸斗はスコアを伸ばすかということに集中していた。
(どうせだから、スコアの記録を狙ってみよう)
一般戦でも公式戦である以上は正式な記録として扱われる。
レベルの高い大会ではなかったという批判はついてくるだろう。
それは百も承知である。
「ミノダトオル六十五万、イシオエイカ三十二万、やはりミノダトオルが突き放していきます」
この勝負は「イシオエイカがミスしてゲームオーバーになったところで終わる」と思われていた。
本人たちですら例外ではない。
その通り、天塩がミスしたところでふたりのプロ初対決は終わる。
「イシオエイカ、六十一万。そしてミノダトオ ルはひゃ、百五十二万……ミノダトオルの圧勝です。さらに草原ステージでは世界記録更新しました! これまではマテウスがベルリンカップで出した百五十万でしたが、ミノダトオルが記録を更新しました!」
実況が興奮して勢いよくまくしたて、モニターを見ている観客からは大きなどよめきが起こった。
決勝が終わったところで準決勝敗退のふたりも集まり、優勝者インタビューが行われる。
ミノダトオルとイシオエイカのふたりはライダーヘルメットで素顔を隠しながらだ。
「ミノダトオル選手優勝、そして世界記録更新おめでとうございます」
「ありがとうございます」
白いスーツを着た女性インタビュアーに陸斗は応じる。
ボイスチェンジャーを使っ ているからか、愛想なく聞こえた。
「……世界記録? すごい」
彼の隣で天塩が圧倒されている。
プロとしての陸斗は計り知れない強さを持っていると彼女は感じたのだが、さらに上の領域を見せられた気分だ。
「イシオエイカ選手、プロデビューでいきなり準優勝という好成績でしたが」
やがてインタビュアーに話しかけられた時、天塩は驚いて「ふえ?」という声を出してしまう。
ボイスチェンジャーの力があってもとっさに垣間見えた可愛らしさは消せなかった。
「自分でもびっくりしています」
ぎこちなく答える彼女にインタビュアーは微笑ましげに見ながら、次の問いを放つ。
「実はこの栄急トーナメントで優勝すれば日本選手権の トライアル、日本電子新聞杯への出場資格が得られるのです。優勝者がミノダ選手ですから、資格は準優勝者に移るのですが、いかがでしょう? 日本電子新聞杯の出場資格を得たお気持ちは?」
天塩はヘルメットの中で何も聞いていないという顔をしてしまうが、素顔が見えないおかげで事なきを得た。
「が、頑張ります」
「どうやら緊張しているようですね。活躍に期待しましょう」
インタビュアーは彼女への質問を終了させる。
緊張している新人に配慮したわけではなく、ミノダトオルという大駒を差し置いて彼女に会話時間を割くわけにはいかなかったからだ。
「さて、ミノダ選手に再び話をおうかがいします」
一方でスター選手になった陸斗はま だまだ解放されない。




