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117話「栄急トーナメント予選」

 栄急トーナメント予選の金曜日、天塩は指定された丸の内にある栄急ビルの十二階にひとりでやってきた。

 選手の控え場所である大ホールにいるのは、大人から高校生くらいまでの男女たちでひとりも知り合いがいない。

(確か百人くらいいるんだっけ。全員がライバルかあ……でも、陸斗くらい強い人はここにはいないよね)

 彼女にとって「強い」の基準はミノダトオルこと富田陸斗その人だ。

 彼くらい強い選手であればシードされているか、出場していないかのどちらかというのがこの大会の位置づけである。

 銀髪にサファイアのような瞳を持った美少女ということで、男女区別なくライバルたちの視線をくぎ付けにしていた。

(うっとうしい なぁ……ボクは見世物じゃないのに)

 彼女は舌打ちして少しでも視線を減らすために壁際へと移動する。 

 陸斗にならばどれだけ見つめられても平気だし、安芸子や志摩子ならばまだ我慢できたのだがこの場にいる者たちでは無理だった。

 栄急トーナメントの予選は十六人ずつ八のグループに分けられてまず一次予選を行う。

 もっとも成績の良かった者だけが二次予選で戦い、上位四名が本戦に進出となる。

 一発勝負を二回やるとあって、参加者の多くは緊張を隠せていなかった。

 予選の対戦テーマは本戦と同じシューティングゲームで、今年はラストガンナーをやるという。

(陸斗が出場するからタイトル合わせたんじゃ……?)

 と天塩は思った。

 これは 彼女以外のプレイヤーも考えたことなのだが、大会運営側は「グローバル採用されているタイトルをと思った」と説明している。

 発表タイミングを考えれば陸斗が参戦を決める前にタイトルは決定していないとおかしいのだが、舞台の裏側を知らない者は面白おかしく想像したのだ。

 マイクを持って茶色のスーツを着た男性がグループごとに選手の名前を呼んでいく。

 筐体型VR機の数の都合で二組ずつ試合を行うのである。

 天塩が携帯端末をさわりながら待っていると、喜色を浮かべた二名と肩を落として足取りが重い十八名に分かれていた。

 

「第八組、イシオ・エイカ」

 やがて天塩が申請したプレイヤーネームが呼ばれる。

 本名の「かげいしてしお」をローマ字表記に換 算し、少しいじったものだ。

 単純だが割と効果的だと陸斗が賛成したため、あっさりと決めたのである。

 一次予選の試合会場は大ホールに隣接したホールで、窓のない部屋に武骨な黒い筐体だけが存在していた。

(陸斗の試合とは全然違う……)

 天塩は大きな落差を感じざるを得ない。

 映像で見ていた陸斗の試合は現場で観戦客もいたし、大きなスポットを浴びる華やかな舞台だった。

 

(ううん。ここが出発点なんだ)

 どんな選手であっても最初は一般戦の予選からスタートだと陸斗に聞かされている。

 彼もまた似たような光景を見て、似たようなことを考えたのだろうかと思えば、天塩の心は温かくなるし、モチベーションもあがった。

 

「では一次 予選、第八組。スタート」

 アナウンスも手短ですぐにゲームが始まる。

 天塩は陸斗たちとプレイしているのと同じように草原に挑む。

 草原ステージは見晴らしもよく、遮へい物もなく、障害らしい障害は時おり吹く風くらいだ。

 しかし、きちんと計算してやれば大した問題ではない。

 

「四十八万か……ちょっとダメだったかな」

 自分のスコアを見て天塩は、楽なステージだからという気持ちが悪い方向に働いてしまったと反省する。

 ログアウトして筐体の外に出ればマイクを持った男性がすぐに発表した。

 

「八組の結果が出ました。一位、イシオ・エイカ。四十八万」

「四十八万!?」

「嘘だろ!?」

 天塩のスコアを聞いた他の選手たち大 きなどよめきが起こる。

「つ、強すぎる……」

「シード選手クラスのスコアじゃないか……なんで予選にいるんだよ?」

「なんてこった……運が悪かったな、俺たち」

 

 選手たちはだんだんと驚きからあきらめ顔になってしまう。

「二位、タケダ・セイジ。十九万」

 

 続いて二位の選手のスコアが発表される。

「二位もけっこう強いな」

「一位がバケモノじゃなかったら二次予選には進めただろうな。気の毒に」

 選手たちが話す中、二十歳くらいの若い金髪の男が悔しそうにうつむく。

 おそらく彼がタケダ・セイジなのだろう。

 天塩は特に興味を持たず、二次予選が終わったら陸斗にどう報告しようかと考えていた。

 控え用の 大ホールに戻ったところで、十分の休憩を挟んでから二次予選を開始すると伝達される。

 一次予選の敗退者は順次去り、通過者の八名だけが残っていた。

 百人前後の人数が一気にいなくなったため、寂しい空気が醸し出されている。

 予選参加者は交通費も宿泊費も支給されない上に、負けたらすぐに帰らないといけない。

 華やかな舞台の下のほうでは過酷な現実があった。

 天塩は特に何も感じず、リュックサックに入れていた水筒をとり出し、麦茶を飲んでのどをうるおす。

 他の七名も水分補給したり、携帯端末を利用して音楽を聞いたり、リラックスして時間を潰している。

  

「お待たせしました。今から二次予選を行います」

 マイクを持った男性がそう告げ、選手 たちは再び筐体がある部屋に移動した。

 次のステージは荒野である。

 敵の出現数の多さが厄介なところだ。

 

(上位四人が本戦に出られるけど、一位を取るつもりで頑張ろう)

 と天塩は意気込む。

 四位よりも一位のほうがトーナメントで若干有利になるというのが安芸子情報である。

 実際、今回発表されたトーナメントでも予選最下位で通過した選手は第一シード、第二シードの選手のすぐ近くに放り込まれるのだ。

 それならばまだ第三第四シードの選手のほうがマシという違いでしかないのだが、彼女としてもいきなり陸斗と対戦する展開だけは避けたい。

 

「始め」

 相変わらずの巻き進行で、すぐにもゲームは開始される。

 天塩は先ほどと同じ失敗 をくり返さないようにと、集中してゲームに挑む。

 彼女のスコアが二十五万を超えところで終了が告げられた。

「まだスコアを伸ばしている選手がいますが、結果が出そろったためこれで予選は終わります」

 ログアウトした選手たちに男性が結果を発表する。

「一位、イシオ・エイカ、二十五万。二位ツノダ・ゲンゴ、二十二万……」

「イシオ・エイカって?」

 選手たちは初めて聞いたという風に、天塩のほうを見やった。

「もしかしてあの女の子なのか?」

「私語は慎んでください」

 今度はマイクを持った男性から注意が飛ぶ。

 

「上位四位に入った選手は、明日の本戦に出場していただきます。改めて対戦表を確認してください。 では解散」

 一般戦の予選に祝勝会などあるはずもなく、すぐにお開きとなった。

 

「お前どうする? 泊まりか?」

「ああ、今回こそ本戦で一勝したいよ」

 知り合いらしい選手たちの会話が天塩にも聞こえる。

 彼女はさっさとビルの外に出て、携帯端末で対戦表を再度見た。

(予選一位はたしか陸斗と反対の山だよね……あった。一回勝ったら第三シードとの対戦かあ)

 他の三名も一勝すればすぐにシード選手と対戦するような振り分けになっている。

 だから先ほどの会話でも「一勝」と言っていたのだろう。

(第三シードは水口圭吾選手か……聞いたことないけど、強いのかな? シード選手だし)

 天塩はなかなか失礼なことを考え る。

 陸斗と知り合って仲良くなるまでeスポーツに大して興味を持っていなかった彼女は、選手として必要な情報が大いに不足していた。

 彼女は栄急ビルから歩いて五分の距離にあるホテルに行き、同意書を提示してチェックイン手続きを済ませる。

 部屋に入ってひと通り室内をチェックしてから携帯端末で陸斗と安芸子に連絡を取った。

「予選で一位だったよ。一回勝ったら第三シードの人と対戦」

「おめでとう。第三シードと言えば水口さんか。油断しないほうがいいよ」

 ちょうどヒマだったのか、陸斗から迅速な回答が来る。

「日本選手権に出たこともある人だものね」

 安芸子は情報が補足された。

 

「うん、頑張る。もしも決勝まで行けたらよ ろしくね」

「おう」

 天塩のメッセージに対して陸斗の返事は短い。

 でも、彼女にはそれがうれしかった。

 彼女はひとりで練習を行い、六十五万のスコアを出したところで満足して眠る。

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