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115話「水着とプール」

 水着に着替えた陸斗が部屋の外に出ると、廊下の脇で待っていた秋田が声をかけてくる。

「ご案内いたします」

「ありがとうございます」

 礼を言った彼の前に立ち、彼女は地下への階段を下りていく。

 その先の黒いドアを開き、彼女がスイッチを押すと照明が八レーンもあるプールを照らし出す。

 

「温水プールですので、年中ご利用になれます」

 秋田に説明された陸斗は「いつでも遊びに来いという意味だろうか?」と考える。

 志摩子ならば何人ものお嬢様を招待できそうなものなのにと思ったものの、彼は黙っていた。

 ただ立って待っているのもどうかと考え、軽く準備運動を始める。

 それをメイド服を着た秋田が黙ってみ ているという、シュールな光景になってしまった。

 

(気まずいけど仕方ないよなあ)

 と陸斗は思う。

 女の子は着替えに時間がかかるものだという知識くらいは彼にもある。

 彼が苦痛な時間から解放されたのはそれからしばらく経ってからのことだった。

 メイドのひとりに誘導されるように少女たち三名がやってくる。

 一番前にいるのは志摩子で、肌の露出が少ないピンク色のワンピース水着だ。

 次が栃尾で青のツーピース水着で、志摩子ほどではないが肌の露出は少ない。

 最後を恥ずかしそうに歩いているのが天塩で、彼女は上が赤のキャミソール、下がショートパンツというタイプだった。

 陸斗の視線に気づいた三名は三様に恥ずかしそうに目をさまよわせる 。

 栃尾や天塩のこのような反応は彼にとっても新鮮だった。

 

「いかがでしょう?」

 志摩子が若干の期待を込めて問いを放つと、陸斗は正直に答える。

「とても似合っていると思います。志摩子さんにはピンク、栃尾には青、天塩には赤がぴったりですね」

「そうかしら?」

 疑問を口にしたのは栃尾だったが、その表情はまんざらでもなさそうだった。

 やはり「女の子のファッションはきちんと褒める」という薫の指示は正しいらしい。

 

(栃尾が一番大きいのはちょっと意外だったな。あと、天塩も思ったより)

 陸斗はそっと視線をずらしながら率直なことを思う。

 彼もまた健全な男子高校生であるため、ついつい目が入ってしまったのだ 。

 女性たちに対して失礼かもしれないという意識が節度を守らせたが。

「陸斗は準備運動していたの? ボクたちもしたほうがいいかな?」

 天塩の一言に栃尾が応答する。

「一応したほうがいいかもしれないわね。温水プールだとしても」

「お待たせして申し訳ありませんが、もう少しお待ちいただけるでしょうか」

 申し訳なさそうな表情で言う志摩子に陸斗は快く返事をした。

「はい。せっかくだし一緒にやりましょうか」

 そうして四人は仲良く準備運動を行う。

 陸斗は三人のほうをできるだけ見ないようにしたかったのだが、天塩が彼の正面をキープしたためそうもいかなかった。 

 十分くらいやってからあたたかいシャワーを浴び てプールに入る。

 

「あったかいわけでもないし、冷たくもなくてちょうどいい温度ですね」

 栃尾が志摩子に話しかけた。

「メイドの上野の担当なんです。後で褒めておきますね」

 彼女はうれしそうに答える。

「メイドさんがやっているんですか」

 陸斗は目を丸くした。

 プールの温度調節などは執事の担当だというのは彼の偏見なのだろうか。

 

「わたくしのスペース、基本男性は立ち入り禁止ですから」

 志摩子は意味ありげな視線を彼に向けながら話す。

「そうだったのですね。ありがとうございます」

 陸斗はとても恐縮し、ていねいにお礼を述べる。

(違う、そうじゃない)

 と栃尾は思ったのだが、何 となく訂正したくなかった。

 天塩は少し離れたところを無邪気にバタ足で泳いでいる。

「陸斗さんはこれからも遠慮なさらず、いらっしゃってくださいね」

「え、はい。ありがとうございます……」

 志摩子の申し出に彼は明らかに気後れしていた。

 栃尾としては彼の心情が分からないでもない。

 彼女自身、陸斗と天塩と一緒でなければ来る勇気を出せなかっただろう。

 少しだけお嬢様のことが気の毒になる。

 

(高慢な人かと思っていたけど、普通の女の子だもんね)

 絵に描いたような豪華な暮らしをしているが、性格のほうは別に関係ないらしい。

 それとも割と親しみやすかった彼女の父の血を引いて生まれた影響であろうか。

 あれこれ考え ていた栃尾はひとまず全てを棚に上げて、遊ぶために天塩の後を追いかける。

「あら」

 志摩子にとって彼女が離れていったことは幸いだったが、同時に一気に緊張が増す。

 厳密にはふたりきりではなくとも、近くに陸斗しかいないというのは彼女にとって試練に近い。

 陸斗はそんなお嬢様の要すを何となく察知してそっと栃尾の後に続く。

 こういうところは敏感なのが志摩子にはほんの少しだけ恨めしい。

 気遣われて悪い気がぜず、追いかける勇気も出せない自分自身もだ。

 陸斗は真面目に泳いだためか、栃尾と天塩にすぐに追いつく。

「捕まえた」

「わ、陸斗速いね」

 天塩は目を丸くし、栃尾は感心した。

「さすが男子ね。スピー ドが違うわ」

 陸斗は決して運動は得意ではないのだが、それはふたりも同じであるらしい。

 運動が得意な女子に勝ち目がないと知っているからだ。

「冷たいプールもいいけど、こういうのもいいよな」

 陸斗の言葉に天塩がうなずく。

「うん。夏だからどうだろうと思っていたんだけど、思ってた以上に気持ちいいね」

「上野さんってメイドが管理しているらしい」

 

「あ、やっぱりメイドさんなのね」

 

 彼の情報に栃尾が言う。

 彼女は彼と違って、この建物の中では女性としか会ったことがないと気づいていた。

「男子禁制なのかな」

 天塩が陸斗のほうを向きなおりながら首をかしげる。

「たぶんね」

 栃尾がう なずいた。

 そしてふたりして陸斗を見たため、彼は軽く気おされる。

「な、何だよ?」

「いえ、別に……」

 少女たちはあえて追及しないという道を選んだ。

 追及したところで得るものがないと判断したのだろう。

 ただし、栃尾は引っかかっていた点をこのタイミングで口にする。

「ただ、私だけ名前で呼ばれていないなぁとは思ったわね」

「そう言えばそうだね」

 天塩が援護射撃をするように合いの手を入れた。

「……えっと、その……栃尾も下の名前で呼んだ方がいいのかな」

「ええ。安芸子って呼んでちょうだい」

 栃尾はまっすぐに彼の目を見つめながら頼んでくる。

「うん、分かったよ。安芸子」

  陸斗が応えると彼女はにこりと笑う。

 

「さあ、志摩子さんをいつまでも放置しておけないわ。戻りましょう」 

「え、うん」

 彼女はきびきびと動き出し、天塩が慌てて彼女の後を追った。

 陸斗が天塩のさらに後ろからゆっくりとついていく。

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