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10話「引退?」

11話は7月17日(日)午前9時ごろ更新予定です

 フミアキが起きて彼らのところまで寄ってきた為、報酬分配の話し合いがはじまる。

 幸運なことに今回彼らがほしがっていたアイテムをドロップしたのは、彼ら二人だった。

 グリージョとグラナータは皇蛇の素材とMVP報酬「腐乱皇の真鋼牙」を受けとっただけである。


「MVP報酬は買い取ってもらおうかな」


 グリージョはそう言う。

 何らかのアイテムと交換するのも選択肢のひとつだが、彼はもうこのゲームを引退するつもりになっている。

 だから本来ならば譲ってもかまわないものの、そうなると今度はフミアキとヨシヒコが痛くもない腹をさぐられるはめになるかもしれない。

 トラブルの火種は気づける範囲では消しておくべきであった。


「ああ。金額はいくらだ?」


 フミアキの問いに彼が答えると、二人は目を丸くする。

 高額であったもののMVP報酬の希少さを考えれば、むしろ安い額だったからだ。


「本当にいいのか……? 俺たちとしてはありがたいのだが」


「うん、かまわないよ。そのかわりグラナータに渡すポーションの量を増やしてくれるかな」


「あ、ああ」


 これで契約は成立したことになる。

 街に帰還しようとした矢先、グラナータがグリージョの肩を叩く。


「少しいいかしら?」


 その真剣さに彼は拒否できない。


「先に帰っていてくれないか?」


 彼にそう頼まれた二人組は顔を見合わせたものの、立ち入らないことにしたらしくそっと去る。


「あなたがどうしようとあなたの自由だけれど、アルジェントにはちゃんと声をかけてあげて。私が言いたいのはそれだけ」


 予想に反してグラナータは彼の決意に気づきながらも、止めるつもりはないようだ。


「分かった。アルジェントにはさんざん世話になったからな」


 グリージョとしても異論はない。

 大会に出場したりしている間ログインできなかった分を取り返す時、いつもアルジェントがつき合ってくれた。

 富田陸斗という人間がこのゲームを快適に遊べた大きな理由のひとつである。

 黙って去るのはマナー違反とまではいかなくとも、「それはない」と思うのだ。

 張り詰めたようなエルフの美貌にようやく明るさと柔らかさが戻る。


「それがいいわよ」


 その一言に後押しされるように彼らも帰還した。

 するとすぐにアルジェントが寄ってくる。

 

「おかえり」


 子犬がずっと待っていた飼い主が帰ってきたことに気づいたような反応に、自然とグリージョは微苦笑してしまう。

 

「ただいま」


「どうだった?」


 アルジェントのルビー色の瞳はグリージョしか映していない。


「何とかなったよ。それよりアルジェントに言っておきたいことがあるんだけど」


「どうしたの、改まった顔で?」


 怪訝そうにまたたきをする仲間に彼ははっきりと告げる。


「そろそろ引退を考えているんだ」

 

 猫耳少女アバターの体はぴくりと震えた。


「……そう」


 短い言葉にはグリージョは計り知れない感情が込められている。

 この仲間が喜ばないことは予想できた為、彼は自分のわがままだと理解しながらも何とかフォローしようとしていた。


「またよければ他のゲームも一緒にやろう」


「いいの?」


 暗かったアルジェントの表情が明るくなり、声にも華やぎが生まれる。


「うん。教えた連絡先にメッセージを送ってくれ。おススメゲームとか」


「分かった。どういうのがいいか、教えてほしい」


 もっともな反応だ。

 グリージョはうなずいてから続きはまた今度と言う。

 グラナータを置き去りにしてしまっているからだ。

 そのエルフアバターのプレイヤーはと言うと、興味深そうな視線を二人に向けている。


「あなたたち、連絡先交換していたの?」


「ああ。筐体のメッセージ機能を使う為のものだけどな。グラナータもしておく?」


 驚き以外の感情が混ざっていそうだと感づいた彼は、質問をしてみた。


「ええ。あなたがかまわないなら」


 グラナータはどこか嬉しそうに頬をゆるめる。

 それに対してアルジェントはやや拗ねたような表情になったものの、言語化はしなかった。

 グリージョはエルフとID交換をすませると、訊くかどうか迷っていたことを口にする。


「アルジェントとグラナータはどうするんだ?」


 この問いに二人は互いの顔を見合わせた。

 アルジェントはどこか義務的で、グラナータの方は困ったような顔で。

 

「どっちでもいい」


 猫耳の方はストレートに言い放つ。

 

「じゃあしておきましょう」

 

 エルフの方が微笑みながら言って二人はID交換をおこなった。


「今日は悪いけど、これでログアウトするね」


「えっ? うん」


 グリージョは驚きながらも引き止めなかったアルジェントに手を振る。

 意識が現実に戻って来た陸斗は、ヘルメット型機器を外しながら深々と息を吐き出す。


(やってしまったなぁ)


 せっかく楽しく遊べたゲームだったのだが、つい見るに見かねて本気を出してしまった。

 そのこと自体に後悔はないものの、アルジェントとグラナータに対する罪悪感はある。

 許してくれたグラナータと何も言わなかったアルジェントには感謝の気持ちでいっぱいだ。

 今日は何となくゲームをプレイする気にはなれなかったが、彼はそれもできない。

 彼のようなeスポーツのプロ選手にとって、ゲームをプレイすることが練習だからだ。

 気持ちを切り替えて機器を再装着した時、ポーンという高い通知アラームが響く。

 誰かからチャットメッセージが届いた合図だ。

 確認してみるとアルジェントとグラナータからほぼ同時に届いている。

 会話グループを作って二人をそこに招待した。


「ありがとう」


 二人からグループ招待への礼が打ち込まれる。


「どういたしまして」


 陸斗がそう返すとアルジェントからおすすめゲームのタイトルが提示されていく。


「うーん……どうしようかな」


 中にはすでにプレイしているものもあったが、アクション要素が強いものばかりだ。

 それが悪いわけではないものの、今日の今日だけにためらいがある。


「アクションや戦闘が少なめのものを知らない?」


 彼が問いかけるとアルジェントは少し沈黙し、それから書き込んでくる。

 

「それなら生活系ゲームは? 基本的に街で好きなように暮らすだけだよ」


「生活系ゲームか……あんまりやったことないな、そう言えば」


 のんびりとした日常を送るのが目的の生活系ゲームの存在そのものは知っていた。

 ただ、彼が市販のゲームをやる理由とはそぐわない気がして何となく避けていたのである。


「今度ファンタジアシティってゲームがサービス開始されるみたいだけど、やってみる?」


「うん」


 気晴らしにいいかもしれないと思い、陸斗は返答した。


「ただ、アルジェントには言ったようにプレイできそうにない時期はあるんだ。はじめるならその後になるだろうね」


「ファンタジアシティのサービス開始は五月二十日だった気がする」


 アルジェントからはすぐにレスポンスがくる。

 

「それなら初日プレイできるかも」


「プレイするなら教えてくれるとうれしい」


 そこで黙って見守っていたグラナータが会話に加わった。


「私もそれくらいからならプレイできそう」


 その書き方に陸斗は違和感を抱く。


「あれ、グラナータもゲームできない時期があるの?」


「ええ。ロペス記念を観戦したいのよ。だから大会期間中はゲームをやらないつもり」


「ああ……」


 グラナータの返事に彼とアルジェントは納得する。

 あこがれのプロeスポーツ選手がいるのであれば、ロペス記念を観戦したいというのは何もおかしくない。

 ツアー戦六大タイトルのひとつに数えられる、メジャーな大会なのだから。


「分かった。こっちもそのつもりでいるよ」


「またね」


 グラナータとアルジェントの返答を確認してから彼は機器の電源を一度切る。

 筐体の外に出て薫を呼びに行く。

 マネージャーである彼女には動向を報告しておくべきだからだ。

 

「あら、ゲームをひとつやめるのね。じゃあちょうどいいかしら」


 彼女の言葉に陸斗はきょとんとして続きを待つ。


「実はついさっき、サービスがはじまっているオンラインゲームに、ミノダトオルに参加してもらえないかって話が来ているのよ」


「それはモニターとして?」


 ツアープロがVRゲームのテストプレイヤーやモニターとして選ばれる例は割とある。

 その為彼は驚くことなく聞き返す。


「いいえ。何でも大規模戦闘ボスを担当してもらいたいそうよ」


 しかし、薫からの返事はその予想を裏切っていた。


「レイドボスの中の人か……人間が操作しているボスがいるってうわさは聞いたことあったけど、まさか俺自身に依頼が来るなんてね」


 陸斗は思わず口元をほころばせる。

 

「簡単に話を聞いたかぎりだと日にち限定、さらに特定のエリアで条件を満たしたプレイヤーとのみの戦闘予定だから、拘束時間も長くはなさそうなの。報酬単価も悪くないみたいだし、検討してみてくれない?」


「うん。会社の人と会ってみるよ。いつがいいんだろ?」


 話が来たとは言っているが、実際は彼女自身が営業してとってきてくれた仕事ではないのか。

 そう予想したからこそ、陸斗は前向きな返事をする。


「その会社はトオル君が学生だということは知っているの。だから学校が終わってからか、土日でかまわないそうよ」


「俺は別に明日でもいいけど?」


 この手の打ち合わせは早い方がいいと思ってのことだが、薫は苦笑した。


「明日はさすがに難しいでしょうから、近日中にと返事しておくわね」


「ありがとう、薫さん」


「いいのよ、私のお給料の為なんだから」


 陸斗に礼を言われた彼女は照れる。

 こういう時の彼女の表情はあどけない少女のようだった。

 

「悪ぶってる薫さんかわいいね」


 彼がおどけて言うと彼女はじろりと睨んでくる。


「こら、大人をからかうんじゃないの」


 少しの間見つめあった後、彼らはクスクス笑い出した。

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