114話「お嬢様」
彼らはメイドの案内によって場所をリビングからゲームの部屋に移る。
ゲーム用の部屋は一階の右奥側にあり、たっぷり十八畳はありそうだった。
中心には高そうな最新型の筐体型VR機が四台も据え付けられている。
どう考えても今日の為に用意されたものだ。
聖寿寺の財力は知っている陸斗もこっそりとため息をつく。
志摩子はゲーム初心者だった。
基本的なルールは知っているし、何回かプレイした経験もある。
しかし、それ止まりだったのだ。
「うーん……」
何度かプレイした結果、栃尾と天塩は嫌でも気づく。
結果、どうしたものかという顔をする。
志摩子もまた今の微妙な空気が生まれた原因は自分にあると自覚はあった。
「ごめんなさい。だから付き合ってくださる女性のゲームプレイヤーがほしかったのです」
申し訳なさそうに目を伏せて告白する。
陸斗は知っていたのだが、栃尾と天塩がどう判断するのか彼女たち自身に委ねようと黙っていた。
「よく分かりました。少しずつでよければお付き合いします」
栃尾はすぐに答える。
「え? よろしいのですか?」
即答されると思っていなかったのか、志摩子は目を丸くする。
「はい。望ましい報酬が頂けるのであれば、私に不満はありません」
栃尾はその瞳に力強い意思をたたえて言う。
どうやら彼女も吹っ切れたようである。
ふたりの視線は自然とまだ返事をしていない天塩に移った。
「うーん……ダメとは言わないけど、ボクってこれからプロデビューだから、余裕があるか分からないんだよね。できる限りという条件でもいいなら、やってもいいかなとは思う」
彼女は自分の事情が事情だから、確約はできないという。
「それは仕方ありませんわ。プロ選手が大変なのは存じているつもりですし、ご無理はなさらず。できる範囲で大丈夫ですよ。こちらがお願いしているのですから」
志摩子は鷹揚に笑い、理解があるところを見せた。
「ならお願いしようかな」
天塩はそう答える。
勉強の時の人見知りぶりがだいぶ改善しているように見られるのは、一緒にゲームで遊んだ成果だろうか。
「具体的な条件はメールか電話で相談させて頂けませんか?」
志摩子はそう言ってちらりと陸斗をうかがう。
自分への配慮だと感じた彼は慌てて言った。
「いや、今のうちに決められることは決めてしまったほうがいいと思いますよ」
返ってきたのはクスリという声である。
「おふたりとも未成年ですから、保護者の同意なしに契約はできないのですよ」
「おっと、そうでした」
志摩子の指摘に陸斗はごまかし笑いを浮かべた。
彼は立場的に知らないほうが不自然であり、うっかりしていたとしか言えない。
「おふたりともエラプルはやっていらっしゃいますか?」
志摩子はそれ以上彼には言わず、栃尾と天塩に話しかける。
「はい」
ふたりは答えて同時 に携帯端末を取り出す。
ID交換をした後、志摩子はチラチラと陸斗に視線を送る。
言いたいことがあるが勇気が出せないという態度だった。
彼は察して自分から言う。
「実は僕もエラプルはやっているのですが、よければ交換していただけませんか?」
「はい、喜んで」
志摩子はホッと息を吐き出し、とてもうれしそうに微笑む。
彼女はいそいそと赤い携帯端末を操作する。
「お嬢様たちもエラプルはやっているのですね」
栃尾が言えば彼女は恥ずかしそうにうつむく。
「いえ、わたくしのような者は珍しいのですよ。情報伝達は基本的に人に任せるものですから」
「は、はあ……」
情報交換は誰かにやってもらうものだと言 われても、一般市民は反応に困ってしまう。
ではどうして志摩子はエラプルを始めたのかと聞くべきか陸斗は迷ったが、何となく言わないほうがいい気がする。
「いつくらいならやりとりできそうですか?」
代わりに彼が聞いたのは無難そうなことだ。
「平日は学校の後に毎日お稽古があるので、午後の九時ごろになるでしょうか。土日祝日は時間があえば大体大丈夫だと思います」
「お稽古が毎日……」
さすがに金持ちの家は違うと思いつつ、何だか大変そうだなとも陸斗たちは感じる。
「それじゃ休みなさそうだね」
天塩がぽつりと言うと、志摩子はにこりと笑う。
「やりたいことをさせて頂いているので、毎日が楽しいですよ」
強がっているような気配はみじんもない、リラックスした態度だった。
「ならいいんですけどね」
陸斗はホッとする。
彼女の父には世話になっている手前、娘に大変な思いをさせて平気でいる人だとは思いたくなかった。
「ご心配頂けてうれしいです」
志摩子は彼の心遣いが本当にうれしいのか、幸せそうな気配すら見せる。
天塩と栃尾は「わかりやすい」と感じたのだが、残念ながら部屋の中で唯一の男性は例外だった。
彼に対して「ダメだな」と遠慮ないことを思ったのは栃尾くらいである。
彼女は流れを変えるべく志摩子に言った。
「そろそろプールに行きませんか?」
「ええ、いいですね」
お嬢様はすぐに賛成した後、 彼女と天塩に問いかける。
「おふたりは水着をお持ちですか? よければお貸しできますが」
「一応持ってきました。ねえ、天塩ちゃん?」
栃尾の問いに天塩はこくりとうなずき、不安そうな目を陸斗に向けた。
「うん? 俺も持ってきているけど……ふたりと違って俺が水着を借りるわけにはいかないし」
彼が困った顔をすると志摩子がおかしそうに吹き出し、栃尾は額に手を当ててため息をつきたくなったのをかろうじて耐える。
「着替えはわたくしの部屋でいたしましょう。陸斗さんは……どうしましょうか?」
志摩子に言われて彼は困惑を深めた。
「どうしましょう? 男なんで仕切りでもあればどこでも大丈夫ですが、ここだとそういうわけにもいかないですよね」
この建物全体が彼女個人のものだから、と陸斗は言う。
「わたくしは気にしませんが、お客様にそのような扱いをするわけにもまいりません。秋田、空いている部屋に陸斗さんを案内して差し上げなさい」
「かしこまりました」
今まで部屋の隅で気配を消していたメイドのひとりが、志摩子の命令を受ける。
「富田様、ご案内いたします」
「あ、はい」
クールに申し出られて陸斗は焦ったように立ち上がった。
「ではわたくしたちもまいりましょう」
志摩子に言われて少女たちも部屋を出る。
陸斗が案内されたのは一階にある、果たして何部屋あるのかすぐには数えられないうちの一室だった。
窓ガラスはあって日は入るようだが、他には何ひとつ見当たらず「あいている部屋」という志摩子の言葉は文字通りなのだと分かる。
「この部屋をお使いください」
「ありがとうございます」
陸斗は案内してくれた秋田に礼を言ってドアを閉め、さっさと着替えてしまう。
「……海パン一丁スタイルはまずかったかな?」
ここにきて彼は急に不安になる。
プールだからと深く考えておらず、薫に相談することなく適当に持ってきたのはまずかっただろうか。
(まあ仕方ないか)
陸斗は腹をくくることにする。
天塩、栃尾、志摩子の三人ならば少々恥をかいてもいいかと開き直ったとも言う。




