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113話「メイドたち」

 途中、短い休憩を何度か挟みながら陸斗はひとつの苦行を終えた。


「ふー、疲れた。試合の時よりも疲れた」


 彼は大げさに言いながら背筋を伸ばし、首肩回りの筋肉をほぐすストレッチをおこなう。


「何か陸斗、そう言うの多くない?」


 天塩がくすくす笑いながら話しかけてきた。


「あれ、そうだっけ? 天塩に聞かれていたかな」

 

 薫に言われるのは分かるがと彼は首をかしげる。



「板についている感はあったかも」


 栃尾が遠慮がちに言う。

 

「まあ確かに、試合のほうが楽だってことはけっこう多いからね」

 

 陸斗は苦笑しながら肩をすくめる。

 聖寿寺志摩子は三人のやりとりをうらやましそうにながめていた。

 そのことに最初に気づいたのは栃尾である。


「お疲れ様でした。志摩子さんとお呼びしてもいいでしょうか?」


「あ、はい。どうぞ。私も安芸子さんとお呼びしますね」


「さすがに教えるのがお上手ですね」


「いえ、まだ未熟です。安芸子さんのほうこそ……」


 栃尾の一言を皮切りにふたりはおしゃべりをはじめ、そこへメイドのひとりが声をかける。


「ご歓談の最中失礼いたします、お嬢様。お食事の用意ができました」


「ああ、運んでちょうだい」


 陸斗たち三名に話しかける時は緊張しているのかどこかぎこちないものの、メイドたち相手ではお嬢様の風格を見せる志摩子だった。


「今日のメニューは何なのでしょう?」


 陸斗がおそるおそるたずねる。

 聖寿寺の屋敷では庶民には恐ろしいものが出てくる場合があるからだ。

 彼の緊張が伝わったのか、志摩子はくすりと笑う。


「今日はみなさんと楽しく食べられるように、サンドイッチにしましたの」


「ああ、そうなのですか」


 陸斗はホッとする。

 いくら何でもサンドイッチであれば、彼らが知らない食べ方やマナーが存在しているわけではないだろう。

 メイドたちが運んできた高そうな銀色のワゴンには、高そうな大皿に乗せられたサンドイッチが並んでいる。


「お、大きいね」


 天塩がややひきつった顔で感想を漏らし、栃尾が小さくうなずいた。

 陸斗もまったく同感である。

 ふたつも食べればお腹いっぱいになってしまいそうな大きさだった。

 新鮮そうなトマトやキャベツが挟まれていることから、健康にも配慮されているのではないかとは思うのだが。


「ああ、切らせますね」


 志摩子が言うとメイドが手慣れた様子で、彼らにとって見慣れたサイズまで切り分けていく。

 

「大きなサイズのまま食べる人もいるらしいからね」


 陸斗がフォローするように言う。

 志摩子たちが庶民の食べ方に詳しいとは思えない。

 切らずに持って来れば要望に合わせた対応が可能だと考えたのだと推測できる。

 

「男子ってそういう人もいるのね」


「ボクたち一応女子だしね」


 栃尾と天塩は男子という生き物について一面を知ったような顔だった。

 

「何で一応なんだよ?」

 

 陸斗は天塩に笑いながら聞く。

 彼が見るかぎり彼女はどう見ても美少女である。

 

「何となく?」


 天塩も別に深い意味があって発言したわけではないらしく、首をかしげて疑問形を使う。


「あら、ふたりともとてもおきれいですわ」


 志摩子が両手を豊かな胸の前で重ねてニコニコしながら、栃尾と天塩を褒める。


「私のメイドコレクションに入っていただきたいくらいです」

 

「メイドコレクション……?」


 少女たちは怪訝そうに聞き返し、お嬢様は「しまった」という顔をして陸斗をちらりと見た。


「きれいな女性を自分のメイドにしているってうわさ、もしかして事実だったのですか?」


「そ、そのようなうわさが……」


 志摩子は明らかに動揺していたが、やがて観念した様子で認める。

 

「は、はい。奇妙に思われるかもしれないのですけど、私はきれいな女性にメイド服を着てもらうのが好きで、ここにいる者たちもそうなのです」


「たしかに美人ぞろいですよね」


 陸斗は率直に感想を言うと、メイドたちは「恐れ入ります」と礼を述べた。

 栃尾は仕方ないという顔をしただけだったが、天塩はむすっとして頬をふくらませる。


「むう……」


 不満そうな感情はもれた声を通して彼にも伝わった。


「天塩も美少女だよな」


「ありがと」


 彼が慌てて褒めると、たちまち彼女は機嫌をなおす。

 その様子を他の女性たちは微笑ましそうに見守っていたが、栃尾が思いついたように志摩子にたずねる。


「何でも年の近い、ゲームの女の子を探していると伺ったのですが」


「ええ」


 志摩子は真剣な面持ちでうなずいた。


「できればeスポーツの知識もある程度持っている方が望ましいのです。私の周囲だと、親が選手のスポンサーをしている子ばかりでして」


 どうしてeスポーツの知識もあったほうがよいのか、栃尾と天塩は何となく感づいている。

 陸斗だけ分かっていないようで、栃尾は少しだけ志摩子に同情した。 


「それでボクか安芸子なの……ですか?」


「ええ。ふたりはゲームが強いし、年も近いと父から聞いています」


 志摩子はまずは栃尾を見て、次に天塩を見る。


「失礼ながら、お礼はできるかぎりします。じっくり考えてみてください。ダメでもお友達になっていただければと思います」


「……私はe選手のマネージャー志望なのですが、それでも大丈夫でしょうか?」


 栃尾がまず彼女に聞いた。

 志摩子は目を丸くしたものの、ゆっくりと首を縦に振る。


「はい。いろいろとお役に立てると思いますよ。選手のフォローについても力を入れておりますから」


「ボクは選手をやりたいんだけど、便宜をはかってもらってもいいのかなぁ?」


 天塩が直接的な表現を使って疑問をぶつけると、志摩子は苦笑した。


「残念ながらそれは無理ですが、お仕事に対する給料という形で食費や遠征費を負担するのは可能ですよ」


「そっかぁ」


 天塩は黙って何かを考え出す。

 食事が終わると、食後のお茶が用意される。


「ほうじ茶、紅茶、コーヒーとありますが」


「ほうじ茶で」


 志摩子から提示された三択に、陸斗は迷わず答える。


「じゃあボクもほうじ茶で」


「私は紅茶をいただきます」


 天塩は彼の真似をし、安芸子は自分の好みを貫く。

 

「この後はどうなさいますか? 一応プールの準備はさせてあるのですけども」


 志摩子がやがて陸斗に聞いた。


「食後まもなくだとつらいので、ゲームで遊んでからではどうでしょう?」


 彼の意見に栃尾と天塩も賛成し、志摩子も支持する。

 


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