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112話「お嬢様のおへや」

 聖寿寺の屋敷は車用の出入り口があり、そこから玄関まで車で四、五分というところだ。

 セキュリティシステムが稼働していて、有事の際には猟犬や護衛が殺到する。


「建物以外の敷地が広いのも侵入者対策らしいんだよ。どんな効果がどれくらいあるのか、正直よく分からないんだけど」

 

 と陸斗は少女たちに聞かせた。


「これだけ広いとどこに侵入者がいるのか分かりづらいのでは……」


 栃尾は怪訝そうな反応を示す。


「そこは機械で何とかするんじゃないの?」


 天塩の方はそういうものだと納得したようだ。


「考え出したらたぶんキリがないよ」


 陸斗は肩をすくめる。

 彼らを乗せたが止まったのは五棟ある建物のうち、最も西の棟であった。

 もっとも、この棟だけでも陸斗の実家よりもひと回りは大きい。

 停車すると同時に重厚そうなドアが開き、水色のワンピースを着た志摩子が四名のメイドを引き連れて姿を見せる。

 福岡にドアを開けてもらって地に足をつけた三名に、彼女は上品な笑顔であいさつをした。


「陸斗さん、お久しぶりです。景石天塩さん、栃尾安芸子さん、初めまして。聖寿寺の娘の志摩子です。遠いところをようこそ」


「初めまして」


 少女たちがあいさつを交わすところを見ながら、陸斗は志摩子の服装を


(今日はけっこうラフな格好だな)


 と思う。

 ただし少女たちから見れば「けっこう気合の入った服装だ」という印象であった。

 ファッションに明るくない上に彼女の気合の入った服装も知っている陸斗と、そうではないふたりのとらえ方の違い……もあるかもしれない。

 

「今日の予定は昼間で勉強、昼から遊びだとうかがっているのだけれど、それでよろしいかしら?」


 志摩子から陸斗に問い合わせがある。

 「実はそんなに細かく決めていません」とは言えなかったため、彼は「はい」と答えた。


「志摩子さんにも勉強を見ていただくことになって、申し訳ありません」


 彼が代表して詫びると、お嬢様は手で口を隠しながらクスクスと笑う。


「別にかまわないですよ。あまりやったことがないものだから、至らないところが多々あると存じますが、どうかお許し下さいませ」


「そりゃやったことないでしょうね」


 陸斗は当然だとうなずく。

 お嬢様にとって勉強は教師に教わるものだし、必要を感じれば家庭教師を雇えばよい。

 わざわざ年の近い者に教えたり、教えてもらってする発想そのものがないだろう。

 

「お嬢様、お客様に立ち話は」


 背後からメイドのひとりが遠慮がちに志摩子に声をかける。


「あ、そうですね。失礼いたしました」


 彼女は素直に聞き入れて陸斗たちに謝り、中へ通してくれた。

 中の作りは普通の民家と大差はないが、置かれている家具や備品の質があきらかに違う。

 

「こっちがたしか志摩子さんの居住スペースなんですよね?」


 彼は栃尾たちに知ってもらうために話を振る。


「ええ。無駄に大きいばかりで、おじいさまは何を考えていらっしゃったのかしら」


 志摩子は謙遜し、このようなことを考えたという祖父を責めるような言い方をした。


「ただまあ、悪いことばかりでもないのよ。建物の中は私の一存で自由に設定できるし、他の家族と一緒より皆さまもくつろいで頂けるでしょうし」

 

「ええ、それはもう」


 栃尾が愛想笑いを浮かべて同意する。

 彼女や天塩にしてみれば、志摩子ひとりしかいないほうがマシだというのは確実だった。

 もっともメイドたちが十人ほど建物の中に詰めているため、厳密には彼女ひとりとは言えないのだが。

 天塩は先ほどから黙りこくっていて一言もしゃべらないが、これは緊張によるものだ。

 志摩子が案内してくれたのはダイニングと思われる部屋である。

 やや古風だが明るく落ち着いた印象を与える内装だった。


「素敵なデザインですね。これも志摩子さんがお決めになったのですか?」


「ええ。ですから素敵だと言ってもらえるとうれしいですわ」


 栃尾の言葉に志摩子は本当にうれしそうに頬を朱色に染める。

 

「皆さまどうぞ」


 メイドたちが引いてくれた椅子に彼らは緊張しつつ腰をかけた。

 後から来た福岡が彼らの荷物を置いてくれる。


「まずはお茶でもいかがでしょうか?」


 志摩子が目を向ける先は陸斗で、彼はうなずいた。


「頂きます」


 彼が最初に答えるのは初めて来たふたりの手本となるためである。

 志摩子はもちろん、栃尾と天塩も分かっているようで彼の真似をした。

 

「紅茶しかないのだけど、かまわないですか?」


 志摩子の再度の問いに三名はうなずく。

 メイドが淹れてくれた紅茶が置かれ、ミルクとレモンはお好みでということだった。

 

「勉強はどういう形にいたしましょうか?」


「俺が志摩子さんに教わり、栃尾が手塩を教える形が無難だと思います」


 お嬢様の問いに陸斗は即答する。

 天塩の人見知りが発動してしまっている以上、他に方法はないと思うのだ。 

 栃尾も同感だったらしくすぐに賛成してくれる。


「分かりました。念のため、家庭教師の経験を持つ山形と秋田をそばに控えさせてありますから、私がダメでしたら遠慮なくおっしゃってくださいね」


 志摩子は言ってちらりと背後を振り向く。

 その動きに合わせて二十歳くらいの女性たちふたりが同時に頭を下げた。


「左の眼鏡をかけたショートヘアの女性が山形さん、右側の髪を伸ばしているほうが秋田さんだよ」


 陸斗がふたりに説明すると、志摩子がちょっとすねたような顔になる。


「あら、私が自分で紹介したかったのに」


「ご、ごめんなさい」


 彼は急いで謝った。


「富田さまにご紹介に預かりました山形です。語学全般を得意としております」


「秋田です。数学物理はお任せください」


 メイドたちは何事もなかったかのようにあいさつをしてくれる。

 幾分砕けているのは、相手に合わせてのものだろう。

 

 

 彼女たちは陸斗が堅苦しい雰囲気を得意としていないことくらいとっくに承知しているのだ。


「まあいいわ」


 志摩子は気を取りなおして陸斗にたずねる。


「陸斗さんはどこが苦手なのですか?」


「得意なものがない感じで」


 彼は恥をしのんで言いにくいことを伝えた。


「そうなのですね。では基本から確認していきましょう」


 彼女は笑顔で応対してくれたため、彼は少しだけ気が楽になる。

 栃尾と天塩という組み合わせもすぐ近くで情報の共有からはじめていた。

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