109話「来週の相談」
「じゃあさっそく天塩に聞いてみるよ」
陸斗は栃尾に断りを入れて、エラプルで天塩にメッセージを送る。
これまでの通り、ほんの一、二分ほどで返信がとどく。
「いいけど、具体的なスケジュールはどうなるの?」
書かれていたのはもっともな疑問である。
「スケジュールなあ。聖寿寺さんに聞いてみないとな。そもそも断られる可能性だってあるし」
陸斗が画面を見ながらつぶやくと、それを聞いていた栃尾が意見を出す。
「まずは聞いてみればいいんじゃない? 突然のことだったし、断られても仕方ないわよ」
「そうだな」
彼女の言うことはもっともだとうなずき、彼は聖寿寺に連絡を取ってみる。
正確には本人ではなく、彼の秘書で情報伝達を管理している男にだ。
「聖寿寺さんには俺と年がほとんど変わらないお嬢さんがいて、お相手をしろって言われるかもな」
陸斗は予想を口にする。
自分ひとりだったらともかく、年も近い同性の栃尾と安芸子も一緒だとなると、向こうも頼みやすいだろうと思う。
「ああ、以前会った時にご本人がおっしゃっていたわね。自分の娘の相手をしてくれる、ゲームの上手い女の子をさがしていると」
栃尾はしっかり覚えていたらしく、すぐに合いの手を入れてくれる。
「天塩と栃尾は条件にぴったりだよね。……天塩は実力はともかく、人見知りっぷりがどう出るか分からないけど」
「そうよねえ」
彼女と陸斗はふたりで若干不安を抱く。
天塩は打ち解けさえすれば大丈夫だと思うものの、それまでが心配だった。
ちらりと陸斗は携帯端末の画面に視線を落とすが、何の反応もない。
天塩の返事が早すぎるだけで、すぐに連絡が来ないのは普通だろう。
やがて栃尾は不安そうにぽつりと言った。
「守秘義務の点、私はどうなるのかしら。プロ試験に合格するのが条件みたいなものだったでしょう?」
「それも相談してみないといけないね。プロ選手のマネージャーになるなら大丈夫だと思うけど、協会はどう判断するか分からないから」
陸斗は慎重に答える。
彼の勝手な判断で適当なことは言えない。
(俺のマネージャーになってくれるなら、何とかできるかもしれない)
という気持ちがじつは彼にある。
ただ、栃尾のほうにその意思があるのか彼には分からなかった。
(ファンではあるけど、マネージャーをやりたいわけじゃないって言われたらどうしよう?)
そういう悪い考えが、彼女に質問するのをためらわせている。
栃尾であればもう少し当たり障りのない言い回しをするかもしれないが、その後気まずくなるのは避けられないだろう。
彼らの間にはまた沈黙がやってくる。
共通の話題をさがしたい陸斗だったが、彼が思いつくようなことはすでに話し終えてしまっていた。
困っていると、栃尾がまた話題をふってくれる。
「天塩ちゃん、栄急トーナメントに出るならいい線いけると思う?」
「うん。予選は突破できると思うよ」
陸斗は自信ありげに答えた。
「場所が場所だから、交通費と宿泊費も大して痛くないだろうし」
「栄急トーナメントって本戦でいい成績だったら、他の一般戦に予選免除で出場できるのよね」
栃尾はさすがによく知っているが、彼は若干訂正しておく必要を感じる。
「栄急トーナメントだけじゃなくて、一般戦全部に言えることだね。一部の一般戦はグレート戦のトライアルを兼ねているし、栄急トーナメントでいい成績を出せれば、天塩は一気にチャンスが広がるよ」
「富田君は最初の一般戦でいきなり優勝だったわよね」
彼女は本当に彼の過去の成績をよく覚えていた。
「う、うん」
陸斗は少したじろいで冷や汗をかく。
一般戦を十五歳未満で、しかも初出場で優勝したのだが、当時はまだそれほど世間では騒がれなかった。
十五歳未満で優勝した選手も、初出場で優勝した選手も、過去に何人もいたからである。
業界では脚光を浴びたものの、そこで終わった。
だから彼の戦績をくわしく知っている一般人は、意外と多くはないはずである。
「よく知っているね」
「WeSAツアーの情報は当時からチェックしていたもの。同い年のプロの子がただの一般戦と言っても、デビュー戦で優勝したのだから、驚いたなんてものじゃなかったわ」
彼の言葉に栃尾はなつかしそうに語った。
(聖寿寺さんも同じようなことを言っていたなぁ)
陸斗もつられるように過去をふり返る。
聖寿寺としては彼の将来性を見込んでスポンサーに手を挙げたのだが、まさかいきなり優勝するとは思ってもいなかったらしい。
彼が世間でも騒がれはじめたのはグレート戦で優勝し、六大タイトル戦への挑戦権をつかんでからだった。
「……あなた自身は淡々としているのね」
「そう言われても困るんだよね」
栃尾としてはもう少し得意そうにしてもいいと思うのだろうか。
陸斗にしてみればすでに過ぎた過去のことだし、大切なのはタイトル戦での成績だと考えているのだが。
「グレート戦やタイトル戦の結果のほうがずっと重要だって言ったら、一回いやな奴だって言われたことがあってさ」
発言者にとって当時の彼は、ませすぎて可愛げがない子どもに映ったようだ。
「えっ? そうなの?」
栃尾は信じられないと息をのむ。
「大きな大会ほど重要度は高くなるっていうのは、何もおかしくない考えなのにね」
「そうだよね」
陸斗は共感を得られてホッとすると同時に、栃尾に聞いたのはあまり上手くない展開だったのではないかと危惧する。
(この子は熱心なミノダトオルファンだもんな)
自分で言うのも照れくさい話だが、彼の考え方に共感してくれるのは当然というのは傲慢、もしくは甘えだろうか。
「後で岩井さんに注意されたよ。一般戦の優勝を目標にしている人にそんなことを言ったら、いやみや皮肉に聞こえてしまうから気をつけろって」
「あっ、なるほど」
陸斗の言葉に栃尾はハッとなる。
ふたりで恥じ入るような気持ちになった。
そこへ救いの手をさしのべるように、エラプルの着信音が鳴る。
「旦那様の承認はとれた。お嬢様はお喜びだからそのつもりで。具体的な日程が決まり次第、再度連絡を希望」
簡素な内容に陸斗は「あの人らしい」と思う。
「聖寿寺家の許可は出たよ。スケジュールを詰めたら再度連絡してほしいだって」
「じゃあ天塩ちゃんにも相談しないとね」
栃尾が言うのと同じくして、彼は天塩にメッセージを送っていた。
「そうだな。天塩が何時に出てこられるかにもよるな」
彼が言葉を返すと、彼女はひとつの疑問を口にする。
「その聖寿寺さんのお嬢さんって、勉強はできるの?」
陸斗は一瞬返事につまる。
だが、自分が黙っていても他の人が言えばそれまでだと思って話す。
「どうだろうな。天嶺学園って知っている?」
「ええ。有名なお嬢様学校じゃない。そこに通っていらっしゃるの?」
栃尾にうなずいてから彼は説明する。
「学年でひとケタクラスの順位だけど、偏差値教育とは無縁なところだからよく分からないんだってさ」
「白湯女子大に合格した卒業生もいたはずだから、できる人はできると思っていいんじゃない?」
彼女は各学校の進学実績についてもそれなりに把握しているようだ。
「もちろん、学年によって違いはあるのでしょうけど」
「それはそうだろうな」
陸斗は同意してから聞いてみる。
「お嬢さん、志摩子さんが勉強できるとしたらどうなんだい?」
何かアイデアでもあるのかと気になったのだ。
案の定、栃尾は提案する。
「どうせなら四人でやったほうがいいんじゃないかなって思って。過ごす時間は多いほうが親しくなりやすいし」
志摩子が教える側になってくれれば、彼女の負担も軽くてすむ。
彼女は言わなかったものの、陸斗はそう推測して賛成する。
(栃尾ひとりに面倒を見てもらうのは申し訳ないもんな……志摩子さんとふたりならいいってわけでもないが)
何かお礼をしなければと思う。
そして女の子へのお礼は何がいいのか分からず、薫に相談してみようと判断する。
天塩からの連絡はほどなく届き、「九時には七弦駅につける」とのことだった。




