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108話「提案」

 紅茶を飲み終えて店を出て、駅の改札口前で天塩とは別れる。


「じゃあ勉強会でね。あ、遊ぶのはどうする? カードゲームか何か持っていこうか?」


 彼女の問いに陸斗が笑いをかみ殺しつつ言う。


「ゲームならオンラインゲームでいいだろう。ゴーグル型のVR機があるなら持ってきてもらっていいけど」


「ごめん、ボクのは筐体タイプだから持ち運びできない」


「私も」


 天塩と栃尾の答えは彼も予想していた。

 VR機の性能は筐体タイプのほうがよく、その分値段も高い。

 それだけにサブのVR機を持っていないのは珍しい話ではなかった。

 陸斗だって必要を感じなければ、サブを購入しようとは思わなかっただろう。

 

「じゃあ俺のを使ってくれ」


「うん。ありがと」

 

 少女たちの礼を黙って受け取りながら、彼は何かレクリエーションも考えたほうがいいのかと内心首をかしげる。

 

(天塩だけだったら、プロゲーマーとしての心得やノウハウを伝えるのはありだけど)


 栃尾も一緒となると避けるべきだろう。

 そして陸斗には他に女子と一緒に過ごすためのアイデアなど持ち合わせがない。


(薫さんに相談してみようかなあ)


 情けないとは自分で思うものの、何も考えずに当日を迎えるよりはよっぽどマシだった。

 

「その前に勉強もちゃんとやりましょうね」

 

 栃尾がふたりにくぎをさす。


「うん、そうだな」


「頑張る」


 忘れかけていた陸斗とは違い、天塩はぎゅっと右拳を握って張り切って言う。

 

「天塩ちゃんの学力ってどれくらいなの? 全国模擬試験は受けた?」


「えーとね」


 栃尾の問いに答えようと口を開いた彼女を、陸斗が制止する。


「ちょっと待った。電車が来てしまうぞ」


「あ、ほんとだ。じゃあ勉強会の時でいい?」


「ええ、ごめんね。引き留めてしまって」

 

 天塩は詫びながら手を振る栃尾と彼に手を振って改札の向こうへと姿を消す。


「私たちも帰りましょうか」


「……うん」


 何とも思っていないらしい栃尾とは違い、陸斗のほうは少し緊張している。

 どう声をかけていいのか分からないし、美少女とふたりきりだという事実も意識してしまっていた。


 ふたりはやってきた電車の真ん中の車両に乗り込み、あいていたふたりがけの座席に仲良く腰を下ろす。

 しばらく無言が続き、やがて栃尾が口を開く。


「聞いてもらってもいい?」


「うん」


 陸斗が返事をしてから少しの間を置いて、彼女は言う。


「薫さんのようなマネージャーってどうやったらなれるの?」


 この問いは正直彼が予想していた範疇だった。

 だからすらすらと答えることができる。


「基本選手の希望に沿ってスポンサーが探してくれるんだよ。選手が自力で見つける場合もあるそうだけど」


「そうなのね」


 栃尾は何やら考え込みはじめたため、彼はひとつの提案をする。


「今度の勉強会の時でも、薫さんに聞いてみるかい?」


「……ええ。お願いしてみようかしら」


 彼女はそう答えた。


「分かった。伝えておくよ」


 陸斗は感情をなるべく殺して返事をする。

 正直なところもったいないとは思う。

 栃尾は一般戦ではいいところいけるだけの潜在能力は秘めているからだ。


(でも、勝てない人という人は不思議なほど勝てない世界だからなぁ)


 しかし、彼が見てきた厳しい現実が、彼女を思いとどまらせようとするもうひとりの自分を抑え込む。

 「頑張れば勝てる」というのは、残酷な勝負の世界では無責任な言葉に過ぎない。

 いったいどれだけの選手が、勝ちたい局面で勝てず涙を飲んだのか。

 

「ところで富田君、勉強は何が苦手なの?」


 栃尾は不意に話を変えてくる。

 話題に困っていた彼は喜んで乗ることにした。


「じつは全部得意じゃないって感じだな」


「全部?」


 彼女は意外そうに目をみはる。


「うん。十段階で三や四が多いかな」


 テストの成績を知られれば自然と推測できることだから、陸斗は正直に申告した。

 星峰高校では三学期の通知表で二以下が三つで留年である。

 つまりかなりぎりぎりだった。


「……星峰高校、レベルは低くないものね」


 彼女は心配そうにする。

 もっとレベルの高い高校は他にあるだけで、平均よりは高めのはずだ。

 だからこそ彼女のすべり止めになったのだから。


「このままだと留年になりそうなの?」


 彼女の不安を陸斗は少しためらってから否定する。


「いや。一応は特待生扱いだからね。進級はさせてもらえるよ。ただ、それに甘えたくはないっていう俺のわがままなんだ」


 ミノダトオルだと知っていれば、彼が特待生扱いされていると聞かされても驚かないだろうと判断したのだ。


「そうなんだ。とても立派ね」


 栃尾は驚かずに感心してくれた。

 彼女ほどの美少女に褒められてうれしくないはずがなく、彼は落ち着かない気持ちになる。

 じつのところ彼は人から称賛されることに慣れているはずなのだが、相手が栃尾だとまた違うのだ。


「四もあるなら悪くないと思うけど。成績を気にするならもう少し別の高校にする選択もあったんじゃない? たとえば私立とか。私立だったらおそらく授業料もすべて免除でしょうし。あ、立ち入ったことよね。ごめんなさい」


 彼が何かを言うより先に栃尾はハッとなり、詫びてくる。


「別にいいよ。親の希望も聞こうとした結果だし」


「そうなんだ」


 彼女の美貌には憂いが帯びはじめたため、陸斗は念のため言っておく。


「ただ、何とか理解はしてもらえたんだ。無理はしないって約束で」


「それはよかったわね」


 栃尾は自分のことのようにうれしそうに微笑んでくれる。

 

「ありがとう。栃尾も何とかなるといいな」


 お礼とばかりに陸斗は、彼女の将来も幸運を祈った。


「ありがとう」


 彼女は礼を言ったのち、疑問を口にする。


「特待生なら何か条件が出たんじゃない?」


 特別扱いされるからには、それに見合っただけの対価を高校に与えなければいけないのではないか。

 彼女がそう考えたのは当然だろう。

 陸斗はうなずいてから教える。


「成人したら本名とプロフィールを一般公開するのが条件なんだよ」


「ダービー優勝選手の母校となれば、すごい宣伝効果でしょうね。少なくと知名度は爆発的にあがるはず」


 彼女は高校の戦略に理解を示す。

 学業成績があまりよくないことを目をつぶるくらい大した問題ではなくなるだろう。

 まだトップメジャー級のスポーツほどではないとは言え、eスポーツも世界的な競技のひとつとなっているからだ。

 陸斗がプロフィールを公表すれば、自動的に「Hoshimine High School」の名前が世界に広まることになる。


「だといいけどね。恩返しできるから」

 

 彼の言葉を栃尾は真剣に聞いていた。

 そこで彼らの会話はとぎれてしまう。


(どうしようか……)


 陸斗が悩んでいると、栃尾が問いを口にする。


「それじゃあ勉強会は主要教科五つでいいわよね?」


「うん。それでお願いするよ」


 彼はすぐにうなずいたが、彼女は次の質問を投げてきた。


「勉強会のあとに遊ぶってどんなことをする予定なの?」


「それを迷っているんだよなあ」


 とたんに陸斗は若干情けない顔になる。

 

「ゲームだけでいいのか、それともトランプでもする?」


 彼の迷いを聞いた栃尾は不意にくすりと笑った。


「そこで海やプールと言わないところが、富田君らしいのよね」


「海? プール?」


 陸斗はどうしてそのようなことを言われたのかピンとこず、きょとんとして聞き返す。

 彼女の笑顔はより好意的なものになる。


「女の子の水着を見たいっていう理由で。そういう男子、けっこういるでしょう?」


「あー……」


 言われてみればそうかもしれないと陸斗は思う。

 具体的な名前をパッとひらめいたが、本人の名誉のために言わないことにする。

  

(栃尾や天塩の水着姿なら、見たいという奴の気持ちも正直分かるな。言えないが)


 黙ってしまった彼に栃尾はたたみかけるように言った。


「別に富田君ならいいわよ。ただ、あんまり人がいないところがいいかしら」


 大胆で思わせぶりな発言に、陸斗は大いにとまどう。


「聖寿寺さんに頼めば豪邸のプールで泳ぐくらいはさせてもらえると思うけど、そういう話でいいのかな……?」


「ああ。そうか。その手もあるのね」


 栃尾の回答に彼は余計に混乱する。


「でも、天塩ちゃんは日帰りでしょう? 日帰りで行ける距離なの?」


 もっともな彼女の疑問に、彼は記憶をさぐりながら返事をした。


「車なら駅まで二時間かからないはずだから、無理じゃないと思う。天塩に聞いてみなきゃいけないのはたしかだけど」


「そうなんだ。じゃあ天塩ちゃんの意見しだいね」


 栃尾の前向きな言い方に陸斗はうなずく。


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