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107話「勝負弱いタイプ」

 三人は駅前まで歩き、喫茶店に入る。

 以前、薫もいた時とは違う、若い女性客をターゲットにしていそうな明るく華やかな外装が印象的だ。

 内装も白く清潔で明るいように整えられていて、二十代から四十代くらいの女性たちが何組かいる。

 珍しくも美しい天塩の容貌は、客と店員の視線を集めてしまうが、本人は気にしていないようだ。

 彼らはあいていた窓際の四人掛けのテーブルに座る。

 二十歳くらいの女性店員が大きな氷と水が入ったタンブラーグラスを三つとメニューを置いてくれた。

 

「お決まりになったらテーブルのベルでお呼びください」


 素敵なスマイルを残して彼女が去ると、三人はなかば義務的にメニューを手に取る。


「とりあえずはいってみたけど、どうしようか?」


 陸斗の問いに栃尾が応えた。


「入った以上は何か頼まないとお店に悪いし、お茶でも飲みましょうか」


「ボクはメロンソーダで」


 天塩がすかさず言い、思わず他のふたりはクスリとする。


「うん?」


 彼女は不思議そうに陸斗を見た。


「いや、何でもない。俺は紅茶にしようかな」


「じゃあ私も」


 ふたりも頼むものを決めると、天塩は自分の希望を訂正する。


「やっぱりボクも紅茶にする」


「いいのか?」


 陸斗の確認に彼女はこくりとうなずく。


「ふたりと一緒がいい」


 彼女の真摯な様子に、彼はもう何も言わないことにした。

 ベルを鳴らして注文をすると、店員からは質問が来る。


「ホットですか、それともアイスでしょうか? ミルク、レモン、ストレートとございますが……」


 三人が応えると彼女は引き下がった。

 彼らの間には沈黙がやってきて、陸斗はグラスを揺らして氷を鳴らし、それから水を飲む。

 この動作に特に意味はない。

 天塩は時々ちらりと左隣の栃尾を見るだけで、口を開こうとしなかった。

 彼女なりに空気を読んでいるのだろう。

 

(喫茶店に入ろうって言いだしたのは栃尾だからな)


 彼女が話したくなるまで待つべきだと陸斗も思っている。

 店内が混んでいるせいか、それとも注文がバラバラだったせいか、三人分の紅茶が並ぶまで時間がかかった。

 栃尾が重い口を開いたのは、紅茶にミルクを入れた後である。


「私ね、じつは高校受験も失敗したの」


 彼女の第一声がこれだった。


(そうなのか)


 と陸斗は思っただけである。

 星峰高校は聖寿寺も知らなかったように、特徴のある有名な高校ではない。

 だから不本意ながら通っている生徒がいても少しもおかしくはなかった。

 通いたくて通っている者にしてみれば不愉快かもしれないが。


「どこの高校に行きたかったの?」


 天塩が義務的に質問すると、すぐに答えが来る。


「天臨閣高校」


「天臨閣高校……」


 陸斗は息を飲み、天塩は目を丸くした。

 

「東大京大に現役で合格する人が、毎年十人以上いるっていう?」


 決して勉強には熱心ではない陸斗でも名前は知っている、名門公立高校である。

  

「ええ。学力は申し分なしと先生がたに太鼓判を押されていたのだけど、当日に熱を出しちゃって」


 栃尾は悔しそうにうつむき、唇を噛む。

 

「他にも似たような経験はあるの。ここぞという時にかぎって、結果が出ないというか……」


 彼女の言葉をじっと聞いていた陸斗は理解する。


(肝心な時に弱いタイプだったのか。何人か心当たりはいるな)


 プロのeスポーツ選手にも彼女と同タイプと思える人たちはいた。

 実力はあるはずなのに大きな試合では、必ずと言ってよいほどいいところなく敗退してしまう。

 

(エトウさんもちょっと似ているかな)

 

 と陸斗は考えた。

 もっとも、エトウミナは六大タイトル戦という最高峰のレベルで結果が出せないというだけだから、正しくはないかもしれないが。

 

「だから今回の試験でも、なるべくしてなっちゃったのかもしれないわね」


 栃尾は自嘲まじりの笑みを浮かべて話を終える。

 天塩と陸斗は彼女にかけるべき言葉をすぐに見つけられなかった。

 下手な同情、安っぽいなぐさめは不要だろう。

 

「あ、気を遣ってもらわなくて大丈夫よ。ふたりで合格したかったのに、天塩ちゃんには申し訳ないとは思っているの」


 力なく微笑んで謝る彼女の手を、天塩はそっとにぎる。


「謝ることじゃないよ。試験は今回だけじゃないし、また頑張ればいいじゃない。ねえ陸斗?」


「どうかな?」


 陸斗は同意をしなかった。


「陸斗?」


 天塩のサファイアのような瞳には、怪訝そうな色が浮かんでいる。

 一方で栃尾のほうは特に傷ついた様子もなく、彼の発言の続きをじっと待っていた。


「勝負弱いっていう人はたしかにいるんだ。俺も何人か知っている。全員、例外なく苦労しているよ。それを知っているから、安易にまた頑張れとは言えないな」


 陸斗が理由を述べると栃尾は静かにうなずき、天塩の表情には納得の色で満ちる。


「そっか。そうなんだね。ごめんね、安芸子」


 彼女が謝ると、栃尾はにっこり微笑む。


「謝らなくていいのよ、天塩ちゃん。私をはげまそうとしてくれた気持ち、うれしいわ」


 彼女は次に陸斗に視線を移し、吹っ切れたような表情で言う。


「富田君もありがとう。はっきりと言ってくれて」


「礼を言われるようなことじゃないよ」


 と彼は答えたものの、どうして彼女が礼を言ったのか何となく察しはつく。

 だてに勝負の世界に身を置いているわけではない。

 天塩はそこまで考えが回らなかったのか、何やら不安そうな表情になって栃尾に話しかける。


「安芸子、これからどうするの?」


「プロ試験を受けるのは今回かぎりにするわよ。たぶん、両親は次の受験を許してくれないでしょう」


「そっか……」


 天塩は自分のことのように落ち込んでしまった。

 

「大丈夫よ。ただ、同じステージには立てないというだけだから」


「……うん?」


 栃尾の言わんとすることが分からなかったらしく、彼女は首をかしげて銀髪が揺れる。


「もう少し考える時間をちょうだい。まだはっきりと決めたわけじゃないから」


「う、うん。応援するよ。ねえ、陸斗?」


「ああ」


 今回は彼も同意した。

 

「ありがとう。内面に抱えていたものを吐き出せて、少しすっきりしたわ」


 栃尾の表情はいつになく晴れやかで、陸斗が知っている中で最も美しかった。

 

「どういたしまして」


 彼はまぶしそうに目を細めつつ応える。


「お互いさまだよね」


 天塩はにっこりと微笑む。

 

「天塩ちゃんは合格できるかしら?」


 栃尾が空気と流れを変えようと問いを投げると、陸斗はうなずく。


「試験官に勝てたなら、ほぼ確実に合格だね」


「あれ? 言ってもいいの?」


 彼女は彼が具体的に回答するとは思っていなかったらしく、目を丸くする。

 陸斗は肩をすくめて応じた。


「試験はもう終わったし、試験官に勝てたら合格っていうのはけっこう有名だからね」


「へえそうなんだ?」


 天塩は知らなかったと聞き返す。

 栃尾が苦笑する。


「普通は勝てないのよ。勝った受験生なんてそれこそ富田君と、あとは岩井さんくらいじゃないかしら?」


 彼女のほうはある程度知っていたらしい。

 

「細かいようだけど、エトウミナさんとかも勝ったはずだよ」


 と陸斗は訂正する。

 より正確を期すならばエトウミナは一ジャンルだけで、複数のジャンルで試験官を倒した人はほぼいない。


「トップ選手は勝っているって認識でいいのかな?」


 天塩が首をかしげると、栃尾がうなずく。


「そうね。そういう意味では天塩ちゃんはいずれは日本トップ選手になれるかも」


「可能性はあるね」


 陸斗はうれそうに認める。

 それが天塩には少し不満だったらしく、口をとがらせた。


「自分がさせないって言ってほしいな。それともボクじゃ陸斗のライバルにはなれない?」


「いやいや」


 別に余裕をかましていたつもりはなかった陸斗はあわてる。


「今はお祝いを言う場だと思っていたからね。もちろん、俺が阻止させてもらうよ」


「うん」


 天塩は満面の笑みを浮かべたが、それを消して小首をかしげた。


「ところで試験結果っていつ分かるの? 栄急トーナメントの予選にはエントリーできるってことは、けっこう早いんだよね?」


「二、三日後くらいじゃないかな。俺の時がそうだった」


 陸斗が答える。


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