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106話「試験本番」

 天塩と栃尾はバラバラになった。

 第一競技のパズルは「ファイブ」である。

 陸斗とプレイし、練習相手になってもらったタイトルが来て彼女たちは一瞬驚く。

 だが、すぐに気を取り直して戦いに挑む。

 今回の戦いは試験官と一対一で妨害ありのコンバットモードだ。

 

(強いけど……陸斗と比べたらぬるすぎ)


 というのが天塩の正直な感想である。

 手を抜いていたころの陸斗のほうがまだ強いのではないか、とすら思えた。


「勝者、シャドウ!」


 ログインした時に設定した臨時のプレイヤー名で、天塩の名前がコールされる。

 受験者はヴァーチャル世界にいて他の受験者の状況が分からないが、岩井は違う。


「あの子すごいな。相手の須磨は決して強いほうじゃないが、それでも現役プロをあっさり倒すとは」


 腕組みしながらうなる彼に、見に来ていた聖寿寺が耳打ちをする。


「例のミノダ・トオルと関係があった子のひとりだ」


「ああ。あの子がそうでしたか。ミノダ君が一緒にプレイする相手に選んだだけあって、かなりのレベルですね」


 岩井は納得したところで、さらに彼を驚愕させる情報が告げられた。


「あの子はまだ中学生なんだよ」


 言うまでもなく提供者は聖寿寺である。


「ええっ? ……それは将来有望ですね。何と言うか、ミノダ君の時を思い出しますよ。もっとも、彼は小学生のころ現役の日本トップクラスの選手を倒したわけですが」


 思わず絶句した岩井だったが、すぐにもっととんでもない少年がいたことを思い出す。

 あの時以上の衝撃は少ないと彼が思えば、聖寿寺はさらに爆弾発言をする。


「私は悪いがエトウ君になら勝つのではないかと思っていたのだが、対戦することはなかったな」


「お言葉ながらさすがにまだまだエトウ君に勝つのは早いですよ。彼女は国内で三番手クラスですし、もう少し経験を積めばタイトル戦のグループステージだって突破できるでしょう」


 岩井は苦笑した。

 相手が聖寿寺でなかったら、苦笑どころではすませられなかったところである。

  

「ええっと、エトウ君の相手は……おや、高校生の女の子ですね。とちおって読み方でいいのかな?」


 岩井はモニターをさがし、それからプレイヤーの個人情報を確認した。


「もう一人の子だよ、その子」

 

 聖寿寺に言われて彼はうなったが、すぐに表情がくもる。


「へえ。となると期待はでき……るはずなんですが、今のところいいところナシですね」


「そうだな。片方が試験官を倒してしまうくらいだから、私も期待したのだが」


 彼らの視線の先にはエトウミナ相手に圧倒されている栃尾のアバターがあった。


「本気を出したエトウ君に完敗は仕方ないが、彼女はどう見ても手加減しているからな」


「どんな事情があろうとも、今日の実力で審査されますから、これは厳しいですね」

 

 岩井は受験者のプレイデータをもとに合否判定を出す採点者のひとりである。

 聖寿寺もやる場合はあるが、今回は栃尾と天塩が受けるという理由で外された。

 三つの競技を終えて、岩井がまず言う。


「かげいしてしお、ですか。この子は日本選手権に出してもいいくらいでしょう。あとはもうひと頑張りしてほしいですが」 


「……強い女子選手の台頭は歓迎したいが、ひとりだけではな」


 淡々としている彼に対し、聖寿寺は落胆を隠しきれなかった。

 

「ゼロよりはマシですよ」


 岩井は慰めるように声をかける。

 

「では審査会議に行きましょう」


「そうだな」


 彼ら採点者と試験官が合流し、会議によって正式に合否判定が決まる仕組みだ。

 一方で受験者たちはそれぞれの表情で、帰路につく。

 天塩は明るく、栃尾は明らかに落ち込んでいた。


「もしかして安芸子、ダメだったの?」


 銀髪の美少女の気遣うような声に、彼女は小さくうなずく。


「ええ。まるでいいところがなかったわ。天塩ちゃんはよかったみたいね」


「うん。三タイトルとも試験官に勝ったよ。あんまり強い人じゃなかった」


 彼女は遠慮がちに結果報告をする。

 これを聞いた栃尾は目を丸くして足を止めた。


「天塩ちゃんならもしかしてとは思っていたけど、まさか全部試験官に勝っちゃうなんて」


「いやー……」


 驚きまじりの称賛に対して、天塩は素直に喜ばない。

 栃尾は何かに気づき、早歩きをはじめる。


「続きはどこかお茶でもしながら話しましょうか?」


「そうだね」


 銀髪と黒髪の美少女たちが目立つのは相変わらずだが、さすがに試験が終わってから彼女たちをナンパしようとする者はいなかった。

 建物の外に出ると、そこには何と陸斗が来ている。

 ふたりは思わず硬直してしまう。

 

「よお」


 若干照れくさそうな顔をして右手をあげた彼に向かって先に反応したのは天塩だった。

 

「えっ? いつ来たの?」


 彼女はパッと表情を輝かせながら彼のもとへ駆け寄る。


「さっきだよ。そろそろ試験が終わるだろうって時間を計算した」


 栃尾もそそくさと寄ってきたが、彼女の表情が明るくないと彼は気づく。   


「もしかして栃尾はダメだったのか?」


「……私ってそんなに分かりやすいかしら?」


 彼女は困ったように自分の両頬に手を当てる。

 

「普段はそうでもないけど、今日は何か分かりやすいな」


 陸斗の発言を天塩が肯定した。


「そうだね。よっぽどショックだった?」


「……そうかもしれないわ。今日の結果がすべてじゃないって、自分には言い聞かせていたつもりだったんだけど」

 

 彼女は肩を落としたが、やがて顔をあげて陸斗に話しかける。


「富田君は私たちと一緒でいいの? ここまで来たのに協会に顔を出さなくても」


 彼はにこりとして答えた。


「そもそも呼ばれていないからな。まあ近くまで来たのに顔を出さなかったのがばれたら、あとで嫌味くらいは言われると思うけど、俺の顔を知っている人って試験官か採点者やっているだろうから」

 

 だから大丈夫だと言った瞬間、左のほうからスーツ姿の若い男性に声をかけられる。


「おや、ミノダ選手、今日はどうしたんですか? 試験官ではなかったはずですよね?」


「げっ」


 陸斗をうめかせた男性は、ネームプレートから協会の職員だと栃尾と天塩にも分かった。


「じつは知り合いが試験を受けるということで、様子を見に来たんですよ」


 彼は先ほどの反応がなかったかのように、さわやかな若者の顔つきで説明する。


「そうでしたか。あとで顔をお出しになってはいかがです? 聖寿寺氏も、岩井選手も、エトウ選手も今日はいらっしゃいますよ」


「岩井さんとエトウさんが参加していたんですか……」


 岩井がいることまでは知らなかった陸斗は素直に驚いた。

 

「たしかにそのふたりなら、試験の詳細も教えてくれそうですが」


 彼はちらりと少女たちを見やる。

 天塩は気遣うように栃尾の様子をうかがい、彼女は困った顔で首を横に振った。


「止めておきます。あとで怒られることにします」


「そうですね。お連れがいらっしゃるのですから、仕方ないですよね」


 男性職員はニヤニヤとしながらも、物分かりのよいところを見せる。


「失礼します」


 三人の少年少女は彼に会釈をしてその場を離れた。

 ニ、三分歩いたところで陸斗はため息をつく。


「悪いことは考えられないもんだ」


「陸斗には悪いけど、ちょっとおもしろかったよ。ギャグみたいで」

 

 天塩は笑いをかみ殺している表情でそんなことを言う。

 

「じつは俺も同じこと思ったよ」


「あ、私も」


 三人はそろって笑い声を立て、通行人が怪訝そうに彼らを見ていた。


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