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104話「強すぎる仮想敵」

「そもそも試験に合格してからの話だけれど」


「たしかに」


 栃尾の一言をきっかけに彼らの話題は違うものへと移っていく。

 ひと通り雑談を楽しんだあと、陸斗が話を切り出す。


「せっかくだからゲームしよう。俺でよかったら相手になるよ。試験には試験官との対戦があるからね。俺が仮想敵をやろう」


「ああ、陸斗はその時、いきなり試験官を倒しちゃったんだっけ?」


 天塩はしっかり覚えていたようだ。


「富田君が仮想試験官……やってくださるプロの方には失礼だけど、ちょっと強すぎるわね」


「陸斗くらい強い人って、世界にどれだけいるんだろ? ひとケタ台の世界ランカーなら実力変わらないのかな?」


 少女たちはそのような会話をはじめる。


(今回の試験官にはエトウさんが入っているから、たぶんふたりが思っているよりは強いはずだけどなあ)


 陸斗はぼんやりとそう考えるが、文字には変換しなかった。

 受験予定者に試験官の名前を教えてしまうのは規約で禁止されている。

 もしも破ってしまえば、プレイヤーネームがふたりに特定されたケースよりもずっと重い処罰になるだろう。


「世界ランキングのひとケタ台クラスは基本全員が強いよ。よく勝てたなって自分で自分を褒めたいくらいだ」


 彼が言うと少女たちは耳を傾ける。


「そうなんだね。ダービーを見ていたけど、本当にみんな化け物だったものね」


 天塩には新鮮だったようである。


「天塩も世界ランカーにはなれそうだけどな」


 陸斗の意見は世辞抜きであった。

 栃尾のほうは正直何とも言えない気はするのだが。


「経験を積んだら……かあ。早くひとり暮らししたいから頑張る」


 天塩はそう言う。


「プロになったら聖寿寺さんにお願いしてみよう」


 彼に対して彼女は次の質問を放つ。


「うん。専属契約ってやつもあるんでしょ? どれくらいでしてもらえるものなの?」


「それはスポンサーしだいだから、俺からは何とも言えないよ。一応、試験官をその場で倒せば気に入ってくれる会社が見つかるかもな。試験当日、会場に人は来ているだろうし」

 

 陸斗はそれが理由で聖寿寺に気に入られて、専属契約をしてもらえたのだ。

 当時は右も左も分からなかったため、あくまでも結果オーライである。


「パフォーマンス次第なんだ」


「あとは一般戦で優勝したらチャンスはあるかもな」


 陸斗のこのメッセージを見て、黙って聞き役に徹していた栃尾が話に入ってきた。


「えっ? 一般戦優勝でスポンサーついた人、珍しいんじゃない?」


 彼女の頭の中には主なツアープロ選手の情報があるのだから、当然の疑問であろう。

 陸斗は少しためらいながら説明する。


「言いにくいんだけど……天塩たちは若くて見た目もいい女の子だから、そういう意味で人気は出やすいかなって」


「あー、アイドル選手枠ってやつかー」


 と発言したのは天塩だった。

 容姿のよい選手は実力ではなく、容姿をもてはやされる傾向がある。

 プレイヤーネーム制度が定着したeスポーツでは少ないが、まったくないわけでもない。

 実力で勝負したい選手にとって、実力以外で評価されるのは不本意だろう。

 栃尾は正統派和風美少女、天塩は異国の神秘的な美少女というカテゴリーになりそうだ。


「嫌じゃないのか、そういうの?」


「嫌でもつきあっていくしかないからね」


 陸斗が聞いてみると、天塩からはややシビアな返事が来る。


「ごめん。何か不愉快にさせた?」


 いつもの彼女のメッセージとは雰囲気が違うと察した彼は、先手を打って謝罪した。


「いや、いいよ。陸斗だし、ボクに気を遣ってくれているのはよく分かっているから」


 あっさり許されて彼は安心する。

 彼女たちと気まずい関係になるのはごめんだった。


「嫌だったらプレイヤーネーム制度を申請して、解除しなかったらいいんだよ。そうすれば顔を知られなくてすむ」


「うん」


 気を取り直したように言った陸斗の言葉にうなずくと、天塩は言う。


「そろそろゲームしようか? 仮想敵をお願い」


「任せてくれ」


 陸斗は腕まくりをしてみせたが、当然少女たちには見えない。

 

「と言っても、試験官のやり方を俺は知っているしそっくりにやるのもまずい。適当でいくよ」


 断りを入れると栃尾が応じる。


「ええ。そもそも私たちとこうして接触しているのも、あまりよくないんじゃない? 規約的に」


 彼女のメッセージを見た天塩が大いにあわてはじめた。


「え? えっ? そうなの? ごめん、陸斗。ボク、ちっとも気づかなくて」


「いや、大丈夫だよ。俺が試験官をやるんだったら大問題と言うか一発アウトコースだったけど、試験にはノータッチだからね」


 陸斗は天塩を落ち着かせようとする。


「試験官は数日前に集められて外界と通信できないよう隔離されて、それから試験内容を教えられるらしい。ただ、試験官じゃない選手に同じことをするのは不可能な時代になっているんだ」


「……たしかにこれだけ情報通信技術が浸透していたら、誰がどこで誰とやりとりしているのか、把握しきるのは無理でしょうね」


 栃尾が理解を示した。


「だから他人と通信できる段階では、試験官も何も知らないという仕組みなんだろう。抜け穴がないとは思わないけど、今のところ問題は出てないわけで」


 陸斗の説明に彼女は合いの手を入れる。


「そもそも試験に合格できてもプロの世界で通用するとはかぎらないものね」


「不正する人が今のところ出てないのは、もしかするとそれが理由かもね。プロデビューこそが人生の最大の目標になるような競技じゃないし……」


 彼の言葉には自虐が混ざった。

 eスポーツがサッカー、テニスのようなメジャースポーツにはまだまだ敵わないというのは残念ながら現実である。

 ただ、それでいいと割り切るつもりもない。

 少しずつでも発展に協力していきたいというのが、陸斗の秘めた決意のひとつだ。


「うん、陸斗が罰を受けないならよかったよ」


 天塩がようやく安心したように発言する。 


「天塩を安心させたところで、何をしようか?」


「順番にやっていこうよ。全ジャンル」


 陸斗の問いに彼女が即答し、栃尾も賛成した。


「試験を仮想するなら、全ジャンルをやっておいたほうがいいわよね」


「よろしくお願いします!」


 天塩と栃尾から同時に言われて、彼はくすりとする。


「はいよ。こっちこそな」


 三人は順番にやっていく。


「まずはファイブ、次はゴリアテ、それからベルーアとやっていこうか」


 陸斗はほとんど手を抜かなかった。

 結果的に、天塩と栃尾は大いに落ち込んでしまう。


「つ、強い……」


「陸斗、強すぎ……」


 彼女たちは手加減を望まないと思ったからこそ彼は本気を出したのだし、彼女たちはそれを責めなかった。

 ただし、何も感じなかったわけではないようである。 

 彼女たちのアバターに向かって陸斗は言う。


「俺とのプレイに慣れておけば、試験も何とかなるよ」


「う、うん」


 天塩が先に立ち上がり、若干遅れて栃尾も立つ。


「富田君くらい強い人って、日本じゃ岩井選手くらいだものね……」


「少し休憩を挟もうか」


 彼女たちの闘志は少しも衰えていなかったが、陸斗はまったをかけた。

 

「え? まだまだいけるよ」


 天塩がどうしてだと首をかしげる。


「休むのも大事なんだ。体力や集中力を回復させるためにもね」


「わかった」

 

 陸斗が理由を説明すれば彼女は素直に納得した。 


(天塩はまたちょっと強くなっていたな)


 彼はこっそり心の中で、ふたりに対する評価をおこなう。


(でも栃尾は伸び悩んでいる感じがある……)


 ゲームは練習しただけ上手くなるが、時として停滞してしまう場合もある。

 練習時間が取れていないならば問題はないし、現段階であまりムキになってもよくないと陸斗は思う。

 今回で合格しなければならないわけでもないため、彼は少しも焦っていなかったのだ。


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