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103話「ゲームは人生の縮図?」

 何事もなく一日が終わり、昼前にビルに着くと出迎えてくれた薫から報告があった。


「プロ試験の日程が決まったみたい。来週の土日だそうよ」


「そっか。ありがとう」


 陸斗は荷物を置きながら礼を言う。

 まずはテーブルに座り、薫が用意してくれたそうめん、夏野菜と豆腐のスープを平らげる。


「試験を担当する選手は?」


 食べ終えてから彼は次の質問を放つ。

 試験内容は教えてもらえないはずだが、担当選手ならば分かるのではないかと彼は考えたのだった。

 薫は何人かの名前を挙げてから、最後に彼も知っている名前を告げる。


「それからエトウミナさんもですって」


「エトウさんが?」


 彼は意外な名前に目を丸くした。

 エトウミナならば試験官としての実力は申し分ない。

 それどころか豪華すぎると言っても過言ではないほどだ。


「今回の受験者は久々に女子が多いから、女性プロにも要請がいったらしいの」


「それは分かるよ。エトウさんは日本選手権出場を決めていて、余裕があるだろうってことも分かるけど……よくエトウさんが承知してくれたね」

 

 プロ試験の試験官というのは基本的にボランティアである。

 交通費と宿泊費はさすがに支給されるが、それ以外は一円も出ない。

 一線級のプロが出るのはけっこう珍しいのだ。

 彼が感心しながら言うと、薫は苦笑気味に答える。


「うわさがけっこう広まっているみたいよ。天塩さんと安芸子さんのふたりが、あなたの推薦で受験するって」


「ええっ?」


 とんでもない話に陸斗はぎょっとした。

 しかし、よくよく考えてみると根拠のないデタラメというわけでもない。

 

「本当のことを言ったほうがいいかな?」


 そのほうがふたりのためになるか、と彼は思ったのだが薫が止める。


「余計にややこしくなりそうだから止めたほうがいいわよ。困るのは天塩さんや安芸子さんでしょうし」


「あ、うん。止めておくよ」


 いつになく真剣な調子で言われたため、彼は素直にしたがった。

 火の粉が自分に飛んでくるのならばまだしも、少女たちに飛んでいくかもしれないとなれば慎重になる。 


「一言言っておいたほうがいいよね」


 陸斗はエラプルで簡単に事情を説明し、詫びの言葉も添えてメッセージを送信した。

 相変わらず天塩の返事は早く、一分程度で来る。


「あ、やっぱり? そのつもりでいるね」


 という驚きがまるで感じられない内容だった。

 それから遅れて二分、栃尾からも来たのだが


「そうでしょうね。経緯が経緯なんだし、仕方ないわ」


 という回答である。


「ふたりとも予想していたみたいだな」


 陸斗は自分だけが思い至っていなかったのか、と穴があったら入りたい心境になった。

 

「こういうことって女の子のほうが気が回るものなのかしら」


 薫は「陸斗が大ざっぱなだけ」とは言わない。

 

「女の子ってえらいんだなあ」


 彼は素直に感心する。

 他人に美点があると思えば素直に認められるところが、彼の長所のひとつだ。


「人のえらいところをきちんと認められるのも立派だと思うわよ」


「そうかな?」


 薫の褒め言葉に陸斗は首をひねる。

 彼はイマイチぴんとこなかった。 


「まあいいわ」


 彼女としても強弁するつもりはない。


「それよりあの子たちと相談することはいろいろあるでしょう?」


「そうだね。栄急トーナメントに出るって言っとかなきゃいけないし、勉強会もやりたいし」


 彼女の言葉に陸斗はやるべきことを思い出す。

 勉強会をやるつもりでいた週とプロ試験が行われる週は異なるため、調整はしやすいだろう。

 移動して筐体の中に入って、マットレスに頭をあずけながら少女たちにメッセージを送ってみる。

 

「え、栄急トーナメントに出るの!?」


 と言ってきたのは栃尾であり、


「栄急トーナメント……?」


 という反応をしたのが天塩だから分かりやすい。


「とりあえずいつもみたいに三人で話そう」


 そう断りを入れてからグループへと移動する。

 

「来週が私たちのプロ試験、再来週が勉強会、その次の週に栄急トーナメントということでいいのかしら?」


「それで合っているよ」


 栃尾の最初のメッセージに陸斗が返答した。

 

「予定少ないってことだったけど、一気に入っちゃったね」


「まあ夏休みだしな」


 天塩のメッセージに陸斗は深く考えずに反応する。

 答えになっていないはずの言葉にも、少女たちは野暮な指摘をしてこなかった。


「夏、どうする?」


 天塩がじつにあいまいな質問を送ってきたため、彼は困惑する。


「……勉強会以外に何をする? という意味でいいのか?」


「うん。そうだよ。分かりにくくてごめん」


 問いかけると彼女は謝罪つきの回答をくれた。

  

「富田君のスケジュール次第だと思う。来月には日本選手権とミュンヘンカップがあるでしょ?」


「日本選手権は八月の一週、ミュンヘンカップは三週だね。移動の都合で一週間前には出発したいし、帰ってくるのにも時間かかるから、八月は難しいかもな。ミュンヘンカップから帰ってきたあとなら大丈夫だけど」


 陸斗が大ざっぱに予定を話すと、栃尾が案を出す。


「それだったら、勉強会の前後に遊びも入れてしまったほうがいいんじゃない?」


「そうだな。それでいいかい?」


 陸斗の問いに少女たちは賛成する。


「栄急トーナメントはいいの?」


 天塩が聞くと彼は即答した。


「大丈夫だよ。都内だし、優勝できなくても大して痛くはないし。抜いてもいいところでは抜かないとね」


 もちろん、栄急トーナメントの優勝を本気で狙っている選手たちもいる。

 彼らがこの会話を知ればさぞ気分を悪くするだろう。

 だが、競争の激しい世界では立場が違えば、感覚も姿勢も違うのは当然だった。

 

「そういうものなんだ。ちょっとゲームと似ているね」


 と天塩が感想を書く。


「ゲームは人生の縮図だって言い放ったプロが昔はいたらしいな。ただし、名前は思い出せない」


 陸斗が人から聞いた話を明かすと、栃尾がまず反応する。


「結果を出せる人がえらい、頑張っても結果を出せるとはかぎらない。共通点はけっこう多いかもしれないわね」


「うーん、でもゲームのほうが公平じゃないかな?」


 天塩のほうはやや懐疑的だった。


「だって誰か個人の好き嫌いが成績や結果に影響しないでしょ。実力だけで評価されるんだから」


「それはそうね」


「実力以外の点も考慮されるなら、俺なんかは微妙すぎるだろうな」


 栃尾と陸斗は彼女の意見も一理あると感じる。

 

「力だけが問われる世界に行ってみたいなあ」


 天塩はそう発言した。

 

(よっぽどのことがあったのかな)


 と陸斗は思わざるをえなかったが、質問するのは避ける。

 いつの日か、彼女が自発的に話してくれるまで待つつもりだ。

 

「試験に受かれば入れるよ」


 かわりに励ますつもりでメッセージを送る。


「その辺よく分からないんだけど、受かったらその日からプロなの?」


 天塩からは質問が返ってきたため答えた。


「そうだよ。次の日からはWeSAが主催している大会にエントリーできる。今回の試験に合格すれば、栄急トーナメントにはエントリーできるはずだ」


「えっ? そうなの!?」


 陸斗の言葉に彼女は驚きを露わにする。

 どうやら説明しておく必要があるようだ、と彼は思う。


「ああ。栄急トーナメントは一般戦。これはいいかい?」


「うん。他にはグレート戦とタイトル戦があるんでしょ」


 天塩は一般戦、グレート戦、タイトル戦のことは知っているらしい。


「一般戦は本戦が土曜日で、金曜日に予選があるんだ。出場エントリーは予選の三日前、火曜日の夜まで受け付けているんだよ。そしてその段階でプロとしてWeSAに認定されていればいいのさ」


「へえ、知らなかった」


 陸斗の説明を聞いた天塩は感心している。

 そこで栃尾が話に入ってきた。


「一般戦の予選って交通費の支給さえないんだったかしら? 最初は大変みたいね」


「ああ。予選が免除されるシード選手は交通費と宿泊費は支給されるけど、予選組はないよ。予選で優勝すれば賞金は出るし、二位も出るんだったかな」


 陸斗は自分の過去を振り返りながら話す。


「やっぱり格差がすごいね」


 天塩は予想していたような反応だった。


「ああ。あと、一般戦の予選で何回優勝しても選手としてのキャリアにはならないから。大事なのはあくまでも本戦の成績だな」


 陸斗が忠告すると、彼女は怪訝そうに聞き返す。


「予選で優勝するけど本戦でダメな人っているの?」


「いるよ。そもそも単純に参加者のレベルが上がるからね。シード選手って、予選で優勝できる人たちがほとんどだと考えればいい。たまに予選は微妙なのに本戦じゃ強い人もいるけど」


「へえ、そうなんだ」


 主に天塩に教える展開になっているが、これは仕方ない。

 栃尾はeスポーツファンで、これくらいのことは知っているからだ。


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