98話「ラストガンナー」
「ラストガンナーで一番過酷なステージとなると、やっぱり砂漠になるかしら?」
「そうなるだろうな」
栃尾の問いかけに陸斗が応え、三人は砂漠ステージに乗り込む。
全員性別と同じ若い兵士のアバターを選んでいた。
ラストガンナーは最大十六名までが同時にプレイできる。
(となれば、別に最後の一人って意味じゃないんだろうな)
一緒にプレイする相手が栃尾と天塩だからか、陸斗はそのようなことをふと考えた。
ラストガンナーは妨害なしだが、他プレイヤーから標的の横取りはできる。
人よりも早く獲物を倒せ、という単純なコンセプトであった。
(それだけにミュンヘンカップじゃひどいことになりそうだ……)
今から覚悟をしておく必要があると陸斗は思う。
「ところでボクたち、陸斗の相手になるのかな?」
天塩が少し不安そうな顔をし、栃尾は微笑で応える。
「ウォーミングアップのお手伝いくらいはできると思うわよ」
自虐めいた発言だが、彼女は自分たちの実力差を冷静に受け止めていた。
「さすがに練習相手にならないと思ったら断るから、天塩は気にしなくてもいいぞ」
陸斗は率直に本心を告げる。
「う、うん」
天塩はちょっと安心したような表情になった。
「そっか。ボク、練習相手にはなれているんだね」
ミノダトオルの練習相手になれている時点でじつは……という見方もあるのだが、陸斗も栃尾も何も言わない。
彼は自分で言うような性格ではなかったし、栃尾も彼が嫌がるだろうと判断したのだ。
「富田君相手に頑張れたら、きっとプロ試験に合格できるチャンスがあるはず。頑張りましょうね」
彼女は代わりに天塩を励ます。
「うん。せっかくだし、ふたり一緒に合格できたらいいな」
天塩は願望を込めてつぶやくと、不意に顔をあげて陸斗に話しかける。
「……そう言えばプロ試験って何回まで受けられるの? 年齢制限はある? 陸斗の時はどうだったの?」
「俺は一回で合格できたからな。言われてみれば何回までチャレンジできるんだろう?」
聞かれた彼も首をひねった。
当時の彼はプロ試験に関する規定を詳しく調べるだけの知識はなかったし、一回で合格してしまったためそれ以上気にしなかったのである。
「富田君はやっぱりすごすぎね」
栃尾はそう笑うと天塩の疑問に答えた。
「二十六歳以下であれば何回でも挑戦できるはずよ。だから一回や二回落ちたくらいじゃ、あきらめる必要はないのよ」
「へえ、意外と厳しくはないんだね」
天塩の正直な意見に陸斗はどう反応するべきか迷う。
その間に栃尾が発言する。
「合格できない人は何回受けてもダメみたいだから……」
「あ、うん。ごめん」
天塩は彼女にと言うよりは陸斗に謝った。
言いにくいことを代わりに言ってくれた栃尾に、陸斗は目礼をする。
彼の意図はすぐに伝わったのか、微笑が返ってきた。
「さあ、そろそろ対戦しようぜ」
「うん」
露骨で下手な陸斗の話の転換を少女たちは受け入れる。
三人はログインをしてステージを選び、砂塵が舞う場所へとやってきた。
要塞にある砲台と言っても、高いところに大砲一門があるだけである。
屋根も何もないむき出しの状態で、強烈な日差しを浴びながら敵を迎え撃つという設定なのだ。
天塩以外でもなくとも辟易するプレイヤーは多いだろう。
三人が準備完了したところでゲームは開始する。
侵攻してくるのは銃を持った青い肌の人間型エネミーで、彼らの攻撃が砲台に一発でも当たれば即ゲームオーバーだ。
プレイヤーはエネミーに攻撃される前に撃破しなければならない。
このゲームでは体力が多いボスは不在で、すべてのエネミーは一撃で倒せる。
その分物量を捌いていくテクニックが要求されるのだ。
最初のうちはせいぜい七、八体の敵を捌くだけでいいが、時間の経過にしたがって少しずつエネミーの数は増えるし動きも速くなっていく。
それだけであればよいが、ラストガンナーの砂漠ステージはここからが本番だ。
砂嵐が舞い、視界が一気に悪くなる。
最初のうちは敵影が見える程度ですむものの、しだいにほとんど何も見えなくなっていく。
プレイヤーは砂まみれの視界で発生するわずかな揺らぎを感知しなければならない。
さらにリアルに再現されている猛暑が、プレイヤーから体力と集中力を奪うという凶悪さだ。
スコアが三十万を超えたところで栃尾、四十万を超えたところで天塩が脱落する。
陸斗は集中力が持続するかぎり踏ん張り続け、髪の毛一本程度の揺らぎを頼りに敵を撃破していたが、とうとう被弾してしまった。
「スコアは百二万か……まあこんなものかな」
彼はまずは慣らし運転ということもあり、このスコアに満足する。
「このステージで百万超え、初めて見たわ」
「ボクも。五十万超えすらほぼいないはずだったのに……」
ただし一緒にプレイしていた少女たちの反応は違う。
陸斗のプレイヤーネームと実力は知っているが、実際に無理と言われていたことを軽々と達成される衝撃はたやすく慣れないようだ。
「タイトル優勝を狙うクラスなら、たぶん全員が百万は出すんじゃないかな」
というのが彼の回答である。
嘘をついているつもりはない。
ダービーがいい例で陸斗が過去最高のパフォーマンスを見せてようやく、マテウスやモーガン相手にいい勝負になったほどだ。
「ダービーを見たあとだから、説得力は抜群ね」
栃尾が表情をゆるめながらそう言う。
「マテウスとモーガン、メチャクチャ強かったよねえ……それにアンバーも。この人たち、人間じゃないって思ったもん」
しみじみと天塩が感想を口にすると、彼女はすぐに同意する。
「同じ地球人だとは思えなかったわよね」
「俺たちは地球外生命体なのか」
陸斗は苦笑した。
今日になっても地球以外の星に知的生命体がいるのかどうか、いまだよく分かっていない。
そのせいか、「地球外生命体」という表現はしばしば「超人」と同じ意味で使われる。
「でも、二人とも何か強くなった気がするよ」
彼はプレイしながら感じたことを告げた。
二人の少女は少しかもしれないが、実力がアップしていたのである。
「プロ試験を受けるからと思って、ゲームのプレイ時間を増やしたせいかな?」
天塩が首をかしげると、栃尾も続く。
「私も何とか親を説得して増やしたわ。せっかく受けるのだから、いい結果を出したいもの」
「いい結果が出ればいいね」
陸斗は心を込めて言ったのだが、少女たちの反応はあまりよくない。
「陸斗、応援に来てくれないの……?」
天塩はがっかりしたように、上目遣いで問いかけてくる。
「富田君は忙しいでしょうから無理を言えないけど……」
彼女ほどではないにせよ、栃尾も残念そうな声を出す。
この二人にこのようなことを言われてしまうと、陸斗は嫌とは言いにくくなる。
彼も一応は男子なのだ。
「日程次第かな。行けるようだったら行かせてもらうよ」
だからと言って考えなしに約束をしてしまうほど、冷静さを失ったわけではない。
「うん。それでいいよ」
「本当に大丈夫ならでいいからね、富田君」
彼女たちもワガママは言わなかった。
タイトル戦を優勝するほどの男が、簡単にスケジュール調整できるはずがないと思っていたし、自分たちのために無理してくれると勘違いしてもいない。
微妙な距離感を探り合っていると言うべきだろうか。
「ああ。と言っても、たぶんプロ試験の最中に国内で試合はないと思うけどね。少なくとも俺は知らない」
WeSAツアーの日本戦を主催するのは日本支部だし、プロ試験を実施するのも日本支部の人たちである。
両方同時におこなうのは容易ではないだろう。
「そうだとしてもスポンサーとの兼ね合いもあるんじゃない? 富田君はたしか、何社かと契約しているわよね」
栃尾が口にした懸念に、陸斗は苦笑をもって返す。
「そうなんだけど、プレイヤーネーム制度を利用している関係があるからね」
プレイヤーネーム制度はメリットばかりあるわけではない。
場合によっては足かせにもなるのだ。
陸斗は遠まわしにそう言ったのだが、栃尾は小首をかしげる。
「日本人がダービーを優勝したのはかなり久しぶりなのだし、それでも起用したいって企業が出て来る可能性は否定できないのではないかしら?」
「うーん、そう言われると……」
彼女の言い分に彼は返事に詰まった。
陸斗もまだ十六歳の少年に過ぎない。
ダービーの優勝がどれほどの影響を与えるのか、読み切れなかった。
「帰国してから何かあるかな」
彼はぽつりと言う。




