97話「祝勝会」
陸斗たちに提供された食事は250グラムもあるステーキである。
日本人ふたりにはキャベツとトマトのサラダ、豆腐とわかめのみそ汁にライスがついていた。
一方でアメリカ人たちにはコーンにフライドポテト、オニオンスープという違いがある。
「日本人ってステーキにライスとミソスープをつけるの?」
アンバーが言うと、
「アメリカ人ってステーキにコーンとフライドポテトをつけるのか……」
と陸斗も言い返す。
思わぬところでお互いの食文化の違いを知る。
未成年たちとは違って大人たちは何も言わなかった。
「日本人って海草食べるのって本当なのね」
「いい加減にしておけ」
アンバーが再び口を開いたところで、モーガンが姪を制止する。
ただ違いを言い合うだけだったとしても、不毛なもめごとに発展してしまう可能性は否定できない。
モーガンは早い段階でトラブルの芽を摘もうとしたのだ。
注意されたアンバーは肩を竦め、黙って食事に集中する。
食後に紅茶が出て来たところで、彼女が再び口を開いた。
「トオルはこの後、帰国するの?」
「ああ。学校がまだあるしね。親にも相談したいことができたから」
陸斗は答えてから、彼女はどうする予定なのかと儀礼的に問う。
「ミュンヘンカップに備えてヨーロッパに滞在するわ。大会にもエントリーするつもり」
「パリ選手権かユーゲントカップあたりかい?」
彼女の回答を聞いて、彼はパッと思い浮かんだ大会の名前を告げる。
どちらもこの時期にヨーロッパで開催されているWeSA主催の試合だ。
「ええ。ヨーロッパの強豪と戦えたらうれしいわ」
とアンバーは微笑むが、倒す気満々なのは今さら言うまでもない。
紅茶を飲み終えると店主に礼を言って彼らは店を出る。
せっかくだから勝負をするかとはならなかった。
「次はミュンヘンカップで会いましょう」
そう言って笑ったアンバーと陸斗は握手をかわす。
モーガンは少し離れた場所で彼らを見ていただけで何も言わなかった。
アメリカ人たちと別れたあと、陸斗は薫に相談する。
「このあとどうする? 紅茶も飲んじゃったけど」
「仕方ないわよ。今回はやめておきましょう。次の機会があるでしょうから」
「そうだね」
カフェを探したのは薫であり、彼女が止めるというのであれば陸斗は反対するつもりはない。
それに彼はダービーを優勝したことによって、すでに来年の出場権も手にしている。
「今日はもうホテルでのんびりとしましょうか」
薫の声に反射的にうなずきかけたものの、彼は思いとどまった。
「いや、ミュンヘンカップに向けて練習をするよ。きっとみんなはじめているだろうし」
「そうかもね。それがいいでしょうね。ダービーを獲った陸斗君のマークはすごく厳しくなりそうだもの」
彼女はすぐに理解してくれる。
ただし、それだけではすまなかった。
「天塩ちゃんや安芸子ちゃんと連絡は取っている? 女の子への連絡はマメにしなきゃいけないわよ」
「え、うん? 昨日もしたよ?」
陸斗にしてみれば突然話が変わったも同然で、きょとんとする。
それでもきちんと返事をすると薫は「合格」と言わんばかりの表情で言う。
「余裕があればでいいから、三人でプレイするのもいいんじゃない? ふたりにとって勉強になるでしょう」
「……うん」
彼女の言葉にうなずいてから、陸斗はようやく納得する。
(ふたりはプロ試験を受けることになるんだし、フォローをしてやれってことなんだろうな)
声には出さず心の中でつぶやいた。
もしも言語化していれば薫に「鈍感」だと呆れられただろう。
ふたりの会話はそこでとだえ、迎えに来てくれたハイヤーに乗ってホテルへ戻った。
その後、陸斗はVR世界にダイブする。
(ミュンヘンカップの主催者が発表したタイトルはラストガンナー……練習しとかなきゃな)
ミュンヘンカップは伝統的にシューティングゲームが採用されることが多く、また同年のダービーと同じタイトルが選ばれたことはない。
今回も例外ではなかった。
ラストガンナーは砲台からの砲撃で、進撃してくる敵を撃退するという設定である。
孤立無援状態の中奮闘しなければならないから「ラストガンナー」というタイトルなのだろう、と予想があちらこちらから聞こえていた。
これに対する開発メーカー「カノープス」の反応は今のところない。
彼が選んだステージは最もタフと言われる砂漠の防衛だ。
ランダムで発生する砂ぼこりが敵の姿を隠すし、リアリティが高い高温がプレイヤーの集中力を奪う。
陸斗でもやっかいだと感じるステージである。
(スコアは七十八万か。まずまずだな)
何回かプレイしてから小休止をはさむ。
いつもよりも速いペースだが仕方ないことだ。
カノープスが開発するゲームはタフさを要求されるステージが必ずと言っていいほど実装されており、コアなファンの獲得の一助となっている。
陸斗も好きか嫌いか聞かれたら、好きだと答えるだろう。
(ただまあ、タイトル戦では勘弁してほしいんだが……)
一瞬の気のゆるみも許されないような強豪がそろう大会でとなると、思わず苦笑が出てしまう陸斗だった。
時計の時間を確認してから彼は天塩や栃尾に連絡してみる。
(こっちが十四時なら、向こうは二十二時くらいか)
家に帰って宿題をしているか、ゲームをしているかで連絡がつきやすいと判断した。
八時間程度の時差であれば、こういう場合便利だなと同時に彼は思う。
「よかったら一緒にゲームをしないか?」
という色気ゼロのメッセージの返事は、一分ほどで二通届く。
どちらも承知してくれたため、彼はタイトルについてグループ通話で相談する。
「次のタイトル戦にそなえたやつでいいんじゃない?」
天塩が提案すれば、すぐに栃尾が言う。
「じゃあラストガンナーかしらね。この間発表されていたし」
しっかり把握しているのは彼女らしいと陸斗は感じる。
「あれかー」
天塩がげんなりしたニュアンスで発言した。
「あれ、もしかして天塩はラスガン苦手なのか?」
彼女がゲームについていやそうな反応をするのは珍しかったため、陸斗は反射的に問いかける。
「うん、砂漠ステージはきらい。面倒くさい」
天塩はじつに率直な返事をしてきて彼は思わず苦笑した。
「ちょうどさっきまでそれをやっていたんだよ」
このふたりにならばかまわないだろうと彼は打ち明ける。
「えっ、そうなの?」
天塩は驚きをあらわにしたが、栃尾は解説的なメッセージを打ち込む。
「タイトル戦って高難易度なところ、面倒なところが選ばれるケースが多いものね」
「あ、言われてみればダービーも……」
天塩は合点がいったらしい。
「どの試合もだいたいはそんなものだよ。WeSAツアーって」
陸斗が現役のプロ選手として回答すると、彼女はすぐに受け入れる。
「そっか。そういうものなんだ」
当事者の発言ともなれば、聞かされる側が感じる説得力が違うのだろう。
「ということは、プロとしてやっていきたいなら、やっぱり苦手はないほうがいいんだよね」
天塩の言葉は以前にも出た内容のくり返しになる。
これに対する陸斗の返事は少しの間が置かれた。
「上を……タイトル戦とかを目指すならね。ただ、プロとして稼ぎを得るだけなら、得意分野だけに絞るのはアリじゃないかな。天塩は動画配信収入もあるから、そっちでのアプローチを考えるのもいいと思う」
「道はひとつじゃないってことだね。ありがとう、参考になるよ」
うれしそうな天塩の礼に、彼は「どういたしまして」と返す。




