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96話「優勝報告とライバル」

 ウォーキングから戻ると薫からの報告がある。


「聖寿寺さんから連絡があって、今日の午前中ならさくらふじにカンバラさんがいらっしゃるそうよ。歓迎するという言伝も預かったわ」


「そっか。よかった。やっぱり会って直接言いたかったからね」


 陸斗はホッとして、先ほどのことを彼女に伝えた。


「ウォーキングに行ったらばったりモーガンとアンバーに会ったよ。一緒にこの辺を歩いてきた」


「あら、そうなの」


 薫にとっても意外だったらしく、彼女は目を丸くする。


「昨日の今日で気まずくなったりはしないのよね?」


「うん。さわやかに宣戦布告されたよ」


 マネージャーの確認に陸斗は笑いながら応じた。

 アンバーの発言を彼なりに解釈した結果である。

 

「勝ったり負けたりのくり返しだからね。気持ちを切り替えるのも技術ってことだよ」


 さすがにモーガンは切り替えが早いし、アンバーも彼の薫陶をたっぷりと受けているのだろう。


「分かってはいるつもりなんだけど、私には未知の世界だわ」


 薫は目を細めて自分には理解できないと認める。


「薫さんは俺の味方でいてくれたらそれでいいから」


 何も自分の感覚すべてを理解できる必要はないと、陸斗は笑う。

 

「でも、できないよりはできた方がいいでしょ」


 薫は彼の思いに感謝しながらも、マネージャーとしての向上心を捨てるつもりはなかった。

 自分も見習おうと陸斗は思いつつ、言葉には出さない。

 代わりに次のことを口にする。


「少し早いかもしれないけど、さくらふじに行ってみようか? あんまり遅くなるとご迷惑になるかもしれないし」


「ええ、そうね。それがいいでしょうね」


 時計は午前の十時半を過ぎていた。

 カンバラが午前中しか店にいないのであれば、そろそろ顔を出すべきだろう。

 例のハイヤーに乗り、さくらふじまで送ってもらった。

 中に入ると先にアンバーとモーガンが来ていて、モーガンとカンバラが何故か黒と青のゴーグル型VR機を装着している。  

 やがてモーガンが青いVR機を外して言う。


「私の負けだ」


 彼の表情はすっきりとしていたが、聞かされた者たちには衝撃が走る。


「ええっ?」


 アンバーはもちろん、陸斗も驚きの叫びをあげた。


「おじさままで負けてしまうだなんて……ジャパニーズレジェンドは正真正銘のモンスターなの?」


 というアンバーの声に陸斗は同意する。

 

「カンバラさん、まだまだ現役で通用するんじゃない?」


 薫が畏怖の念をこめて彼にささやきかけると、彼ではなくVR機を外したカンバラ本人が答えた。


「それは無理だ。プロの試合となれば何ゲームもこなさなければならない。それだけの体力、集中力はもう私にはないんだよ。今はもう君たちの時代だ」

 

 達観しているようであり、どこか若さをうらやんでいるような響きがある。


「……我々がふがいないということだ」


 モーガンは立腹をこらえきれぬというように表情をゆがめた。

 彼は自分自身が情けないと責めていたし、アンバーは賛成だと言わんばかりにうなずく。

 アメリカ人たちは単純に「カンバラすごい」では片づける気はないらしく、陸斗は片づけようとしていた己を反省する。

 ただ、それは声に出さなくてもよいと判断し、カンバラに当初の目的である礼の言葉をかけた。


「カンバラさん、おかげさまで念願だったダービーを獲れました。これもカンバラさんにご指導いただいたおかげです。本当にありがとうございます」


「私の言葉はきっかけにすぎない。だいたい、君がまさかダービーを獲ってしまうとは正直思いもよらなかった。たしかに十代は伸び盛りな頃だが、私はマテウスが優勝すると予想していたのでね」


 深く頭を下げる陸斗に対して、カンバラはおだやかな微笑を浮かべる。

 実際少年選手の突然変異のごとき成長ぶりは、彼の予想を完全に超えていた。

 

「悔しいがダービーの時のトオルは本当に強かった。しかし、私もこのまま引き下がるつもりはない」


「もちろんあたしもよ。やられっぱなしは性にあわないもの」


 アメリカ人たちは負けず嫌いの炎が激しく燃えた瞳を陸斗に向ける。

 表情も声もおちついたものだからこそ、かえってギャップが引き立つ。


「通算成績で言えば、まだまだ俺の圧倒的な負け越しだけどね」


 陸斗はライバル心を隠そうとしない叔父と姪に苦笑する。

 それを聞いていたカンバラは顔をくもらせて彼に苦言を呈した。


「それはいかんな。そんな意気では次の大会でリベンジされてしまいかねないぞ。彼らの言動は、抑えきれぬほどの闘争心の発露だ。それを理解し、必死に迎え撃つ心づもりでいたほうがいい」


「あ……はい」


 決して浮かれていたつもりは陸斗にはなかったのが、すでに次の戦いに気持ちが向かっている彼らと比べれば甘かったのは否定できない。

 素直に言葉を聞き入れてしゅんとなった彼の態度を見たカンバラは目を細める。


「ふむ、素直だな。人の忠告を素直に聞き、真摯に受け止められるのは君の美点かもしれないな」

 

「いえ、ただの未熟者です」


 カンバラにフォローしてもらったものの、陸斗は余計に恥じ入ってしまった。

 二人のやりとりを見ていたモーガンが残念そうに舌打ちをする。

 マテウスに「誇れる勝者であれ」と言われたことを思い出す。


「ミスター・カンバラにはいい仕事をされてしまったな。トオルのやつ、あのままならミュンヘンではグループステージ敗退もありえたものを」


 ややわざとらしかったためか、カンバラは遠慮なく笑う。


「故郷から離れて長くなるが、まだ心は日本人のつもりなのでね。日本の後輩の活躍を見たいのだよ」


「悪いが阻止させていただく。私だけではなく、マテウスも同じ気持ちだろう」


 モーガンは口調はいつものような平静さだ。

 

(もしかしたら、闘争心がはっきり顔に出ないタイプなのかな?)


 ここまで来ると陸斗にも見当はつく。

 アメリカ人としては比較的珍しい種類だろう。

 姪の手前、自重しているだけなのではないかと思い当たるには、まだ彼は経験が足りなかった。

 経験が足りているカンバラのほうはアンバーをちらりと見て、モーガンに視線を戻して双眸に理解の光を宿す。

 

「ライバルはいいものだ。私にもライバルと呼べる人たちがいた。彼らは勝利を競い合う敵手でありながら、同じ道を歩み同じ目標を掲げる戦友でもあった」


「うん、トオルとあたしはこれからライバルね。今はトオルのほうが上だけれど」


 アンバーは負けん気をひめてにこりと笑い、右手を陸斗に差し出した。


「ランキングはまだそちらのほうが上だろう。次も負けないよ、アンバー。また俺が勝たせてもらう」


 二人は笑顔とともに火花を散らす。

 少年と少女のこのふるまいは、大人たちには一種の感銘に近い感情を与えたようであった。


「さて、私はそろそろ失礼するが、君たちには昼食を食べて行ってもらいたい。この店の人間には話を通してある」


 カンバラがちらりと奥をやると、本来の店の主人らしき割烹着を着た壮年の白人男性が白い歯を彼らに見せる。


「ご、ごめんなさい。お店、営業できませんよね……」


 陸斗がようやく気づいてあわてて詫びたが、カンバラが笑って否定した。


「いや。この店は午前の十一時半からの営業なんだ。つまり営業前に少し場を借りていたというだけさ」


「彼がこの店の所有者なのですから、お安い御用です。ワタシ、ただの雇われ店長でして」


 白人男性は陽気に話す。

 

「お店の名前ってやっぱり桜と富士からとったのですか?」


 陸斗が好奇心を隠せずにたずねると、カンバラはそのとおりだと肯定する。


「古典的かもしれないが、私にとって日本と言えば桜と富士山だからね。異国の地でも使いたいと思ったのだ」


 老人はなつかしそうに目を細めて、視線を遠くへやった。

 そしてすぐに彼らに向かいなおると豪気なところを示す。


「今日はミノダトオル君の祝勝会もかねて、すべて私のおごりだ。モーガンとアンバーは不愉快かもしれないが、残念会ということでどうだろうか?」


「それはかまわない。若き戦友の栄光を祝わないのは、私の誇りに反する」


 モーガンはとてもまじめな顔で承知し、アンバーは笑顔で同意する。


「打倒トオルを誓う会にならないよう、気をつけるわね」


 彼女は陸斗に向かってウィンクを飛ばす。


「望むところだよ」


 ライバルたちに気圧されてはいけないと、彼は強気に言い返した。


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