8話「腐毒の庭園」
13日20時過ぎに7話を投稿しております。
ご注意下さい。
「狩りに行く前に簡単に確認と打ち合わせをしておこう。俺は前衛で壁と火力担当……いわゆるダブルだな」
グリージョがまず最初に発言する。
ダブルとは壁・火力・支援のうち二つ以上の役割をこなせることだ。
彼がダブルであることに誰も異論はない。
「私は後衛の支援職ですね」
「お前は十分弓と支援のダブルだよ」
「同意」
次のグラナータの発言に対してはグリージョがすかさずツッコミを入れ、アルジェントが賛同する。
エルフは困った顔をしたが、何も言わなかった。
続いて二人組が自己紹介をする。
「俺はフミアキ。壁役の重装騎士」
「俺はヨシヒコ。シーフで一応火力担当できるよ」
その後、彼らは保有スキルやアイテムについて情報を交換していく。
「俺たちが言えた義理じゃないけど、あんまりバランスはよくないな」
「私は一応回復もこなせますからね」
グリージョとグラナータが言い、アルジェントが無言でうなずくとフミアキとヨシヒコは複雑な顔をした。
「お前らにバランス悪いなんて言われたくない」という言葉がのど元までこみ上げたのをどうにか押さえ込む。
グリージョたちはバランスがよくないどころかそもそも上限まで一人足りていないといういびつなパーティーなのだが、それが全く問題にならない強さを誇っている。
助けを求めた彼らが何か言える立場ではなかった。
「まさかと思うけど、最初から二人だけで腐乱の皇蛇に挑もうとしていたわけじゃないよね?」
グリージョの問いに二人は肯定する。
「ああ。あと二人、支援職と壁のダブルをやれる獣人と支援職のヒューマンとパーティーを組んでいるんだが、二人とも急きょ来れなくなったって連絡があってな」
フミアキがそう言えばヨシヒコもほっとした様子で話す。
「皇蛇出現クエストは今日までだから、あわてて臨時助っ人を探してたってところなんだ。お前さんたちがこの街に来てくれたのは本当にラッキーだったよ」
グリージョ、アルジェント、グラナータ。
この三人のうち二人が助っ人として加入してもらえるならば、大幅に戦力アップする。
「MVP報酬はどうする?」
グリージョはそう問いかけた。
腐乱の皇蛇のような時限ボスには最も勝利に貢献したプレイヤーにMVP報酬という特別な報酬が与えられる。
「それについては買い取らせてもらう形でお願いしたい」
「了解」
それもまた買い取り可能となっている為さほど問題はなかった。
フミアキがクエストを受注し、グリージョたちも受けることで臨時パーティーは結成される。
腐乱の皇蛇がいるのは腐毒の庭園という名のエリアであった。
名前どおり毒の沼が広がり、その周囲の草花は全て有毒のもので統一されている。
大気中には腐毒の瘴気と呼ばれる黄色いもやのようなものがただよっていた。
このステージにいるかぎりプレイヤーはこの毒の瘴気でダメージを受ける。
「グラナータ」
グリージョの指示に従ってグラナータは「クリアランス」と「オートヒール」を仲間たちにかけた。
クリアランスは一定時間状態異常効果を軽減してくれるもので、オートヒールは少しずつHPを自動回復する効果がある。
この手のステージには必須とされる補助スキルであった。
「すまない、助かる」
フミアキがエルフに礼を言う。
支援職が不在の彼らにとっては非常にありがたいのだ。
「いいのですよ。今は仲間ですから」
グラナータが微笑で応じると、フミアキは心を撃ち抜かれてしまったかのような間が抜けた顔になる。
それから頬を紅潮させて目をそらす。
ヨシヒコが気を取りなおすように咳ばらいをする。
「先に行こう。グリージョやグラナータは何度も来ていてこのエリアのことはよく知っているかもしれないが、俺たちはそうでもないんだ」
「じゃあ俺が先頭を歩くか」
グリージョがそう言ってまず歩きはじめ、その後を三人が続く。
腐毒の庭園は草でできた細く曲がりくねった一本道を歩かなければならない。
ただ、敵が出現するエリアはしばらく進んでからで、当面はHPをじわじわ削る毒の瘴気こそが関門である。
グラナータのおかげで軽減はできているものの、不慣れな二人の心理に与える影響は少なくない。
毒の瘴気は緑色の霧状に広く展開していてプレイヤーの体を包み、その皮膚に触れるとピリッとした刺激を与える。
装備をつけていても息を止めて吸い込まない努力をしても無駄で、プレイヤーは刺激を感じ疲労感を覚えるのだ。
今回は先頭を行くグリージョが平然としてゆっくり歩いている為、自然とフミアキとヨシヒコの動きもゆったりとしたものになる。
最後尾にいるのはグラナータであった。
このエリアでは背後から不意打ちを受ける可能性は高くないが、それでも万が一の時に備えて実力者がいた方がよい。
この二人に依頼した者たちは、自分たちが上級者たちに守られる立場だという自覚はあった。
そのせいか彼らを支配する緊張感は、本来の仲間たちといる時と比べてだいぶひかえめである。
やがて一同は広大な湿地帯にたどりつく。
ここからが敵が出現するエンカウントゾーンで皆の警戒心があがる。
「グリージョ、左前方から敵影、五つです」
グラナータが普段とはかけ離れた鋭い声で警告を放つ。
それを聞いたフミアキとヨシヒコが戦闘態勢に入ったが、グリージョはまだ動かずエルフに問いかけた。
「それだけか? 他には?」
「……右からも七つ、それよりも遅れて中央からも四つ来ました。全て皇蛇の眷属と思われます」
グラナータは今一度索敵をしなおして、改めて報告する。
「そうか」
グリージョは平静だったが、他二人の緊張感はいやでも高まっていく。
組み慣れている仲間ではなくて臨時のパーティーなのだから、当然であろう。
彼もまた似たような感覚である。
ここにいるのが彼らではなくアルジェントならば、三手に分かれて誰が最初に全滅させるか競争するところだが、間違ってもそのようなことはできない。
「今回はフミアキとヨシヒコのフォローを主体にいこう。皇蛇戦の予行演習代わりにな」
「あ、ああ……」
フミアキが呆気にとられたような顔で返事をする。
臨時パーティーでボスに挑む際、前哨戦代わりに何か別のクエストをまずこなしておくのがセオリーだ。
そうすることによって互いの動きを確認しておくのである。
ぶっつけ本番でどうするのかと思っていれば、皇蛇が出てくるまでにそれをやってしまおうというのだ。
(無茶苦茶だ……こいつら無茶苦茶だよ)
フミアキとヨシヒコは内心完全に同じことを考えている。
それでも言葉に出さなかったのは彼らは助っ人を頼んだ立場だし、時間的余裕が少ないという現実もあったからだ。
彼ら臨時パーティーは広く戦いやすい場所で皇蛇の眷属を迎え撃つ。
眷属は全てボスと同様蛇型のモンスターであり、毒を持っている点も共通している。
強さも大きさも比較にならないが、数は馬鹿にならない……はずだった。
グラナータが接近してくる青い鱗の蛇たちに矢で爆撃したのである。
「こら、グラナータ。倒しすぎだ」
あわてたグリージョがたしなめた時、眷属たちの数は早くも半減していた。
「あっ、ごめんなさい。ついいつものノリで」
グラナータも己の過ちに気づいて謝罪したが、フミアキとヨシヒコは言葉が出てこない。
「眷属ってそんなワンパンで沈むような雑魚じゃないはずなんだけど……」
「た、頼もしいかぎりじゃないか」
それでもヨシヒコは何とか笑おうとする。
仲間と自分に言い聞かせる為にだ。
「そ、そうだな」
フミアキもかろうじて気を取りなおした時、グリージョが彼らに声をかける。
「フミアキ、前に出てくれ。敵がきたぞ」
「お、おう」
どことなく腰が引けた様子のフミアキが素早く盾を握りしめて、彼の隣に立つ。
そこへ眷属たちが来るのだが、一様にグラナータを目指している。
フミアキはスキル「騎士の号令」を使用した。
近くの敵のヘイトを煽り、自身の防御力も高める優秀なスキルである。
だが、毒蛇たちはそれを無視して通り抜けようとした。
グラナータがヘイトを稼ぎすぎたせいだろう。
それを阻んだのがグリージョで、毒蛇の青い頭を剣で割りながらスキル「戦士の雄たけび」を発動させる。
ダメージ量とスキルの効果と併せて、毒蛇たちの目標がグリージョへと切り替わった。
「す、すまん」
敵をひきつけて攻撃を受け止めることこそが壁の役割なのに、それに失敗してしまったフミアキが謝罪する。
「気にするな。これはグラナータが悪い」
「ごめんなさい」
グリージョの発言にかぶさるようにグラナータが詫びた。
エルフはそれにとどまらず、前衛たちにバフをかける。
それは防御を強化するものではなく、スキルの効果をアップさせるものだ。
これによって皇蛇の眷属のヘイトはより前衛に集まる。
その間に敵を倒していくのが、ヨシヒコの役目だった。
「ラピットソードッ!」
彼はほんの少し迷った末、いきなり必殺スキルを使うことにする。
(下手に俺たちがあわせようとしない方がいい)
自分たちはとにかく全力を尽くし、グリージョとグラナータにそのフォローを任せた方が上手くいくとの判断したのだ。
連続攻撃で毒蛇を二匹倒したが、ヘイトが彼に移る様子はない。
グリージョがたくみな行動でヘイト管理をしてくれるからだ。
グラナータはいきなりミスを犯したが、その後は見事な立ち回りで彼らを援護してくれる。
ただの先遣部隊にすぎないとは言え、フミアキとヨシヒコはかつてない速度で眷属たちを撃破してしまった。
「信じられない……こんなスピードで」
心地よい疲労感と充足感が彼ら二人にはある。
毒の瘴気がまるで気にならないというのは、彼らにとってはとても新鮮な経験だった。
「おいおい、これで満足されたら困るよ」
グリージョは苦笑する。
「あ、ああ」
そうだったと彼らは気を引きしめなおす。
対腐乱の皇蛇戦はこれからが本番なのだ。
浮かれている場合ではない。
今のうちに回復して次に備えなければならなかった。




