ユビキッタ
うるさい目覚ましで、私は起床した。少々昔の夢を見ていたようだ。いや、もう随分昔のことなのかもしれない。今の私には、あの頃が随分昔に感じてしまう あの頃の記憶を、私はどれだけ覚えているのだろう。もう随分と忘れてしまっていることもある。しかし、放課後の教室で談笑をし、笑っている君だけは、私は明確に思い出すことができる。
あの頃の私は『おわかれ』など、想像もしていなかった。放課後の教室に、私たちは何時も残っていた。部活に入るわけでもなければ、習い事をしているわけでもない。あの頃の私たちは、この世界で誰よりも自由であった、と思っていた。毎日、共に登校をし、共に下校をした。家の前に来ては、また明日。と当たり前のように言っていた。私たちは十年以上も一緒にいた。夕暮れ時に男女が二人でいるにもかかわらず、ロマンチックな雰囲など皆無であった。十年以上も一緒にいる、ともはや兄妹のような感覚である。よくある漫画では、その時点では、恋愛感情に気づかず、後に自覚するのが王道である。しかし、私たちの場合は既に自覚があった。私たちは互いに、あえて伝えようとは、しないだけであった。この当たり前の生活が何時までも続く、と私たち、いや、私だけは思っていた。
しかし、現実とは残酷である。桜も散り始めたある晴天の日に、突然『おわかれ』はきた。君はこの町を出て、東京の大学へ行った。今に思えば、察することは容易であった。放課後の教室にいる時間は短くなり、一月を過ぎた頃からは、君は学校をほとんど欠席していた。二月に学校を欠席する理由など、一つしかないであろう。そうして君は、一瞬にして去ってしまった。そんな君を私は忘れることができず、君との思い出ばかりに縋っている。だからこそ、君との記憶だけは何時だって、簡単に思い出すことができる。あの頃の君との思い出は、今も私の中で輝き続けているダイヤモンドである。
あの日から私はもう、三回も散り行く桜を見た。それなのに君は、未だ迎えに来てはくれない。一度の帰省もなければ、便りもない。ブラックコーヒを飲めるようになった、裁縫が上手くなった、料理もできるようになった、伝えたいことはたくさんある。しかし、君はいない。君を探せども、君はいない。君は何処で何をしているのだろう。東京で彼女の一人もできてしまったのであろうか。私のことなど、忘れてしまったのであろうか。私は君のことだけを考えていた。会いたい。私のそんな想いは、日に日に強くなる一方である。
そんな時、知人が一人亡くなった。知人は私より若い人であった。私は死という『おわかれ』ですらも理解していなかった。私は、まるで変わっていなかった。あの頃のまま、私の時間は止まっていた。ここまで苦しい『おわかれ』を経験していながら、また忘れていた。いや、君との『おわかれ』以外の『おわかれ』は、私にとっては、どうでもよかったのかもしれない。しかし、知人との『おわかれ』は、何故か私の胸に響いた。仲が特別良かったわけでもない。それにもかかわらず、その知人の死だけは、なぜか胸に突き刺さり、何故か私の脳にダイレクトに現実を伝えてきた。知人の死によって、私の中の考えが大きく変化した。私は君のことを考え続けることをやめた。人はいずれ死ぬ。だからこそ、私は考え、悩み続けることをやめた。決して、諦めた わけではない。君との明るい未来を待ちながら、君との約束を信じて、今を生きてゆくだけである。新しい服を買い、未来を探しに出かけよう。自分の生きた目で街を見ると、街並みはすっかり変わってしまっていた。今まで私は、変わりゆく町並みに全く気がつかないでいた。しかし、今の私には見える。この町並みの変化、人の変化。そして、私の心も変化も。
私は思い出に縋ることをやめ、自分の足で立ち、思い出というフィルターを外した。私はこの広い世界で君と会えたことだけでも、奇跡だと思うようになった。新しい出会いがたくさんあり、私には、新しい希望や夢ができた。今はまだまだであるが、学校の先生を目指すことにした。幸い、私は教育学部の初等教育を専攻とする学生であった。私の地元には、大学が少なく、私の大学は、東京では名も知られていないような大学であった。しかし、大抵の先生となるべく人間は、地元を離れた先で先生をやっている。そのため、私の地元では、学校の先生が足らずにいた。私の母校の小学校も、廃校寸前であった。私は、そんな母校を守りたいと、夢ができた。私の地元は、若い人がどんどん離れ、過疎化が進んでいる。私は母校だけでなくこの街全体も守りたいと思うようになった。私は、過ぎ去ってゆく、今という思い出を大切に、胸に刻み、明日へ、未来へ、そして、希望へと走りだした。まるで太陽が息を吹き返したようだ。暖かく、優しい温もりに包まれているような気持ちである。今の私には、世界が少々前とは、随分違って見えるようになった。そして、私は思い出に一言つぶやいた。
「さようなら、ありがとう」と。
『おわかれ』から四度目の桜が散る季節になっていた。私は桜の木を見ていた。今年も、そろそろ桜が散る。そんなことを考えながら、桜の木を見ていた。ふと足音が聞こえてきた。ここの桜を見に来る人はそう多くない。私は疑問に思った。しかし、考えても見れば、何時もとは違う散歩のコースであったり、観光客であったり、新しく越してきたばかりの人であったり、と疑問に思う前に、選択しは数たくさんあることに気がついた。そんなことを考えながら、近づいてくる足音に耳を傾けた。
「ただいま」と懐かしい声が聞こえた。そして、「針千本を飲まなくてすむ」とその人は続けて言った。君があの日、私と約束した時の思い出が鮮明に蘇った。君は私に「あの日交わした約束を憶えていますか」と問うた。私は泣きながら、「はい」と小さく答えた。君は真っ赤になりながら、私に一言伝えた。そして彼は思い出を私の指にはめた。
僕は前から、歌を題材にした話を書きたいとは思っていました。僕は昔から、音楽をよく聴いていました。歌詞に合わせたPVを見たりするのもかなり好きです。僕は、邦楽・洋楽の両方共が好きです。邦楽は基本何でも聴きます。主にサンボマスターです。洋楽は、SeanKingston,Aly&AJやSibelRedzepなどが好きです。後書きにもかかわらず、僕の情報をつらつら書いてあるだけのものになってしまいましたので、このへんで終わらせていただきます。この度は僕の作品を読んでいただき、改めて感謝いたします。