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作者: 北郷 信羅

 小さい頃、問われたことがある。

「自分って、なんだと思う?」

当時の俺は一生懸命考えて、でも、その答えを見つけられなかった。

 否、今もって見つけられずにいる。だから、今になっても時々、あの人のことを思い出すのだろう―――。


          *


 人類は百年前とは全く変わってしまったと言われる。その理由は俺も知っている。というか、今時子供だって知っていることだ。

 月面に都市ができたことも挙げられるだろう。俺にとっては当たり前のことだが、ひと昔前の人々にとっては、それまで見上げていた月で暮らすことなんて想像もしていなかったはずだ。

 四次元の研究が進み、時を行き来できるようになったことも大きいかもしれない。これは本当に最近のことだけれど、近所の人の姿を一日二日見なくなること自体は昔から時々あったことだ。ただ、最近になってそれが一時的なtime leap(時間跳躍)であると解明されるまでは、時代錯誤だが「神隠し」なんて呼ばれていたこともあったらしい。もちろん今はそんなこともなくなり、どころか「時間旅行」なんてものまで登場し始めているくらいだ。余剰次元に人の手が届く日も近いだろう。

 しかしそのことは、人類が変わった理由としては些細(ささい)なことだった。


 『いらっしゃいませ』

居酒屋の店先に立つアンドロイドの前に俺が立つと、アンドロイドの目がちろっと光った。俺の身体に埋め込まれた個人データと七海(しちかい)中学校同窓会の予約者リストとを照合しているのだ。

安藤(あんどう)(まさる)様ですね』

「はい」

俺が返事すると、アンドロイドはぺこりと機械的なお辞儀をした。実際機械なのだが、見た目はほとんど人間と変わらないのでともすれば間違えてしまいそうだった。

『ようこそ。三番のお部屋へどうぞ』

アンドロイドの案内に従って俺が部屋に入ると、中は既に盛況だった。

「―――おっ!」

俺に気付いた一人が歩み寄ってきた。目鼻立ちの整ったいわゆるイケメンだ。

「安藤じゃん!」

「おう……」

と答えながら俺は、身に付けた眼鏡型の端末に意識を向ける。目の前の男の顔の近くに「新堂(しんどう)(あらた)」と名前が表示された。

「十年経ってもお前は変わらねえなぁ!」

「―――お前は、変わったな……」

新に言われて、俺はそう返すしかない。おそらく今の俺は渋い顔をしていることだろう。

「変わらねえのはお前くらいだろ。なぁみんな!」

新が声を張ると、他の参加者たちも俺たちの方を振り返った。どいつもこいつもやたらと美男美女ばかりだ。対して俺は、間違っても造形が整っているとは言い難い。左頬の傷もこういう人間たちの中にあっては、非常に目立つ。

「あーホントだ! 安藤君全然変わんなーい!」

「相変わらずだなぁお前は!」

同級生は口々に俺が変わらない変わらないと繰り返す。―――そんなことは言われないでも分かってるさ。俺が、一番よく分かってる。


 「えーと……逢瀬(おうせ)は、今何してるんだ?」

俺の話から話題を逸らそうと、端末で名前を確認しながら近くにいるやつに話を向けた。

「私? 私は画家。すごいでしょ」

逢瀬は中学時代、陸上部で全国大会に出場するほどの実力者だった。それが今や画家

とは……。

「確かにそれは当時想像できなかったな……」

「でしょ? ―――そうだ、でも有田(ありた)君なんかもっとすごいの!」

逢瀬はそう言って声を張り上げ、有田を呼んだ。有田と言えば学年一位の成績を誇っていたいわゆる優等生だ。何になっていてもおかしくは―――

「有田君、オリンピック出たのよ?」

「お前が自慢すんなお前が」

自慢げな逢瀬に有田がツッコミを入れる。……それにしても、オリンピックだなんて。

「いやだってオリンピックよ? そりゃあ昔に比べたら行きやすくはなったけど、それでも陸上一五〇〇の代表選手なんて、そうそうなれっこないよ!」

いやお前が行けよ、と思った。

 口には出さなかったが、しかし当時の運動神経を考えれば、代表へのチャンスは逢瀬が持っていたはずだ。それを捨てたのはなぜなのか。

 無理だと思ったからか。嫌いになったからか。……それとも、なれてしまうことがつまらなかったからなのか。

「―――それでもそれが、お前じゃなかったのかよ」

「うん?」

逢瀬は聞こえなかったのか問い返してくるが、二度言う気はなかった。


          *


 さっさと同窓会の会場を後にし、自宅へと向かう。まだ日も完全に落ち切っていない。

 自宅まではリニアモーターカーで二駅ほど。リニアが来るまで、設置されたベンチに腰掛けた。

 暇を持て余すことはない。端末で最近のニュースを閲覧する。最新のニュースは……「person customize(人の仕様変更)による人類の進化」。

今や出生時の容姿や能力など、何の意味も為さない。小さなカプセル状のベッド一つあれば、どんな姿にもなれるしどんなセンスでも得られる。「才能」という言葉に意味はなくなり、誰もがなりたいものになれるようになった。

だが、それで本当にいいのか?

「―――くそっ」

気持ちが晴れない。もやもやする。


 「お兄ちゃん、どうしたの?」

不意にかけられた声に俺が顔を上げると、そこには一人の少年。その姿には見覚えがあった。

「……なりたくなくてね」

容姿も能力も整えられた、均質化された人間にだ。

「ふうん? なりたくないなら、ならなきゃいいんじゃないの?」

少年は分かったような、分かっていないような調子でそう返す。

 そして、こう続けた。

「なりたいものになればいいじゃん」

彼の左頬の傷。それは家の机にぶつけてできたものだ。

「……君は、なりたいものがあるの?」

俺の問いに少年は、うーんと少し考える様子を見せたが、

「まだ決まってない」

と答えた。

「だって何にでもなれるんだもん……迷っちゃうよ!」

「―――それでいいのか?」

「え?」

思わず俺は訊いていた。そして、俺が俺になる瞬間を悟った。

「生まれた時にもらったものを投げ打って、作り直して……それでいいのか?」

こんなことを子供に言ってもしようがない。そんなことは分かっている。それでも、言わずにはいられないかった。

「で、でも、みんなそうしてるよ? 友達だって……大人だって」

困惑する少年の目を見て、俺は問いかけた。

「自分って、なんだと思う?」

俺は今この瞬間、自分で自分を見つけたんだ。

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