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手伝いみたいなもんです

前回のあらすじ!







加賀美が暴れてた。

 野球部主将。

 それが今目の前で深刻な顔して俯いている男子生徒の肩書きだ。

 野球部唯一の三年生で名前は安部(あべ)というらしい。小学生の時は少年野球、中学では軟式野球部と白球を追い続け、高校では甲子園を夢見ていたとのこと。

 と、まぁ……要らん情報までくれたそんな彼だが、近いうちに所属する野球部が廃部になる危機に陥っている。

 彼が入学して野球部に入部した当初はそれなりに部員がいたらしいが、二年に進級した頃に顧問が変わった。その顧問がそれはもう超の付くほどスパルタで、そのせいで部員のほとんどが辞めてしまったのだそうだ。

 顧問も情熱が失せそのまま来なくなり、三月の人事異動で他校へと行ってしまった。

 その時点で野球部は定員割れで試合は出来なかったがなんとか今まで維持してきたようだ。しかしながら四月も終わる頃、他の部活からクレームがあったらしい。

 人数も足りてないのにどうしてグラウンドを使っているのかと。

 今年の、つまり俺達の代で野球部に入部したのがたった二人だったのが痛手だった。新入部員が入っても人数が足りない。それだけで部としては一気に立場が弱くなった。

 まだ『部』であるから使用も認められてはいるものの、公式戦を戦える部からしてみれば不服が出るのも頷ける。

 いつまで場所の無駄遣いをしているんだよ!と……。

 それでついに動いたのが生徒会だ。

 グラウンドを効率良く、さらに学校に利益のあるよう生徒に使用させるには………。

 まあ考えれば単純だ。非効率な部分を改善もしくは排除すればいいのだ。

 ここで言う改善は野球部が部として機能すること、そして排除は──廃部。

 確か生徒会長は加賀美に今週中に依頼を解決するよう言っていた。つまり、今週中に何とかしなければ野球部は事実上消滅することになるということなのだ。

 主将の熱弁及び俺がまとめた現状をかいつまんで示したのが以上のものである。

 そう、かいつまんだのだ。かいつまんでこのやたらある情報量。

 熱弁するのはいいが限度を知ってもらいたいところだ。

 感動要素とかいいから!要点だけ言ってくれればいいから!などとは言えるはずもなく俺は聞いていた。俺は、聞いていた。大事なことなので二回言いました。

 

「───ふぁあ……いやぁ、以前も聞きましたが涙がちょちょぎれますねぇ」


 加賀美が目尻を拭いながら言う。

 その目尻にある涙は欠伸によるものだと思うのは俺だけだろうか。

 この加賀美さん。主将が話し始めて三分も経たずに舟をこぎ始めていた。とことん興味がないご様子である。

 しかしこの男、あれだけ語ってまだ何を決めるのか言ってない。


『決めなきゃならないとは思っていた………』


 むしろそこしか聞く気がなかった俺としては無為な時を過ごしてしまったとさえ思えてしまう。

 こちらから切り出すべきか。早く帰りたいし。

 どう話を進ませるか考えながら視線だけ加賀美に向けると彼女も視線だけこちらに向けていた。加賀美はその視線だけでどうにかしろと言っているようだった。

 いや、絶対そうしろと思ってる。でなきゃ俺の腕を小突きながら顎で主将の方なんか差さない。

 着いてくるだけのはずだったんだかなあ……。つい踏み込んでしまった。

 俺は内心溜め息を吐いて諦め混じりに主将を見た。


「あの………安部先輩」


「だから俺は──む?どうした?」


 まだ何かを熱く話そうとしていた安部先輩。真面目に聞いてももらえてない話をし続ける人って、メンタルは何の素材でできてるんだろうか。


「だいたい今の状況はわかったんで、先輩がさっき言ってた決めなきゃならないことってのを聞かせてもらえませんか」


 あと、こう付け加える。


「俺達もそれ次第で動こうと思うので」


 安部先輩が決めること。それはこちらの方針を決めることにつながる。

 どういう目的で動くのか。その根底がしっかりしていれば、あまりぶれることなく事を進められる。


「うむ、そうだな。ところでつい何も知らず話してしまったが、君も生徒会関係なのか?」


 至極全うな疑問だ。

 どう答えるか特に考えることもなく適当に言葉は出た。


「まあ、その手伝いみたいなもんです」


「そうか、君も大変だな」


 安部先輩はチラッと俺の隣を見た。

 加賀美とは今日初対面だ。にも関わらず、大変だなと言われて納得してしまうのは先程の暴君ぶりを見たからに違いない。


「それでさっきのことだが………」


 一つ深く息を吐いて先輩は言葉を口にした。


「廃部を受け入れようかと思う」


「いや、それはないでしょ!」


 異を唱えたのは加賀美だった。

 なんとなく、ことなかれ主義のようなイメージを彼女に持っていた俺は呆気にとられた。


「まだ時間は全然あるじゃないっすか。あたしはこの廃部問題を解決するために今までやってきたんです。無駄になるんですか!」


「加賀美さんがこの二週間いろいろ動いてくれていたのは知っている。サッカー部の連中に話をつけてくれたり、廃部の期日を延長してくれたり。………感謝している」


 なるほど、加賀美なりに仕事をしていたってわけか。やる気も興味も無さそうな顔してよくわからないやつだな。

 なおも先輩は淡々と言葉を紡いでいた。


「だが、グラウンドを見ただろ」


 本来野球部の活動場所もサッカー部が使っていた。


「サッカー部も夏の公式戦が近い。種目は違ってもスポーツに情熱を燃やしてきたのは同じだ。特に三年は最後になるかもしれない。いい練習がしたいあいつらの気持ちは痛いほどわかる」


「それに引き換え………」と呟いて先輩は自嘲気味に笑った。

 人数不足で公式戦に出られない自分たちがグラウンドを使うなんて申し訳ない──とでも思っているのかもしれない。

 部活に入っていないし、熱中するものだって俺には何もない。

 だから安部先輩の気持ちもわかるなんておこがましいことも言わない。いや、言えない。そんな気持ちになったこともない人間に何か言う資格もないだろう。

 しかしその意識は隣のお嬢さんには無いようだ。


「そんなの関係ありませんよ。解決してやります!」


 前のめりで声を上げる。

 そんな加賀美に安部先輩は黙って首を振った。

 俯いた坊主頭がしばしこちらに向けられた。そして杯に溜まった水を零すかのように先輩は言った。


「今週中までだ………」


「は?」


 加賀美の大きな目が見開かれる。


「何………言ってんですか?」


「生徒会長直々に言われたよ。今週中までにどうにかならなかったら野球部は即廃部………だそうだ」


どういうことだ?少しばかり加賀美の反応に違和感を覚えた。


「他の部員には?」


「………まだ、話してはない」


 ガタッ!

 突然、加賀美が立ち上がった。

 その表情は歯を噛み締めて怒りに満ち、拳は固く握り締められている。


「あの陰険野郎……!」


 加賀美がぶちまけるように叫ぶ。椅子が蹴り飛ばされ、壁にぶつかり音やかましく倒れる。

 驚きでアホ面下げている俺を他所にそのまま加賀美は部室を出ていってしまった。

 水を打ったように静まる部室内。加賀美の出て行った扉をひたすら眺めていた俺はふと我に返った。

 これは………俺も行かなきゃならないパターンだろうか。

 もしくは帰らせていただけるパターンだろうか。

 これは後者だな、うん。加賀美の仕事なわけだしな、これ。あとはあいつが何とかするだろ。頑張れ加賀美さん。遠く(家から)応援してるぞ。

 何か引っ掛かるものを取り払うように自分を納得させる。すると安部先輩が穏やかに声を掛けてきた、


「すまないな。君も俺達なんかのために無理するなよ」


 覚悟を決めた………違う。諦観の滲み出た顔がそこにあった。

 俺の中で何かがチクリと刺す。

 なんだよ。がらにもなく後ろ髪を引かれているのか俺は?

 これまでまったく関係のなかった野球部、そしてその事情。俺にできることなんてないだろ。

 目立つな、関わるな、協調するな。それが俺みたいな人間ができる無難な世渡りだろ。

 もやもやしたものを肺の空気と一緒に追い出す。

 そうだ、俺には何もできない。

 再度自身で確認して椅子から立ち上がった。


「じゃあ………俺もこれで」


 軽く頭を下げて部屋から退出する。

 外に出ると夕日が山の向こうへ失せようとしていた。目に入る眩しいトワイライト。

 その光に微かなうっとおしさ覚えつつ俺は家路についた。

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