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語り草『座敷童』

作者: 金屋敬幸

 おや、そこのあなた。そうそう、あなたですよ、あなた。

 いやぁ、初めて見る顔ですな。それにここに客人というのも珍しい。


 ふふ、いやいやなかなかに可愛らしい顔立ちでいらっしゃる。

 へ? そんな戯言はいい? ははぁ、それは失礼いたしました。何しろこの口は大変滑りやすく出来ていましてな。戯言だろうがなんだろうが構わずに吐き出してしまう、おしゃべり好きな困ったやつでして……はい? そんな事より、名前ですか? 私の。いやぁ、そんなもの名乗ったところで意味が無いと思いますが。まあ、確かに、それが無いと何かと不便が生じるでしょうな。

 よし! ここは一つ、語り部とでも呼んでいただければ幸い。

 なに? なぜ語り部かだって? それは、ふふふ、ほら、私の口はおしゃべりで困ったやつだと言ったではありませんか。それは、別に戯言だけに限った話じゃありません。作り話だって話すのですよ。故に語り部、と。

 ささ、私も名乗ったのです。あなたの名前をお聞かせくださると嬉しい。……ほうほう、これはまた、よくお似合いでいらっしゃる。……なに、いい加減にしろ、ですと? はは、そうですな。やたらめったら誉め散らかすと、たしかに言葉が軽くなってしまってよくないですからな。


 それはそうと、あなた見たところ手持ち無沙汰、暇を持て余している、そうお見受けしたのですが。

 …………はあ。はい、はい。……暇ではないが急いではない、そう解釈してよろしいですな。

 だったら、どうです? 少し話を聞いていきません? どうせ、そんなに時間もいただきませんよ。

 見たところ今まで大分苦労なさったのでしょう。どうです、ちっとばっか息を抜くというのは。


 なに? そのとんちきな口から語られる話に興味があるって? ふふ、そうですか。聞いていってくれますか。それでは、話をしましょう。


 これから話すのは、とある座敷童とそれに魅入られた男の話で御座います。




   ×




 草木も眠る深い夜のころ。男はその時間に決まって目を覚ます。


 別に、健康に気を使って早寝をしたとか、年寄りだったりするわけではない。だいたい、早起きにしたって限度があるだろう。


 物音に起こされるのだ。

 それは決して、風が窓を叩いたり、古い家特有の家鳴りとかの必然的な音ではなく、普通起こり得る筈の無い怪音だった。


 子供がいる。そう思わせるような怪音。


 とたとたとた、と走り回っている軽い足音。くすくす、と遊びに夢中になって楽しそうな笑い声。


 それらが、ここ最近深夜になると聞こえるようになるのだ。


 男に家族などおらず、家も集合住宅ではなく一軒家だ。

 その一軒家は祖父母から両親へ、両親から男へと引き継がれた古い家だった。


(ついに、幽霊が出やがったか。井戸端会議のババア議員の言うとおりだな、まったく)


 幽霊屋敷とご近所で評判になっている事を知っていた男は、そう結論づけていた。


 怪音がし始めたころ、男は怖がっていたが、怪音は男のいる部屋には、近づいてこないことに気づいて、今では、愚痴がつけるほど、大分落ち着けるようになっていた。


 こうしている間にも、子供のはしゃぎまわる怪音が続いている。


 何かボールのようなものついているのか、跳躍音も聞こえ始めた。


 子供はいつも一人で遊んでいるようだった。


 ひとりで走り回っては、ころころ笑い、玉をついて遊んでは、これまたころころ笑う。それを毎晩繰り返し、今まで遂には他のことをしていなかった。いや、物を隠される等のイタズラはあったが……。それでも、何かが壊されるようなことはなかった。


 一人で遊ぶ子供。それのせいで寝不足になりイライラとする男。いつものように、それは明け方になるまで続く筈だった。


 はたと男は気付いた。

 音がだんだんと大きくなっている。つまり、子供が近付いてきていることに。


 男は身構え、身を起こす。


 とーんとーんとーん、とボールの跳ねる音は次第に大きくなり、それにともなって無邪気な笑い声も大きくなる。


 とーんとーんとーん。

 くすくすくす。


 怪音が耳に入る音の大半を占める。

 もう、すぐそこにいるのではないのかと思うほど、音は大きくなった。

 笑い声は高く、あどけなく、女の子のもののようだと推測させた。


 とーんとーんとーん、――。

 くすくすくす、――――。


 笑い声が止まった。ボールをつく音も止まった。壁一枚隔てた向こう側にいると思わせる、そんな場所で。


 どうしてかは分からない。時計が男の視界に入った。そして、そのままつかみ寄せ、時刻を確かめる。

 五時を十分近くまわっている。外は暗いが、けれど、もうすぐに日が昇ることだろう。深夜でも、朝とも言い難い、そんな時間。そうか、時間が過ぎて深夜ではなくなったから、時間切れで幽霊は消えたのか、と男は安堵し時計を枕元に戻そうとした。


「――――え?」


 時計を置こうとした場所に何かある。


 球体のそれは、時計の底面にあたると、ころろと少し向こうへと転がった。


 時計を置き、それを掴む。

 鞠だった。紅い色の。


 かたっと音がする。部屋の襖の方だった。


 そちらに目を向けた瞬間、心臓が止まった。そう感じるほど、それは恐怖だった。

 いつの間にか中途半端に開いていた襖との間を、鞠と同じ紅が埋めていた。


 いや、紅だけではない。その上に黒で所々線と隠された白がある。


 その黒の隙間に収まっている、より黒々しく、洞々として呑み込まれてしまいそうな穴。いや、瞬間に穴が白に埋め尽くされているところを見ると、まばたきをしているのだろう。つまり、穴は目だったのだ。


 そんな目と、目があった。


 心臓が凍る。そう思わせるほどの恐怖が全身をおびやかす。


 独りでに襖が開ききった。


 とた。子供――見た目、少女――が男の方へと向かった。。


 とた、とた、とた。

 一歩一歩近づいてくる度に、少女の姿は鮮明になる。

 黒は、足まで届かんとする黒い髪。

 白は、人形のような無機質な顔。

 紅は、見た目艶やかな着物。


 少女が近づいてきているのに、男は身じろぎ一つ出来ない。少女の瞳に縛られ、捕らわれているような、そんな感覚。


 とた、とた、とと。

 遂には、少女が目の前に立つ。

 少女の顔は、ただこちらを見下ろしていた。


 そして、彼女の薄紅色の唇が開かれた。


「…………して」


「」


 男は反応できずにいる。返事をせずに黙りこくっている。


「……して……」


 尚も少女はつぶやく。


「かえ……して……」


 少女は男の持っている鞠をゆらりと指差した。


「かえして」


 針のように鋭く、はっきりと言い放ち、虚ろな瞳は鞠を見つめる。


 そのある種の力強い言葉は、体の硬直を解くのに十分だった。


「え、……あ、はい」


 男は持っている鞠を少女に手渡す。


 そうして、鞠を返してもらって満足したのか。


「…………」


 少女は消えた。


「…………」


 布団の上で呆然としている男の頬を、カーテンの隙間から射し込んだ朝日が照らした。



     ◇



「先輩って、最近運いいっすよね」


 男が昼食から戻り、会社内に設置されている自販機の前。男は後輩と世間話をしていた。


「なにが」


 幽霊に化けてでられて何が運がいいのかと、心の中で答えながら、自販機に羅列されてる商品の中からミネラルウォーターを選び、ボタンをプッシュした。


 自販機はガタっと落下音を出しながら、目当てのものを吐き出す。つづいて、ピロピロと軽快な電子音を鳴らすと、機械的であるが故に、無機質な声でオメデトウゴザイマスと言った。

 普段は投入金額を示す電光モニターは、777とゾロ目を指し、狂ったように点滅している。


「ほら、そういう所ですよ。始めてみましたよ、それが当たるところ」


「たまたまだ、たまたま。おい、微糖のやつだったよな」


「あ、はい。ごちになります」


 ルーレットの景品。微糖の缶コーヒーを選ぶ。

 また、ガタっと音と一緒に吐き出した。。


「ほらよ」


「どうもです、先輩」


 後輩がプルタブを器用に中指で開ける様を尻目に、ペットボトルのキャップを捻った。


「……でですね、運がいいって話なんですけど」


「まだ続けるのかよ」


「はい、続きますよ。だって、先輩今朝だって、駐車場で落ちてた五百円玉拾ってたじゃないですか」


「結局、交番に届けるから、手間が掛かるだけじゃて」


「あ、あと、ほら、今年入ったかわいい子……えっと、名前なんだったっけな……ともかく、その子と仲良く話してたじゃないですか。あの子、結構評判いいらしいですよ」


「ただ仕事のことで相談されただけだ。お前が思ってるようなことは何一つ無いよ」


「ええぇ、だったら先輩は何か自分で運がいいと思うことって無かったんですか」


「そうだな、特にこれと言って……ああ、そう言えば昨日帰りに寄ったスーパーで商品券が当たったな」


「ほら、そうでしょそうでしょ」


 そら見たことかとばかりに後輩がしたり顔をみせる。


「やっぱり、運いいじゃないですか」


「たまたまだろ。それに――」


「それに、なんです?」


 後輩は空になった缶を、設置されているゴミ箱に捨てながら、続きを促すように訊く。


「……いんや、別になんてことないからいいや」


 ――家に幽霊が化けて出るのに、運もなにも無いだろ。

 男はそう言おうとして、結局はぐらかして答えた。


 家に幽霊が出るなんて言ったら頭の心配をされるだろうと思ったからだ。


 だから、


「なんていうか、まるで先輩になにかが取り憑いてるみたいですね」


 なんて後輩が言ったとき、酷く驚いた。こいつは頭の中を覗き見たのかと。



 それを隠すために、男は率直な疑問を口にした。


「取り憑くって、なんか悪霊のイメージがあるんだけどな」


「いやいや、先輩に起こってる事は良いことなんで、きっと、座敷童とかそこらへんですよ。もしくは、シルキーとかブラウニーとか」


「なんだよ、後半二つの、そのふわっとした菓子みたいな名前のは」


「シルキーは西洋版座敷童で、ブラウニーはシルキーの妖精版ですよ。いや、正直言うとゲームで聞きかじった程度なんであれですけど」


 後輩は鼻高々に話し終えた後、ファンタジー知識をひけらかしたのが照れくさかったのか、ごまかし笑う。


「ふぅん、そうなのか。……なぁ、ファンタジーな物語が好きなのか?」


「えぇ、まあ」


 そのまま、世間話をしながらオフィスに戻る。交代で何人かが昼飯を取りに行った。


 座敷童が家にいる。


 男は、さもありなんと思いながら椅子に座った。



      ◇



 帰宅途中にあるスーパーマーケットで惣菜や酒、つまみを買い込み、家路につく。そのとき、何を思ったのか、普段は食べやしないお萩も一緒に買っていった。


 帰宅。相変わらず、電気がついていない真っ暗な家。当たり前だ、男の帰りを待っている人はいないのだから。昔はそのことを寂しく思っていたが、今はそうでもない。何事にも慣れなのだ。一人暮らしも、幽霊が出ることも、慣れてしまえばどうということはないのだ。


 ドアを開け、中に入る。いつも、長く続く暗い廊下だけが男を出迎える。


 だから、玄関先で深夜に見た少女と鉢合わせた時はとても驚いた。それこそ、心臓が止まってしまうのではないかというほどに。


 シンっと静まり返る。


 だけど確かに、ずっと玄関口で、ボケッと突っ立っているわけにはいかないのも確かだ。


「入って、いいよな……?」


 自分の家なのに、そんなことを訊くのはおかしいが、少女がぼうっと男を見つめていたので戸惑ったのだ。


「あなたの家よね? ここ」


 昨夜とは打って変わって、流暢にはっきりと言葉を話す少女。その様は少し、大人びていた。


「そうだけども……」


「だったら好きにすればいいじゃない。勝手知ったるなんとやらよ」


 正確に言えば自分の家なので、そのたとえは間違っている。


 それだけ言うと、少女はとーんとーんと、器用に鞠をつきながら、廊下を引き返していく。


「ちょっと」


「なに?」


 男が呼び止めると少女は止まり、男の方に振り返る。鞠をつく手も止まった。その拍子に、少女は手を滑らせたのか、鞠が男の方へと転がった。


「あ――」


 少女が声を上げ、慌てたように玉を拾おうとする。


 その時、少女はつまずいた。バランスを崩し、倒れようとする。


「あぶな――」


 急いで男は、倒れそうな少女を抱きかかえ、支えた。


 男の両の手のひらが、着物特有の猫の下のようなざらざらとした生地ごしに少女の肩を掴む。


 小さい、男は思った。当たり前だ。見た目だって年端もいかぬ少女なのだから。


「……どうも。もう大丈夫なんで手、離してもらえます?」


「ん、そうか」


 少女から離れ、落ちていた鞠を拾い、渡す。


「ほい、どうぞ」


「どうも」


「大切な物なの? それ」


 少女は鞠を袖の下に仕舞いながらこたえた。


「昔、大切な友達がくれた」


「そうか」


 その割にはよく落とす。


「で、なんで呼び止めたの?」


 少女は男と並ぶように移動すると、小首をかしげた。


「――――」


 お前は幽霊なのかと訊こうとして、止めた。


 変わりに――


「なぁ、お萩好きか?」


 そう訊いた。



      ◇



「なにか食べるの久しぶり」


「そうか、全部食べていいぞ」


「ありがとう」


 少女はお萩の入ったプラスチック容器を手にとる。


 が、開け方が判らなかったのか、四苦八苦し始めた。


「かしてみ」


 見かねた男は、手を差し出す。


「うん」


 男は、少女から容器を受け取ると、ふたにある出っ張りを引っ張り、開ける。


「なるほど、そう開けるのか」


 ひとりごち、納得した少女はお萩を一つ取り出すと、口に運んだ。


 少女は甘さに舌をうち、笑顔になる。


「おいし」


「そりゃ、よかった」


 ぱくりぱくりと一口づつゆっくりと食べていき、最後の一口を食べ終えると、名残惜しそうに手についたあんこをぺろりと舐めた。


 もう一つ、きな粉の方に手を伸ばした。


 食べようとした手が止まる。


「食べなくていいの?」


「ああ、全部食べなさい」


「おいしいよ。ほんとにいいの?」


 少女は手に持っていたお萩を半分に割ると、男に差し出した。


「はい、一緒に食べると、もっとおいしくなるって聞いた。だから、どうぞ」


 男は少女からお萩を受け取る。


「そうか。じゃ、遠慮なく」


「うん」


 二人、ソファの上に座って食べる。


「確かに美味しいな」


「ふふ、でしょ」


 きな粉の優しい甘さが、男と少女を癒やす。


 パクりと男は最後の一口を口の中に放った。


「食べるの早い」


「大人ですから」


 少女は急いで食べようとする。


「おいおい、急ぐ必要なんてないぞ。好きなペースで食べなさい」


「……ペー、ス?」


「好きな速さで食べなさいってこと」


「む、むう」


 そうして、少女は食べる速度を遅めた。だんだんとなくなるお萩。もともと、半分だったためか、食べきるのに、そんな時間が掛からなかった。


 少女はペロペロと手についたきな粉を舐める。


「ねぇ、やかたさま


「え、俺のこと?」


「うん。この家の主だから館様。館様は舐めないの? 指」


「いや、俺はいいかな。晩飯の準備をする前に手は洗うし」


 晩飯と言っても、惣菜を買ってきているので、朝炊いた米と一緒にレンジで温めるだけだが。


「じゃあ――」


 少女は左手で、男の右手首を掴むと、きな粉のついた指を口の中にふくんだ。


「え――」


 柔らかいヌメヌメとしたものが、男の人差し指の腹を撫でる。

 チロチロと動くそれは、人差し指だけには飽きたらず、中指、薬指と舐めまわす。


 少女は、ひとしきり舐め回すと、満足したのか口を離した。最後に親指に舌を這わせた。付け根からてっぺんまで、執拗に舐めあげる。そのとき、着物と同じ紅い色したベロが男の目を奪った。


「ん、うん。ごちそうさま」


 少女は男の指から手を離すと、そう言った。


「……え、……え!?」


 男は驚きで、目をぱちくりさせていた。



      ◇



「で、お前、幽霊なのか?」


 晩飯が終わり、男はピーナッツとゲソをつまみに缶ビールで晩酌をしていた。


 酔いに任せての質問である。


 その問いに、少女は不機嫌になった。


「私は、そんな低俗なものじゃない」


「じゃあ、なんなんよ?」


 ピーナッツの塩気が男の口の中をひりつかせる。男は、それをごまかすためにビールを飲み込んだ。


「座敷童」


「座敷童かぁ。そうかぁ」


 男はあくびを一つする。こくりこくりと頭を揺らし、舟をこぐ。


「夜中に鞠をついて遊ぶのは止めてほしいなぁ」


 それだけいうと、男はソファに身を預け、眠ってしまった。


「…………」


 座敷童はそんな男のためにタオルケットをかけてやった。


 彼女は男に身を預けるようにして座り、目を閉じる。それでも、彼女は寝ることはなかった。



      ◇



 翌朝、一人きりで目を覚ました男は、いつもどおり出社した。


 自分の席につくと部長に呼ばれた。


「なぁ、君にやってもらいたいことがあるんだ」


「なんでしょうか」


「実はな、君にあるプロジェクトをまかせたい。成功したら、君の昇格も視野に入るだろう。大変かもしれないが、やってくれるね」


「はい」


 男は一も二もなく、即決した。



「――なんて事があってな」


「凄いじゃないですか、先輩!」


「まぁ、そうだな。なぁ、手伝ってくれるか?」


「勿論ですよ。いやー、凄いなぁ。それってS社と合同の企画でしょ? こんな大きなチャンスめったにありませんよ」


「そりゃ、運がいいからな」


「ほんとに」


 後輩とのやりとりもそこそこに切り上げ、仕事をする。


 今日はチョコレートでも買っていこう。そう男は思った。



      ◇



「ちよこれえと? これはそういうの?」


 

「あぁ、甘いぞ」


「ほほう」


 帰宅した男を待っていたのは、やはり紅い着物を身に纏い、前後左右絹みたいな黒く長い髪をまとめることなく無造作に投げ散らかしている座敷童だった。


 彼女に、買ってきたチョコレートを渡すと、興味津々と見つめた。

 ひとしきり見つめた後、口の中に運んだ。


「うん、あまいなぁ」


「喜んでもらえて何よりだ」


 さて、と夕食の準備をしようと、鼻歌混じりに立ち上がる。


「? 嬉しそうだね」


「ん? ああ、実はな仕事で最大級のチャンスをもらってな。いやぁ、お前のおかげだよ。最近の幸運もお前のおかげだし、ほんと、座敷童さまさまだわ。この分なら何もしなくても、いつの間にか仕事は成功したりして」


 冗談混じりに話した男。しかし、それを聞いた少女の顔は冷ややかなものになっていた。


「ちがうよ」


「え」


 突然の少女からの否定に男は、呆気にとられた。


「それはちがう」


「な、なにが」


 たじろいだ男は少女に続きを促す。


「私はあくまで、運を呼び込むだけ。チャンスは与えても、結果は与えない」


 自販機のスロットだってそれにお金をいれて商品を買わなきゃ始まらない。スーパーの商品券もそうだ。数々の幸運に慢心せずに行動なければ、結果を得ることはない。


「そう……だな」


「そうなの」


 分かってくれたかと少女は悠然に頷く。


「人生はちよこれえとみたくあまくないんだから」


 そう言って、少女は手に持った板チョコレートを一口大に割ると、男の口に放り込んだ。


「……甘いな」


「でしょ」


 少女は板チョコを噛むと、ぱきっと音を立てながら割った。




      ×




 いやはや、宝くじは買わなくちゃ当たらないなんて、よく言ったものですな。


 案外、気づいてないだけでチャンスは何処にでも転がっているのかもしれません。ただ、それを発見して行動にうつした人が成功するのか。

 え? そんなんだったら世の中成功者だらけだって? そうですな。やっぱり、人生ってのはチョコレートみたく甘くはない。


 この後、男と座敷童はどうなるのか。機会がありましたら改めて語りましょう。


 さて、少しでも楽しんで貰えたのなら、語り部冥利につきるというもの。


 それでは今回はここまでということで。また、機会が御座いましたらお会いしましょう。




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