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Act.5:二日目(3)【インターバル】おひるやすみ戦役・中編〜罠発動・月に叢雲〜


     ■


「俺は別にお金なんて興味ないんだよ。それよりも大切なモノを知ってるからね」

「じゃあ、なんで宝くじを買ったんだい」

「それはあれだよ、あれ。三億円分のお金を見てみたかったんだ」

「………」


     ■



「それはあたしに対する挑戦と受け取った」


 トレイを持って月夜くもなし達が座っている席の対面に腰を下ろすや否や穏やかならざる気配を出す月夜。その視線はトレイに乗っている物に向けられていた。


 僕はそれに気付きながらも「何のことだい?」と惚けて、テーブルに設置されている割り箸入れから割り箸を取り、それを割った。


 月夜は僕のその態度が気に食わないのか眉をしかめ始めた。


「何って、ソレだよ、ソレ」


 剣呑な面持ちでトレイを指差す。


「何って───」


 指差した先───深緑の色を彩る底の深い器、俗に丼と呼ばれる容器に並々と満ちている透き通った琥珀色の液体。その中にそこの主と言わんばかりに太く、幾重にも折り重なった白い竜のような麺。そこに天蓋の如く覆い被さる黄金こんじきの光沢を放つ油揚げ。


 ───それは古今東西、南北一貫、老若男女に愛される国民的ヒーローの堂々たる勇姿。

 その名は──


「───きつねうどんだよ」

「きつねうどんだよ、じゃっなーーいっ!」


 がぁー、と襲いかからんがばかりに吼えたてる。月夜大激怒。


「オススメは?って聞いといてそれを無視するなんてすずっちの血は何色だーっ!」

「この前指切ったときは赤色だったね」

「んな話はどうでもいいのーっ!!」


 周りの目など、どこ吹く風。月夜はどんどんとボルテージを上げていく。


「頼む気ないなら初めから聞くんじゃなっーいっ!」

「いや、初めは頼む気はあったんだけど……ほら、あそこまで絶賛されると敬遠したくなると言うか、食べる気失せると言うか」

「すずっちのあまのじゃくっ! とーへんぼくっ! ぼくねんじんっ! むらさきかがみっ! おんもらきっ! うじきんときっ!」

「ごめん。意味がわからないよ」

「せっかく豚カツ貰おうと思ったのにっ!」


 それが本音か。


「すずっちのいじわるーっ!!」


 ぎゃーぎゃー子供のように騒ぐ月夜に対処しきれなくなり、無表情に静観していた弐条さんにどうにかしてくれという意味合いを込めて視線を送る。首を傾げられた。ダメだ。孤立無援。


 と、自分の人徳のなさに暗いものが立ち込めかけた時、不意に月夜が静かになったのに気付き、ふと見てみると───


「うぐ、えぐ、うぅ……」

「────」


 下唇を噛み、黒目がちな大きな瞳いっぱいに水分を溜め込み潤ませ、今にも目尻から涙が零れ落ちそうだった。


 マジで泣きそう5秒前。


 どうやら感情が高ぶるとすぐ泣く癖は治っていないようだ───じゃなくて。それはマズイだろ。泣かれるのは非常にマズイ。ヤバイ。ホント、どうにかしなくちゃ。


 僕は軽くパニクり、救いを求めるように弐条さんを見た。睨まれた。目が語ってくる。


 泣かせたら きる ゆー。


 ……状況が孤立無援から四面楚歌へとランクアップ。針のむしろ状態。一発触発核爆発、想定被害者主に僕。


 どうする、僕。

 どうにかしろ、僕。

 僕の脳内ではものすごい勢いで打開策を考案中。そして導き出された解決法は───


「………」


 すすっときつねうどんが乗っているトレイを月夜の前に出す。


「ごめんなさい。僕が悪かったです。どうかこれでお許しください」


 きつねうどんを譲渡する僕に、ぱちくりとそれを見る月夜。


「…………いいの?」

「うん」

「……なんで?」

「そうゆうふうに聞かれるとちょっと困るんだけど、まあ、けじめと言うか、僕が悪いみたいだし」

「………」

「………」

「………」


 僕たちは沈黙する。その場の空気は鉛のように重くなり、肺に溜まっていき息苦しさを覚えさせ、周りの喧騒からは切り離され閉鎖空間を生み出し、僕たち三人はその中に閉じ込められた。


 きつねうどんを凝視する月夜。

 きつねうどんを凝視する月夜を凝視する僕。

 きつねうどんを凝視する月夜を凝視する僕を更に凝視する弐条さん。

 何だか変な集団になりつつある。

 いや、周りから見たらすでに変な集団だ。


 果たしてどのくらい時間が流れたか、そんな奇妙な膠着状態が永遠に廻り続けるかと錯覚した矢先、その膠着状態を崩すように月夜が口を開いた。


「………すずっちはあたしが食べ物で許すと思ってるんだ?」

「うっ」


 いつもの月夜からは想像できないほど抑揚のない声で図星を当てられてしまったためつい出さなくてもいい声を出してしまった。さらに俯いていてなまじ顔が見えないため余計、動揺を煽る。


 ダメだ。何か言わなくては。このままだと何も始まらない。というか終わる。何かは判らないけど何が終わってしまう。


「あ、あーあのね、その、えっと、別に、そゆうわけじゃ……」


 口を開く度に泥沼に嵌まっていくのを自覚する。


 ああ、なぜ僕は嘘をついたりするのがここまで下手なのだろうか。何でもう少し器用に立ち回ることができないのだろうか。


 混沌とする僕を見て月夜は───


「ぷ、あははははっ!」


 我慢していたのを堪えきれなくなったように弾けるように笑いだした。


「────はい?」


 呆気に捕らわれる僕をよそにひーひー言いながら苦しそうに笑い続ける月夜。まさに抱腹絶倒とはこうゆう状態を言うのではないか。うん、そのまま腹が捩切よじきれてしまえと思うほど素晴らしい笑いっぷりだった。


「……あの、月夜さん?」


 僕はいまだに笑い続ける月夜に言った。


「───一体どうゆう案配でそうなったか説明しろ」


 筋が通り、理に敵い、道徳を尊重した説明いいわけがあるなら言ってみろ、ないなら出るとこ出るぞという意気込みで月夜と対峙する。


「くふふ、ごめんごめん。で、でもさ、きゃひひ、す、すずっちがあまりにも、真剣な顔だから、ぷ、はは、つい、つい笑っちゃきしし、ホントごめん、ぷふ」


 笑いながら弁明するという誠意のカケラもない感じられない態度で何を許せというのか。


「……まあ、いいさ。そのぐらいね。ああでも友達として忠告させてもらうなら君は葬式には行かない方がいいよ。それがもし癖なら呪い殺されかねない」

「にゃはは」


 僕の皮肉にも八重歯を見せながら快笑し、それを見て嘆息しつつも僕は内心、安堵していた。

 まあ、何だかんだ言っていつもの月夜に戻ってよかったと思う気持ちが大きかったのだ。それに弐条さんのきつい視線が和らいでいるのも大きい(相も変わらず無表情だが)。


「で、姫。ご機嫌の方は?」

「うむ、ワラワは気分がよいぞー。今ならなんでも許せちゃう。だからすずっちのことは不問にいたすー。あ、うどんはいらないよ。すずっちのお昼ご飯なくなっちゃうしねっ」


 月夜姫は懐の広さは琵琶湖並みに広いようだ。


「あ、でもー」


 と、月夜は───なんか、こう、ドロボウ猫がお魚を見つけて、くわえて走り出す二秒前の顔というか、宝石を盗ってきたルパン三世の前に現れた峰不二子のような笑みを浮かべて───


「その油揚げはもらったァアッ!!」


 言うが早いか、いつの間にか手にしていた箸でカワセミよろしく華麗に油揚げを奪っていき、がぶちょ、と一口で半分も食べてしまった。


「んまぁーいっ! 油揚げにダシがよく染み込んで、これはまるでっ………えっとぉ………絞っていない雑巾みたいやーっ!」


 不味そうな感想だった。いや、それは置いといて何勝手に人の食事の華と言える油揚げを食ってるんだ君は……!


「ちょっと月夜」

「そだ、なるにもあげるー」


 あーん、と僕を無視して弐条さんに箸を向ける。

 弐条さんはちらりと僕の方を一瞥し、出された油揚げを食べた。それはまるで仲の良い姉妹のようでもあるし、親鳥が雛に餌を与えてるかのようでもあった。それと弐条さん、以外とお茶目さん。


「どぉ? おいしい?」

「ん」


 月夜の問いかけに静かに頷く弐条さん。それを見てると二人は本当に仲良しなんだなと確認させられる。そんな微笑ましい光景を見ながらも、しかし僕の心は果てしなく空虚だった。


 きつねうどん───いや、これはもはやきつねうどんと呼ぶことははばかられる。うどん。ただのうどん。素うどんだ。一体何のために百円多くお金を出していると思っているんだ。きつねが、油揚げが入っているからこそ百円多く出したというのにっ……!


「……………」

「んにゅ? すずっち顔暗いよー。なんか、地震と雷と火事が一気に襲ってきてなんか知らないけどパパに八つ当たり食らって、なんか腑に落ちないけど仕方なく怒られているような顔。どしたの?」


 心底不思議そうに首を傾げる月夜に、彼女曰く暗い顔のままそれに見合った低い声で、素うどんにランクダウンした元きつねうどんを指差す。


「………うどん、いらないって言ったじゃん」

「うん。うどんはいらないって言ったよ。でも油揚げはいらないって言ってないよー」

「…………」


 世間一般ではいまのを屁理屈という。が、月夜は本気で言ってる。至って真面目に。偽りなく本音である。


「……………」

「すずっち?」


 ああ、もういいよ。いいですよ。僕の負け。敗北宣言、全国中継。白旗隊、全員総出で振ってやる。


 だって、あんな純粋な瞳と無垢な顔で見られたら妥協するしかない。それで丸く収まるならそれでいい。


 僕は一度嘆息し、弐条さんを見やった。相変わらず表情もなく口を挟むことなく傍観していた弐条さんには僕達はどのように写っていたのだろうか。


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