Act.2:一日目(2)入学式
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変わらないモノなどない。
だが変わり続けるモノもない
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つまるところ、式典や儀式と言うものはひどく緩慢に感じるモノだと相場が決まっており、退屈と言うものと切っても切れないモノだということを身を持って証明、実感、そして再認識させられた。
入学式が始まって早々、理事長の有り難い話を(しっかり起きていたはずなのにまったく内容を覚えていない)十五分近く拝聴し、続く校長先生の有り難い話を(しっかり起きていたはずなのに以下略)これまた十五分近く拝聴して、一年生生徒代表の代表の言葉を(しっかり起きていた以下略)例によって十五分近く拝聴させられた。僕はこうゆうときいつも思うのだが長く話すのも一つの技だと思うが短くまとめるのもまた一つの技だと思う。ようするに長ければいいもんじゃないと言いたいわけだ、僕は。
で、本当にアリガタイことにこの後に生徒会会長の祝いの言葉やよくわからない、ただ偉いと言うことぐらいしか検討もつかないおじさん達のタメになりそうなお言葉を頂いた。
この頃になるとそのお話はただの念仏になり、僕は馬の構えを取り、最早意識は別なところに向いていた。
さて、集会場と言われる場所は月夜が言った通り確かに綺麗で、これならば威張りたくなるのも仕方ない。広さはかなりあり、四百人近く集まっても半分も埋まらずあと三倍の人数を収容してもその面積は余りある。天井高く照らす照明はまるで啓示を授けんとする神の威光のようで、それに照らされ光沢放つフローリングの床は大理石のよう。さながらこの集会場はうちの中学校の体育館と比べると大聖堂のようだ。今現在座っているパイプ椅子も中学校のやつとは違いワンランク上のやつで、切れて中身が飛び出しているところをガムテープで補強もしてない。
そして制服もいい。学ランとは違ってブレザーは首周りが楽だ。まあ、ネクタイを着けてはいるが、それでも比べるとやはり楽。そして女子も男子に合わせてブレザーにスカートの制服だ(いや、男子が女子に合わせたのかも)。ただ男子とは違いネクタイではなくリボンを着けている。ちなみにブレザーの色は上が紺色で下がねずみ色で男女統一。ネクタイとリボンの色は一年から青、赤、緑になっている。
「───それでは入学式を終わります。新入生、起立! 礼! 着席!」
お、ようやく終わったらしい。僕達は従順な兵隊さんよろしく号令に従った。時計を見てみる。現在十時五十分。始まったのが九時半だから……一時間二十分もやったのか。長すぎだ。余談だが担任になる先生が教室に来たのは八時半、チャイムがなったのと同時だった。入学式が始まるまでの時間、集会場に行くまでの合間の時間に先生の自己紹介(これがまた個性的な人のだがここでは割愛)と、僕達の自己紹介も行われ、余った時間で委員会や係りまで決めるという強行軍。結局半分も決まらなかったが、とりあえず学級委員などの重要な役所は決まったのは僥倖と言うものだ。
さて、少しお腹も空いてきたし、ヘタしたら教室に帰ったらまた委員会決めをさせられるかもしれないからさっさと退場して───
「続きまして部活動によるオリエンテーションを始めます」
───何?
◇ ◆ ◇
結果から言えばオリエンテーションはそれほど退屈なものでもなかった。
各部活が五分の持ち時間を使いその部活の紹介をする。いわばアピールタイムというやつだ。
こうゆう場合、アピールの方法は二つに分けられる。一つはいたって真面目に部の紹介、もう一つはウケ狙い。部活に入るつもりのない僕にとっては真面目にやられるよりもウケ狙いできてくれた方が楽しめたりする。
運動部はそのノリの良さでウケ狙いに来た。文化系はどちらかと言えば真面目路線だったがそれはそれで楽しめた。
「まあ、楽しめたと言ったからって退屈しなかったわけじゃないんだけどね」
楽しむ以上に部活の多さに驚いた。そしてそれ以上に空腹に悩まされた。拷問紙一重だ。
現在十二時半である。オリエンテーションが十二時で終わり十分に教室着。そこから今に至るまで委員会決め。普通なら別の日に時間を取ってやるべきなんだろうがうちの担任は面倒なことは早めに終わらせたいらしい。なかなか立派な心構えだが付き合わされているこっちの身にしてみれば堪ったもんじゃない。
それから二十分後、ようやく解放。今、下駄箱で上靴と下履きを入れ換え作業中。履き替えたところで声をかけられた。
「よっす、すずっち!」
「あれ、月夜? なんでいるの?」
「うわ、ひっどー! せっかく待っててあげたのにっ」
「それはどうも。で、なんでいるのさ。先に帰ったんじゃないの?」
「だーかーらーすずっちを待っててあげたんでしょっ!」
頬を膨らませ怒りを表す月夜。その仕草があまりにも子どもらしくて怖くはないのだが僕の発言が原因なのは明確なのでとりあえず謝罪。
「……なんか、ごめんね」
「ふん、いーもーん。どーせあたしが勝手にやったことだしぃ。別にーすずっちが気にすることじゃないっスよぉ?」
拗ねた。拗ねられた。怒るより質が悪い。
ちなみに同じクラスである月夜が先にいるには理由があり、なかなか決まらない委員会の役員に業を煮やした担任先生サマのこの一言が原因である。
?それじゃあぁ、決まった人からぁ帰っていいわよぉ〜?
決まった人にとっては天使の救済で、それ以外の人にとっては悪魔の判決だった。僕には悪魔の声に聞こえ、月夜には天使の声に聞こえた。
で、帰り際、いまだに決まってない僕に向けて───
?───ふふん♪?
ワタクシ勝ち組セレブリティー、サヨナラ、負け犬ハイウェイをリニアで疾走しなさい、的な笑みをプレゼントされた。そんな態度を取った相手がまさか自分の帰りを待っているとは思えまい。
「あーぁ、待ちくたびれちゃってお腹減ったなー、お昼まだだしなー、一番お腹空く時間だよねー、ぐーぐー泣いてるよー、お腹と背中がピッタシかんかんー」
「……………」
僕に背を見せながら、ちらりと半目でこちらを窺う月夜嬢。なるほど、そーゆーことですか。
「………えっと、お昼一緒に食べない? ………奢るから」
「えぇっ!?」
僕の言葉に大袈裟に驚き振り向く。
「そんな、悪いよっ。あたしそんなつもりで待ってた訳じゃないし、勘違いしないでね? あたしは久しぶりにすずっちに会ったから色々お話出来ればいいなーって。ほら、朝の短い時間じゃまだまだ足りないじゃん? だからその足りない部分を補おうと───そうそう、たまたま、たまたまだよ? たまたま時間帯が昼食の時間だったからご飯食べながら昔話に花を咲かそうとは思ったけど、奢って貰おうなんて思ってなかったよ、いや本当ホント」
……さて、僕はいつまでこの猿芝居に付き合わなくちゃいけないんだろう。
「じゃ、いいんだね」
「まあ、人の好意を無下に扱うなんてあたしの信条に反するし、それが親愛なるすずっちならどうして断れようかっ。うんうん、ここはすずっちを立てると言うことで奢られてあげようじゃないか」
「……相変わらず調子いいね。昔のまんまだ」
「変わらないモノにこそ価値があるんだよ」
「ものは言いようだね」
僕は肩を竦め、月夜は笑った。
「それじゃーすずっちの奢りでご飯食べいこー」
「………手加減してね」
「直球ど真ん中、逃げ玉なんてあり得ないっ!」
「まあいいけどね。それと僕、この辺に何があるか知らないんだけど」
「えーとね、牛丼とハンバーガーと女の子が好きそうなオシャレ☆な喫茶店。どこがいい?」
「牛丼かハンバーガー」
「それじゃ、喫茶店ね」
聞いといて選択権がないなんて聞く意味あったのか。
そんな困惑している僕を尻目にルンタッタと鼻歌混じりで先行く月夜。僕は一つ、ため息をついてピョコピョコ束ね髪を揺らす背中についていった。
その途中。下駄箱から校門までの短い道程の中、視界の端に、何かが映った。でも月夜がそれに気にする素振りを見せなかったので僕もそれに倣った。
───僕の視界に映ったもの。校舎の端、その一角を隠すように陣取るその集団がいた。僕の記憶が正しければアレは警察だった。