Act.1:一日目(1)澄風月夜
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偶然でも必然でも出会ってしまった以上すべての理由は後付けにしかなりません
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四月。出会いの季節。命芽吹く優しい時間が流れ、あらゆる生命が祝福され謳歌し讃美歌を奏でる。そんな季節に僕、春夏秋冬すずは高校に入学した。
私立美咲ヶ原学園。小中高一貫の進学校でこの辺りでは五指ないし三指に入り、全国的に見ても知名度は高いらしい。僕がここに入学を決めたのは勉強が好きだからだとか有名大学に行きたいとかそんな訳ではなく、ただ近いという理由とブレザーの制服を着てみたかったという理由だけで決めた。………その結果として血を吐くような受験勉強が待っていたわけだが。まあ、その努力が実りバカみたいに高い偏差値と倍率を打ち破ることが出来た訳だ。
それで入学式当日、初登校を無事に果たした僕は校門前にいた学園関係者とおぼしき人に中庭に行くように促された。周りを見ると他の生徒もそこに向かっている。どうやらそこにクラス分け表があるらしく、それを見て自分の教室に行けということらしい。正直こうゆうことをセルフサービスにするのはどうかと思うのだが、まあ、郷に入れば郷に従えということで。どちらにしろ行かなければ始まらないし。
「うわー」
溢れんばかりの人、人人人人人人人人人人人人人人人人。まるでゴミのようだ。その人混みの中を縫うように進んでいく。壁一面にでっかく印刷された紙。A組からL組まであった。因みにA組は特進クラスでJからLまでがスポーツ推薦で入学した生徒に分けられ、普通科で一般受験をした僕はBからIまでの何処かのクラスに配属されている。
僕の名字は春夏秋冬と多少変わっている上に漢字四文字なので結構目立つから探しやすい。
B組から順に見ていく(クラス表は中央に線を引き左に男子、右に女子の名前が記されている)。………ん、お。ラッキー、B組の欄に名前発見。探す手間が省けた。んじゃ、ついでに一通り同じクラスになる人達の名前を見ておこう。僕の中学からこの学園に来ているのは僕だけだからあまり意味がないけど見ておいて損はない。ついでに若干人見知りの気がある僕にはこうして名前を見ておくことで知ったつもりになり少しでも人見知りを緩和しておく。名前を知っているだけでも結構変わるのだ、これが実際。
そして男子の欄を見終わり女子の欄に目を移す。
「ん……?」
上から下に下がる中途、一つの名前に目が止まった。
『澄風月夜』
その名前には見覚えがあった。ああ、あいつはこの学園にいたんだった。忘れてた訳じゃなかったが受験勉強やそれを終わった安堵感からかすっかり抜け落ちていた。
人の密度が増えてきた。もうすることもないし長居は無用か。そろそろ教室に行くとしよう。
◇ ◆ ◇
美咲ヶ原学園は小学校から高校までを同じ敷地内に内包しており、大学やヘタな遊園地よりも広大な面積を誇っている。だが同じ敷地内にあるといっても校舎まで一緒ではない。しっかりと初等部、中等部、高等部に分かれ、校舎も三つに分かれている。初等部の校舎と中等部の校舎は渡り廊下で繋がっており、中等部の校舎と高等部の校舎も渡り廊下で繋がっているが初等部とは繋がっておらず校舎同士が直線上に並んでいる。電車のように車体同士が繋がっていると思ってくれれば想像しやすいと思う。ちなみに初等部は四階建て、中等部と高等部は五階建てになっている。
初等部や中等部がどうなのかは知らないが高等部の一年生の教室は特進クラスとスポーツクラスを抜いて四階に集められている。ちなみに三階は二年生で二階は三年生になっているらしい。
「つ、疲れる」
四階。大した段数ではないだろうと侮っていた。中学の時はクラスは三階だったから一階増えただけじゃ大したことないさと甘く見ていた。これ、結構疲れるぞ……!
登校初日からやる気を失いかける。こんなのを毎日の上るのか。私立なんだからエレベーターぐらいつけたってバチは当たるまい。むしろ崇め奉られる。
バカなことを考えている内に教室前。片手に鞄、もう片方にスニーカー(まだ下駄箱の場所を教えられていないので持ち運んでいる。他の生徒も同じことをしている)を持ちながら中を覗いてみる。
……十三、五人くらいか。二十人には満たないと思う。二、三人で固まって話しているグループや椅子に座り本を読んでいる子や、携帯をいじっていたりと多種多様。と、その中の一人、女生徒が入口に佇むこちらに気付きエサを見つけた子犬のような足取りで僕に目の前まで来て、
「よっす。すずっちおはよんっ☆」
青空のような笑顔と共に馴れ馴れしく挨拶してきた。前述したがこの学園には僕と同じ中学出身はいない。ゆえに知り合いは一人もいな、い、───訳ではなかった。
「ん?んん?もしもーし、シカトですか?シカトいくないよーイジメの片道切符だよ、それ。何気無いちょっとした行為がヒトを傷つけちゃうんだよ」
ぷくーと子供みたいに頬を膨らませながら無反応な僕を下から覗き込んでくる。昔も同じことをされた記憶があるし、顔も面影がある。
「えっと……月夜?」
恐る恐る聞いてみる。僕の名前を知っていることや、『すずっち』なんて愛称を使うのはこの世に一人だけなのだが万が一ということもあり得るので慎重にいってみる。すると女生徒は再び笑顔に戻り喜色の色を見せた。
「大正解っ! えへへ、よかったー忘れられてたと思っちゃったよ」
そういって、僕から一歩距離を取った。
彼女は澄風月夜。僕の小学校の時の友だちで僕同様、月夜なんて変わった名前をしているが、その名が示す通り裏表がなく、明るく心地よいやつだ。うん。肩よりやや長い髪を右側に結んである髪型や、猫のような、黒目がちな大きな瞳に、笑ったときに口元から見える八重歯。その姿は昔も今も変わっていない。いや、やはりというか、当然と言えば当然なんだがより女の子らしくなっていた。……四年ぶりの再会である。わからなくて当然だと思う。
「忘れてた訳じゃないよ」
とりあえず弁解してみる。
「ほら、四年ぶりだしさ、成長期の四年後なんて最早別人だし、月夜のこと忘れてたってわけじゃなかったけれどすぐには分からなかったんだよ」
「ふうーん。あたしはすぐにわかったんだけどな、すずっちだって」
意地悪げに微笑む月夜。そして追い討ちに───
「あーあ、たった四年程度消えるような儚い友情だったんだねすずっちにとっては」
そんな一言をもらい何も言えなくなる僕。と言うか速攻で僕だってわかった方が異常だと思うんだ。
「………よく、僕だってわかったね」
「そりゃあ、あたしはすずっちと違いまして、お友だちは大事にしますから」
意味有りげに目を細めながら揶揄するように言った。
………僕も男だ。そこまで言われて黙ってはいられない。ガツンと一言言ってやらねば。
「ゴメンナサイ」
謝るが勝ち。素直に謝罪するのが何よりもの誠意だと思った。すると月夜はきゃははと笑った。
「じょーだんだよ、冗談。謝らなくてもいいよ。それにすずっちだってすぐに判ってくれたし」
いや、わりかしギリギリだったよ、とは事実でも本音でも言わない。
「ほらほら、そんな所に突っ立てないで中入ろ」
そう言って月夜は僕の手を掴み、僕の席まで案内してくれた。何で僕の席を知っているのだろうと疑問はすぐに消えた。案内された机の右上に出席番号と一緒に僕の名前も記されたシールが貼られていた。僕は椅子に座り、鞄を机に掛け靴を床に置いた。
「で、これから僕たちはどうするの?」
「えっとね、担任になる先生が来るまでここで待機。で、来たら並んで集会場で入学式のはじまりはじまり〜」
「ここ集会場なんてあるんだ」
「すずっちの所にはなかったの?」
「うん。いつも体育館だった。夏は暑くて冬は寒い、最悪の環境。気休め程度でストーブとか置かれるんだけど、まったく意味なし」
「あやー大変だね、それは。ウチは冷暖房設備で過ごしやすいよ。綺麗だし」
「まじ?」
「まじまじマジカルっ!」
「………ずるい」
「ふふん。これが私立の強味なのだよ」
「君が威張るなよ」
僕たちはこの調子で時間が来るまで雑談した。小学校の時の共通の思い出に花咲かせ、中学校での別々の思い出に関心を持ち、他愛もない、花火のようなその場その場だけの笑い話。僕たちはまるで四年間のブランクなどないように自然に話していた。