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Act.7:二日目(5)【後半戦】命の秤/命の破壊


     ■


私は今まで約束を破ったことはありません。

だってしたこともありませんから。


     ■



「だからティンパニっていうのはプリンの容器のような形をした、ちょっと大きめな太鼓を幾つか組み合わせたようなものなんだよ」

「コンガみたいなもん?」

「むー。似てるけどちがうー。同じ打楽器だけどっ。てゆーか何でコンガ知っててティンパニを知らんのじゃーっ!」

「そうは言っても仕方ないじゃん。知らないものは知らないのです」

「開き直っちゃだめーっ! 人間開き直っちゃそこでおしまいだよっ!?

 とりあえずすずっち、知ってる楽器の名前いってみー。何かの拍子に思い出すかもしれないし」

「タンバリン」

「うん、メジャーだね」

「コントラバス」

「なんでその名前が出てきてすぐにヴァイオリンの名前が出てこないか謎だけど、いいよその調子」

「ピアニカ」

「小学校以来だよ、その名前聞くの」

「カニバリズム」

「人食嗜好!? 賑やかそうな名前だけど楽器じゃないよっ! カーニバルのリズムの略じゃないんだよっ。てゆーか恐いよっ!」

「ミュージックソー」

「あれ確かにすごいけどあたしはノコギリを楽器とは認めないっ」

「チューブラーベル」

「それあれじゃん! のど自慢の採点に使う鐘の名前じゃんっ」

「タムタム」

銅鑼どらって言ってよっ! 判りづらいよっ」

「タムタムえもん」

「ドラえもんって言いたいのかーっ!!」

「一五一会」

「なんでBEGINが考案した4弦ギターの名前知ってんのさっ!?」

「ウクレレ」

「もお、あたしが嫌になっちゃうよっ!」

「お。うまいこと言うね」

「うるせぇーっ!!」


 時は昼休み終了十分前。

 場所は学食から教室までの道のり。

 そこで僕は月夜くもなしと昼食をとっていた時の話の続き───僕がティンパニについて無知なことを言及してきた。


「なんで変なの知ってるのにピンポイントでティンパニのこと知らないのさっ」

「知らないものは知らない。それは覆すことのできない真理なんだよ」

「あーん、すずっちがおばかさんだよー」


 開き直った僕の言葉に月夜は反抗期の息子に嫌気がさして旦那にすがる妻のように弐条にじょうさんに泣きついた。

 それよりおばかさんとは何だ。おばかさんとはっ。無知なることは罪ではないはずだ。僕は憮然とした面持ちで弐条に慰められるように頭を撫でられている月夜を見た。


「えーん、なるー」

「仕方ないわよ、くもちゃん。人間誰しも知らないことはあるわ。それに知らない人に期待を浴びせるなんてむごいことしちゃダメよ」


 ………さて、これをフォローととるか皮肉ととるかで今後の学園生活を大きく左右することになると思うんだ、僕は。

 まあ、それは置いといて弐条さんは月夜のこと、くもちゃんって呼ぶのか。

 ………微妙だ。

 いや、二人の間で何にも問題がないようだから僕がどうこう言うのは間違っているし、口出しするのは余計なお世話だとは解ってはいるが、それでもだ、一言いいたい。その愛称はどうかと思う。もっと他に付けようがあったのではないか。蛛形ちゅうけい網真正クモ目の生物を連想させる名前だ。

 二人の友情について無駄な猜疑心抱いた僕に弐条さんが刀の剣尖のようなするどい眼差しで流し見てきた。


春夏秋冬ひととせ君」

「なんだい?」

「ティンパニについて勉強してきなさい。宿題よ」


 軽く絶句する僕。

 予想の斜め上をぶっちぎる発言で開いた口が云々の前にそれすら出来ず、僕の口は閉じた貝の如しだ。

 ……表情の薄い真面目な顔でナニ、ユカイなコトをイってくれるんだっ。


「そーだそーだっ。なるの言う通りだ! 勉強してこい春夏秋冬すず」


 心中の動揺がいまだ続く僕にここぞとばかりにビシッと犯人を名指しする迷探偵よろしく指を突きつけ口を挟んでくるくもちゃん。

 さて、雲行きが怪しくなってきました。


「あー……うん。全力で努力して善処します」


 雲行きが怪しいのだ、その中を航海するほど熱いハートを持った冒険野郎ではないので波風立たせないように対処するのがお利口だろう。

 まあ、流れに流されたという解釈も出来なくもないが、達観した目で見れば主体性などは邪魔でしかなく、角が立つことはしたくないなどと現代の若者っぽいことを言ってみたりする。

 月夜は僕の返答に満足したのか、わかればよろしーと頷き、弐条さんは月夜の様子を見て目元から険が抜けた。

 こんな、犬どころかハイエナだって食べないだろう話をしている内にもう教室の前まで来ていた。中に入ると僕たち以外のクラスメートはすでに揃っており、担任の先生までいた。

 はて。次の授業は先生の担当ではなかったはずだ。教室でお昼を食べていたのだろうか。頭を捻らす僕に先生がその疑問に答えてくれた。

 午後の予定を変更して集会を行うらしい。



  ◇ ◆ ◇



 そして形式通り一分間の黙祷。

 その間、僕は今までの流れを反芻する。

 ───要するに昨日、学園の生徒の一人が自殺したのだ。

 高等部の生徒を集会場に集めそれを説明された。説明と言っても直接誰が自殺しましたとは言わずに、名前を伏せ遠回しにそれとなく解るように曖昧にぼかし、しかしそれ以外の解釈など出来ない言い回しだった。

 壇上に立った校長は生徒の視線を一身に浴びながら、入学式とは打って代わり、重苦しく心痛めた、見ていてこちらにも感染してしまいそうな悲壮感を漂わせながら命の尊さ、悩みがあるなら先生や友人に相談しなさいという内容を延々と繰り返し言い続けた。

 校長の次にカウンセラー室(そんなものが有ったのを今知った)の人が壇上に上がり、校長と同じ内容のことを話、言いづらいことがあれば是非カウンセラー室に来てほしいと訴えかけた。

 そして形式通り一分間の黙祷。

 静寂に呑まれた空気の中、ちらりと最小の動きで周り見渡した。誰しも目を閉じ頭を下げ誰ともわからない命の冥福を祈っている───のかもしれない。ちらちら周り見てたら隣のクラスの男子と目が合い気まずくなり目を閉じた。

 暗闇の中、僕は思う。一体どれだけの人間が真剣に祈っているのだろうか。少なくとも僕は名前も顔もわからない、何の関わりのない人間に抱く感情はない。

 一分が経ち、そのまま解散することになった。すでに五時間目は終わっており、六時間目の三分の一の時間を食っていたので学校はそのままの流れで終了。クラスに戻り、担任の先生の指示に従い帰れとのこと。

 集会場から退場する最中、昨日の帰りに見たのはそれだったのかな、と思っていると誰かが呟く声が聞こえてきた。


「あーあ。これで六人目か」


 誰かが言ったその言葉は、決して大きくないその声は僕の耳には確かに届いた。

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