皮膚科で治す風邪
薬、電柱、薬局、ナース。
と、鼻声の彼。
今回はそんなお話。
楽しんで読んでいただけると嬉しいです。
…風邪を引いた。
最近急に寒くなったせいだろう。
11月だというのに真冬の様な寒さが続いている。
風邪薬を飲もうとしたら、家の薬が切れていた…。
1人暮らしの俺は家族に頼むこともできず、仕方なくマスクをして近くの薬局を目指して歩き出す。
てくてくてくてく…
マスクって意外と防寒効果があるな。
口の周りがほかほかして温かい。
ふとそんなことを思いながら歩く。
しかしだるい。頭が重い。
てくてくてくてく…
ボーっとしながら歩くと目的の建物が見えた。
自動ドアをくぐると暖かい空気に包まれる。
マスクをしてる口元が熱いくらいだ。
目的の風邪薬を買い、仕方なく寒い外に出る。
「雪…か。」
薬局を出ると、雪が降っていた。
寒いわけだ…。初雪じゃないか?11月に初雪とは…。
はらはらと、ふわふわと静かに落ちてくる。
空を見ながら歩いて…
ゴンッ――
「いっ!」
俺はよそ見していたせいで電柱に見事にぶつかった。
あまりの痛さにぶつけた頭を押さえてうずくまる。
我ながらかなり情けない恰好になってると思う。
こんなとこ誰にも見られたくないな。
なんて痛みをこらえながら考えた後立ち上がると、
「あの、大丈夫ですか?」
見知らぬ女性に話しかけられた。
どこかの病院で働いてるのかナース服の様なものを着ている。
「大丈夫です。」
本当はとてつもなく痛かったが、ココで言ってもどうなるわけでもない。
「そんなわけないです! 見せて下さい。」
そう言って彼女は優しく額に触れる。
ひんやりとした手が気持ちいい。
「えっ? 熱あるじゃないですか!」
ビックリしたような声を彼女があげる。
「あ、ちょっと風邪引いちゃいまして。」
そんな俺の声は鼻声。
「風邪引いてるのに、おでこぶつけちゃって…ちょっとこっち来て下さい。」
風邪引いてるのとぶつけたのがどう関係あるのかいまいち分からなかったが、彼女は俺の返事を聞手を引っ張ってさっさと歩いていく。
一体何処まで歩くのかと思ったけど、彼女はすぐに止まった。
目の前にあるのは色々な店とかが詰め込んであるビル。
その中の1つに病院が入っていた。
彼女はココで働いているのだろうか…
そんな疑問は次の彼女の言葉で解決した。
「はいっココで私が治療しちゃいますから。」
エレベーターに俺は押し込まれて彼女は病院があると思われる階のボタンを押す。
ウィーン――
静かにエレベーターが上昇する。
微妙な沈黙。
チン。
ちょっと古い音がしてエレベーターが止まる。
同時に扉も開く。
「こっちです。」
先に出てスタスタと歩いていく彼女。
俺は付いていくしかなかった。
「どうぞ。」
さっきから彼女が最低限の事しか言ってない気がするが、気にしないでおこう。
彼女は扉を開けて待ってくれた。
看板が出てる。
えっと、吉田皮膚科…
「皮膚科!?」
鼻声のくせに無理に大きな声を出してしまった。
喋ると苦しい…。
いや、だって普通もっと何かあるでしょ?治すって言うんだから内科とかせめて小児科とか…。
「はい。皮膚科ですよ?」
当然のように頷く彼女。
皮膚科に入って更に案内されたのは休憩室の様な少し狭い所。
「座ってください。」
ナースさんが近くの椅子を指して言う。
俺は示された椅子に黙って座る。
そういえば…
「あの、名前聞いてもいいですか?」
名前を聞いてなかった。
「え?」
キョトンとする彼女。
「おっと、失礼。俺は柴田 和馬。」
紳士として先に名乗るのが礼儀だな。
「あ、はい。私は小原 久美です。」
やわらく微笑んで答えてくれた。
――久美さん…か。
「失礼します。」
自己紹介も特になしで、小さく言ってから久美さんが俺の額に触れる。
歩いてくるうちにそれほど気にならなくなっていたが、触れられるとズキンと痛む。
「って。」
小さく声を漏らすと久美さんは申し訳なさそうな顔をしてから、
「思ったより酷くないですね。これなら大した治療はいらないかも。」
安心したように言った後、隣の部屋に行った。
「ふぅ。」
思わず息を漏らす。
知らない間に緊張していたらしい。
ほけーと部屋を見回してみる。
特に目立つ品は無く、ごく普通の休憩室だった。
「はい。」
気付くと久美さんが俺にほかほかと湯気が出てるマグカップを差し出してくれていた。
「あ、ども。」
とりあえず受け取って中をみると、コーヒーだった。
「風邪引いてるんですよね、温まってください。怪我より風邪の方が酷いみたいです。あ、ブラックで大丈夫ですか?」
俺と同じようにマグカップを持って椅子に腰かけた久美さんが聞いてくる。
空気が心なしか和んだ感じがする。
「全然平気。むしろブラックじゃないと飲めないから。」
そう答えるとホッとしたように自分のマグカップに口をつけて一息つく。
俺も一口飲む。
そこからはコーヒーを飲みながら当たり障りない話をする。
久美さんは俺と同い年くらいらしい。
っていうのは会話とか雰囲気で感じたものだからあてにならないけど。
楽しい時間ってのは本当に早く過ぎるもので、気付いたら空のマグカップが手にあった。
「そろそろ帰ります。」
俺は鼻声で言った。
長居し過ぎても迷惑なだけだろう。
「あ、はい。ちょっと待って下さい。」
また隣の部屋に行く久美さん。
戻ってきたその手にはハンカチが握られていた。
「とりあえず怪我はコレで押さえたらどうですか?」
額に当てられたハンカチは湿っていて気持ち良かった。
どうやら濡らしてくれたらしい。
「ありがとうございます。」
お礼を言ってマグカップを返しそそくさと出ていく。
雪の降った寒い道を歩く俺は何だかぽかぽかしていた。
風邪が悪化したか、コーヒーのおかげか、それとも…。
湿って冷たいハンカチを額に当てながら帰宅。
そのまま買った薬を飲んで眠る。
ハンカチを額にあてたまま。
額の怪我は翌日には治っていた。
しかし、風邪は完治するのに3日かかった。
久美さんに借りたハンカチはしっかり洗濯をしてテーブルの上。
返しに行かなきゃと思う。
俺はある決心をして、手近にあった紙にボールペンで素早く書き、小さく折ってハンカチに挟んだ。
それを丁寧に鞄にしまって家を出る。
居るかどうか少し不安だったが、「吉田皮膚科」のドアをくぐると
「こんにちは。…あ。」
ちょっと驚いた様子で久美さんが出迎えてくれた。
「ども。コレ…」
俺は素早く鞄からハンカチを取り出し渡す。
「風邪もおでこも治ったみたいですね。よかったです」
ニコニコと言って、
「わざわざ返してくれなくてもよかったんですよ?」
ハンカチを受け取って曖昧に微笑む久美さん。
仕事のじゃましちゃいけないと思って早々と退散した。
「今度は患者さんで来てくれると嬉しいです。」
なんて明るい声に送られて。
…ハンカチに挟んでおいた紙に書かれた俺のメルアドを見て久美さんがメールを送ってくれたのはもう少し後のお話だったり。
風邪って嫌ですよねぇ…
季節ハズレな話を投稿してゴメンなさい。
昔に書いたものを順番に投稿してるので←
感想頂けると嬉しいです。