第九話 ゴブリンとの暮らし
「……フキャー!フキャー!」
「良かった……母子ともに健康です」
ライラは手慣れた手つきでへその緒を切り取り、母ゴブリンに癒やしの手をかざした。
「キィ……」
涙を滲ませ、赤子を求める母。産まれてすぐ乳を吸い出す力強い赤子。
ゴブリンとは思えぬ……しかし学んだ通りのゴブリンらしいその姿にライラは思い馳せていた。
「ゴブリンは女を好んで襲う魔物……これは事実。でも実態は……」
「人と変わらんだろう?」
「ヴィクトル様……」
「そもそも、ゴブリンは人間の女を孕ませる。そして女ゴブリンも人の子を孕む」
そう、一面的に見れば女の敵でも、逆から見れば同じ事。
「そして犬猫が交われぬように、生物としての種が異なれば子はなされない」
「ではヴィクトル様は……ゴブリンを人だとお考えですか?」
「……何をもって人とするかだが。神が人を作ったのなら、彼らもまた神が作った存在なのだろう」
ライラはその考えが、どうしても受け入れがたかった。
信仰上の疑念、原始的な社会性、獣の如き倫理観……。そして何より――
「彼らは、死体を食べています……」
死産した子、事故死したゴブリン、そして砦で死んだ傭兵達。ライラが弔ったのは、彼らの骨だけだった。
「本来はそれが自然の摂理だ。母が泣きながら子を食らうのも、仲間を食うのも、彼らの中ではそうやって次の命が巡るのだろう」
「だからと言って、頭の骨を貢がれるのは困りますけど……」
最近、ライラには何匹かのゴブリンから貢物が届く。主に狩猟した獲物の皮や削った骨だった。
「手ごろな骨は一本持っておくといい。樫よりよっぽど魔素の通りがいい杖になる」
「そんな異端の魔女じゃあるまいし!」
「まぁ慣れだ、慣れ」
ワハハと軽い笑い声をあげ、ヴィクトルが行く。
ライラはため息をつきながら、メスゴブリンから受け取った感謝(?)の骨を握りしめた。
――
「わぁ、素敵!」
メイドゴブリンから淡水色のワンピースを受け取り、ライラは早速その布を羽織った。
留め具はなく帯結び、腕の裾は広く、スカート部は弛みの無いシンプルな作り。しかし風通しは良く着心地は気に入った。
「でもちょっと……下が短いですね……」
「キー?」
首をかしげるメイドゴブリン。メスゴブリンらは皆、スカートが短い。下着もはかないのでよくお尻が丸見えになっている。
「これでも長くしてくれたんですよね……」
ライラ的には、というか一般的には、女性の足が膝まで見えていては、あまりにはしたない。
東国風の衣装と思えば、また別に何か履くものを用意するべきだろう。
スースーするが、新しい服は素直にうれしい。しかもメスゴブリンが作ってくれたものだ。大事にしよう。
――ガチャ
「……ライラ?」
扉の向こうには、ヴィクトルがいた。思わず足下を隠そうと前かがみになる。
「ど……どうでしょう?」
ヴィクトルの目が、明らかに剥き出しの足に向いている。
「よ……よく似合ってると思うぞ」
「……大胆すぎませんか?」
「まぁ、外ではちょっと。ここならゴブリンで見慣れてるから……」
そうは言いつつ、ヴィクトルと目が合わない。
「下着はちゃんとつけてますから、そんなに見てもお尻は見えませんよ!」
「わ、悪い……」
ライラはプリプリしながら自室へ向かい、風通しの良い砦の隙間風に煽られた。
「ひやぁ!」
捲れた裾を抑え、ライラは顔を真っ赤にして振り返る。
「……さて、新入の訓練でもしてくるか」
とぼけた様子で明後日を向き、去っていくヴィクトルを、ライラはじっと睨みつけていた。
――
外着用に慣れたローブに着替え、ゴブリンらの訓練を見学する。
「陣形ツヴァイ! 二列横隊! 前列膝立ち! 後列立射!」
ヴィクトルの号令にゴブリンらが整列する。新入たちは命令がわからず、ウロウロキョロキョロしている。
ヴィクトルは何も言わず、エリートゴブリンらはただジッと構える。やがて、見様見真似で新入も棒を構えた。
「砲身まっすぐ、目はこの位置、腰が甘い」
各自が構えると、ヴィクトルが硬い短鞭を片手に、一人一人の構えを指導していく。
「ギィー!」
一匹の新入りが、棒をヴィクトルに向けて振るう。
――バキン
ヴィクトルは油断なくその棒を小手で弾き、新入を短鞭で打ち据えた。
「大人しくオレに従うか、オレと戦うか。選べ」
「ギィ……ギィー……」
すごすごと新入が隊列に戻り、構え棒を受け取った。大人しくしていた他の新入は銃を受け取って構えを教わる。
「厳しいけど……すごく静か……」
ライラが見たことのある訓練は、隊長が声を張り上げ、見習いが号令に合わせて剣を振り続けるものだった。
ゴブリン訓練場はむしろ、静かに素早く、同じ構えを覚えさせる。ただそれだけに特化したものだった。
「前列弾込め!」
前の熟練兵だけが、銃に向けて弾を込める。
丸くない……どんぐりのような鉄の弾。お尻に小さな導火線。
「構え!」
――ガチャチャ
「……紐が見えない、ここに挟み込め」
一匹の弾込めを修整し、改めて構えさせる。
――パチン
ヴィクトルが指を鳴らし火花を飛ばし、左から一射。続けて二射、三射と火砲を放ち、狙いを評価する。
「おお! ど真ん中に的中だ! よくやった、今夜は好みのメスを選ばせてやろう」
「グギィーー!」
報酬は、やっぱりメスゴブリンが一番喜ばれるようだった。
――カン、カン、カーン
見張り塔から、鐘が三度鳴り響く。
「……訓練はここまで。新入は控え、一番隊、二番隊は実戦に備えろ!」
三度の鐘は何者かの襲撃の合図。号令とともに、ゴブリン兵団が素早く動き始めた。
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