第八話 アムズフェルト家の食料事情
「これは……冬を越せないのでは……」
「ご理解いただけましたか」
ライラはブランドルから提示されたゴブリンの数から、冬に必要な食料の数を計算していた。
「メスゴブリン40、オスゴブリン60、子ども20……ゴブリンは半年で産まれて二年で一人前だから」
単純計算でも半年事に子どもゴブリンが増え、その4匹に1匹が成人する。
一年で最低でも10匹は増える。これはゴブリン人口の一割にあたる。
「こ、こんな勢いで増えるんですね」
「野生ではもっと少ないはずですが、ここではポンポン増えます……なんなら、ライラ様の治癒があれば出生率も上がるでしょう」
確かに。治癒がもっとも力を発揮するのは戦場と出産だ。ライラにとっては産院の方が経験もあった。
「ゴブリンはなんでも食べますが、メスゴブリンはもう舌が肥えていて普通の食事を求めます」
要するに好き嫌いは無いが家畜扱いはできない。一匹が一月に必要な食料を1としても月120、冬越しに3倍の360。
そして拠点の食料自給率はほぼゼロ。
「今まではどうやっていたんですか?」
「旧領地の村から買い上げと……」
「強盗さ」
戦いの備えをしたヴィクトルがやって来た。
「この砦は定期的に商隊が通る。その積荷を一部いただく」
「それは犯罪では……」
自分が今ここにいること自体犯罪なのに、今さらではあった。それでもライラは自らが犯罪に加担する事への呵責を感じていた。
「アムズフェルトが健在であれば正当な関所の通行料だ。無主の地となったこの地では占有者に正当な土地の権利がある」
「アムズフェルトの領地は帝国に取り込まれていないのですか?」
「領民のいる地は取り込まれたさ。だが軍を配備する場所に置く兵がいない。アムズフェルトが全て担っていたのだから当然だな」
「それでこの砦に……」
「ここは国境でもあり、天然の要塞でもある。通るのはせいぜいジュナイブを往来する商隊ぐらいだ」
「まぁ、アムズフェルト再興の地としては理にかなっております」
やはり、二人はアムズフェルト家の再興を目指しているようだ。
「他の家臣の方は今どうされているのです?」
「生きているものは実家に戻るか、旧アムズフェルト領で働いているだろう。一人鍛冶についてもらってるものもいる」
「その方は……?」
「異国人で気が難しく、危険な男だ。時が来たら紹介しよう」
「……わかりました」
きっと銃と火薬の製造を担当されているのだろう。自分にはまだそこまでの信用がないのだと、ライラは思った。
「とりあえず金は入ったし当面の食料が必要だ。ライラ、買い出しに行こう」
「はい、お供いたします!」
奴隷、客人、従者、あるいは……自分がこのアムズフェルト家において、何人として生きるのか。
ライラは自問を重ねつつ、今はただこの男の背中を追うことに心を傾けた。
――
「先日の事もある。できるだけジュナイブから遠い村へ、荷馬車にゴブリン二班を乗せて向かおう」
ゴブリンは一班が五名、二班で十名。五班集まれば一隊となる。
御者はヴィクトル、ライラは隣に座った。
「グキー!」
小柄なゴブリンが一匹、ライラに手を振った。ライラはその見覚えある小鬼に小さく手を振り返した。
「この間、私を守ってくれたゴブリンさんもいますね」
「あぁ、突入組のスカウトか。あいつやたらとライラを気に入ってたな」
「え……?」
ゴブリンに気に入られるのは複雑な心境だ。
「ライラの治癒を見て上位種の女だと思ったんだろう。良いことだ」
「上位種?」
「ゴブリンは上位と認めた種に従う。典型的なのは大型のホブゴブリンだが、稀に魔法を使うシャーマンがいる」
「あの大きいのがホブゴブリンだったんですね」
「そうだ。シャーマンは火を操る程度だが……ライラはさしずめ、彼らにとってのゴブリン女教皇ってとこか」
「なんだか、喜んでいいのかわかりません」
「甘く見られるよりはずっといい。せいぜい彼らの前では威厳たっぷりに振る舞うんだな」
ワハハとヴィクトルは快活な笑い声をあげた。
――
アルガス山脈を東に進み、一行は小さな寒村を訪れた。
「ノラ村長、久しぶりだな」
「若様!? 生きてらっしゃったんですか!」
村長と言うには随分若い男性が、ヴィクトルと親しげに会話をはじめた。
「見ての通りだ。暮らしぶりはどうだ?」
「……正直、苦しいです。収穫が少なくても税は常に一定、収穫が多くても結局粉挽き料とかで全部持っていかれます」
「どこも同じだな……冬は越せそうか?」
「まだ家畜がいるのでなんとか。ただ野盗やゴブリンがでたらと思うと……」
「兵士が、いないんだな」
「はい、自分たちで身を守るしかありません」
「ゴブリンはオレがなんとかしよう。食料を買わせてもらえるか?」
「本当ですか!? 食料はあまり余裕はありませんが、お代がいただけるなら多少はご用意できます」
「よし、ライラ。こっちへ来て計算を頼む」
「はい!」
ライラはノラと商談し、100銀貨――約1200銅貨相当の食料を購入した。これで一月は持つだろう。ゴブリンがいなくなれば、同じくらい用意できるとのことだった。
「積荷は手伝わなくてもよろしいので?」
「あぁ、外に出してくれれば後はこちらでやる」
「では私はこれで……」
「ありがとう、ノラ。ゴブリンの事は任せておけ」
「こちらこそ助かりました。どうかよろしくお願いします」
――パシン!
村長が去った後、手早くゴブリンが積荷を乗せて足早に村を後にした。
「さぁお前たち、帰りはゴブリン狩りに行くとしよう」
「「ギィー!!」」
同種の狩りに喜ぶゴブリン達。この奇妙な光景にもずいぶん慣れてきてしまったと、ライラは少しだけ嘆息した。
――
後日、ノラの元へ代官の率いる兵がやって来ていた。
「それで、アムズフェルトは食料を買い込んでどこへ行った?」
「へい……ゴブリンを退治するからと山の巣穴へ……」
「来たときは?」
「……確か、西からです」
「……この村とジュナイブ間にあるアルガス山脈の拠点……アルゴ砦か」
「あの……先代様がなにか?」
「貴様が知ることではない……いや、これはただの治安維持だ」
「治安維持?」
「……ゴブリン退治だよ」




