第六話 ロンドミルの猟犬
日が沈み、暗い森に身を潜める二人と一頭。
ヴィクトルは息の荒いアロを落ち着かせるように水を与え、ライラにも水袋を手渡した。
「しばらくここで休む。追っ手が見えたら森を抜けて一気に逃げるぞ」
「はい……」
身動き取る度、ガサリと鳴る音にも怯えてライラは水袋を抱えていた。
「火が見えるまでは大丈夫だ。今のうちに休んでおけ」
ヴィクトルがアロと一緒にドサリと腰を下ろし一息つくと、ライラも水袋に口をつけた。
――ザクッザクッ
やがて遠くからゆっくりと近づく足音。二人は息を潜める。
ヴィクトルが木を背にして警戒をはじめている……アロの息はまだ戻っていない。ライラはなにか、自分にできることを考えていた。
水袋……これが魔法の水だったら……。
「ヴィクトル様……」
「シッ」
――ザクッ……ザクッ……
足音が遠のくのを確認してから、ヴィクトルは声を発した。
「ライラ、どうした?」
「あの……ヴィクトル様は水の魔法を使えますか?」
「あぁ、その水も魔法のものだ。それがどうした?」
やっぱり! 炎の騎士とは言え彼は水も使える。それなら……。
ライラは水袋に指を差し込み、光が漏れないよう慎重に治癒の祈りを唱えた。
「生命の輝きよ、我が指先に宿れ……」
活性化の祈り……体力を回復し、身体機能を高める即興の活性の水を作りだす。
「これを……アロとヴィクトル様に。少しですが、体力が戻るはずです」
ヴィクトルの黄金の瞳が、丸く開いた。
「……こんな状況で、スタミナポーションを作ったのか?」
「はい……ガラス瓶でなくともすぐ飲めば効きます。触媒がないので、強すぎるかもしれませんが……」
「むしろ願ったりだ!」
ぐび、一口喉を鳴らすと、ヴィクトルは大きく息を吐いた。
「はぁぁ……これは効くな。芯から熱くなる。アロ、飲みすぎるなよ」
――ブルルルル!
アロが水袋から口を上げると、嘶いて蹄を掻き出しはじめる。
「ハハッ! とんでもないな! メディスンの名は伊達ではなかったか」
「お役に立てて、なによりです」
足手まといにだけは、なりたくない。ライラは自分の役割を見いだし始めていた。
――ザクッザクッ
火の手が上がり、まっすぐに足音が近づいてくる。
ヴィクトルはアロに跨り、ライラを引き上げた。
「さぁ森を抜けるぞ! 枝葉に気をつけ、しっかり捕まっていろ!」
かつてなく滾るヴィクトルとアロに振り落とされないよう、ライラは力一杯しがみついた。
――
剣を燃やして灯りを灯し、バキバキと枝を払って逃亡騎士が行く。
落ちる枝葉は火種となって、過ぎ行く道を燃やしていく。
「ご、豪快ですね」
「木々には悪いが、燃えて朽ちても森はまた生き返る!」
「でもこんなことしたら、みんな追ってきませんか!?」
「どうせ火を灯したら一緒だ! どうせなら遠くからも見えるよう、派手に逃げよう!」
「活性の水、効きすぎてませんか!?」
「そうかもな!? ハハハハハ!」
背後には火を避けて追っ手が迫る。二頭足が速いのが迫るが、アロの速度も落ちない。ゆっくりと距離が縮まっていく。
「ライラ、手綱を持て。握っているだけでいい」
「は、はい!」
ギュっと腕を引き寄せ、綱をつかむ。ヴィクトルは懐から小型の銃を取り出した。
――パンッ!
馬が嘶き、一頭が沈む。硝煙が昇る銃をしまい、次の銃を取り出す。
大きく体をよじらせて、両手で狙いをすませるヴィクトルの横顔が、ライラの眼前に迫った。
――パンッ!
再度馬が嘶くも、その脚は止まらなかった。
「チッ……外したか」
懐に二丁の銃をしまうと、綱をたぐり寄せた。
耳がキンキンする……。
「銃はカンバンだ。あの一頭は剣で倒すしかないな」
「ど、どうしたらいいですか?」
「神にでも祈っててくれ」
――シュラン
ヴィクトルが炎の剣を抜き、追い立てる傭兵は槍を構える。
互いに右手に武器を持ち、左へ位置取りを奪い合う。背面に迫る槍は、いつでもライラに届くだろう。
一触即発の空気が迫り、リーチの差で槍が先手を取った。
剣が弾き、位置取りを奪う。ヴィクトルが左、傭兵が右。
傭兵は体を捻り、馬を狙った槍の一撃が突き刺さる。腕ごと斬り払うも、アロが体勢を崩し、ライラが振り落とされた。
――ドサッ
転がり落ちるライラ、体を丸めて痛みに耐えるも、衝撃で息ができない。
「ライラ!」
ヴィクトルが踵を返し、ライラを迎えに行く。
自力で立ち上がれないライラをヴィクトルが担ぎ上げ、アロに乗せる。続く追っ手の火の手が、周囲を取り囲み始めた。
「夜通し走らせやがって……その女を引き渡してもらおう」
「……断ると言ったら?」
「どうでもいい、お前は殺す」
構えるヴィクトルを傭兵達が取り囲み、じわじわと距離を詰める。
「最後に一つだけ、お前達に伝えたいことがある」
ヴィクトルが燃える剣を掲げ、もったいぶった口調で言う。
「なんだ……?」
「ようこそ、我がアムズフェルトの砦へ」
一閃、龍のように横切る焔が砦を照らした。
――ドバババババン!
横一列に瞬く火砲、弾ける跳弾、嘶き倒れる馬、踊るように倒れる傭兵達。
「はっ……?」
ヴィクトルの正面に立っていた男だけが、煙の中で立っていた。
――ザッザッザッ
ライラはその見覚えのある小鬼達の隊列と、先導する老魔導師の姿に安堵の息を吐いた。
遠くから、見えていたんだ――
「お迎えが遅れましたかな? 若様」
「いいや、完璧だ。老練の魔導師」
ニヤリと口角を歪め、ヴィクトルは剣を片手に歩み寄る。
「さようなら、ロンドミルの猟犬よ。汝らに神の導きがあらんことを」
騎士は炎の剣を振るい、最後の影を薙ぎ払った。
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