第五話 要塞都市ジュナイブ
「そろそろ街が見えてきたぞ」
アルガス山脈から南に下り、青く広がるレマナ湖の先に巨大な石壁がそびえ立っていた。
「まるで……城壁のよう」
「そう、あれが要塞都市ジュナイブだ」
城壁は分厚く、塔には砲門。旗が風になびく。湖を背に築かれた要塞都市。
中央には遠くまで引かれた列車の線路。東には商人の荷車が列をなし、甲冑姿の兵が門前で検問を行っていた。
馬を降りて列に並び、ライラは促されるままフードを深く被った。
「身分証を」
無愛想な兵士の声がけに、ヴィクトルは冒険者証を見せる。その視線がライラに移る。
「そっちは?」
「オレの奴隷だ」
「顔を見せろ」
顔を覗き込む兵士、ライラが一歩退くとヴィクトルが前を遮った。
「ゴブリンの巣にいた傷物だ。そっとしといてくれ」
顔をしかめる兵士の手をヴィクトルが握ると、チャラリと音をたてた。
兵士は掌に目を落とすと鼻息一つ。
「……いいだろう。通れ」
ホッと息をつき、門をくぐる。
石壁に囲まれた石畳の都。湖から吹く冷たい風。教会の鐘楼に時折聞こえる汽笛の音。白壁と赤屋根の軒先を行き交う人々。厳粛にして自由、そして商売の香りがする街だった。
「すごい……」
ヴィクトルはライラの手を引き、まっすぐに道を進む。
「あまりキョロキョロするな、スリに狙われるぞ。先にギルドへ向かう」
――
冒険者ギルド《シロサギ亭》。
軽い木扉を押し開けると、酒と鉄の匂いが混じった空気が流れ出す。
食事や歓談に沸く男達をすり抜け、受付の女性に向かって一枚の依頼書を提出する。
「依頼完了報告だ。救出者は先に戻った。確認できているな?」
「はい、門衛から四人の保護を確認しています。荷馬車は裏に」
「報酬は?」
「先に確認です。ゴブリンは全滅させましたか?」
「依頼は救出だろ? 一部生かして奴隷としたが巣穴は焼いて殲滅済みだ。必要ならそっちで確認しろ」
「……かしこまりました。報酬はこちらです」
ジャラ……と並ぶ銀貨と銅貨。ヴィクトルは商人ような目盛り付きの秤にそれを乗せ、報酬を確認すると革袋に流し入れた。
銀貨を一枚受付に差し出し、ヴィクトルが重々しい袋をもう一つ置いた。
「食事を二人分と、巣に残っていた戦利品の買い取りを頼む」
中身は装飾品や銀食器。
受付は目を細めたが、銀貨を受け取ると小さく頷いた。
「奥で査定しますので、テーブルでお待ち下さい」
ライラは横で黙っていた。
まるで吟遊詩人の歌う冒険譚のような光景が、目の前で淡々と進んでいた。
――
新鮮な魚とスープ、少量のドライフルーツに頬を緩ませていると、酔っ払いがライラの腕を掴んだ。
「な、なんですか!?」
「なんだぁ……ゴブリン使い。メスゴブリンでも連れてるのかと思ったら、こりゃ奴隷か?」
「離せ」
いつもより低いヴィクトルの声が、妙に耳元に響いた。
「いいじゃねぇか、姉ちゃん、いい体してんなぁ……一晩いくらだよ」
酔漢が顔を覗き込もうとしたとした瞬間。
――バチ!
炸裂する火花が、男の眼前で弾けた。
「うわっ!?」
酔いどれの足が転倒し、焦げ臭い匂いが漂う。
焦げた前髪を叩きながら逃げ出す男を周囲が笑った。
ヴィクトルは何事もなかったように食事を続けた。
「……助かりました」
「よくある事だ。気にするな」
――
報酬を受け取り市場を歩き始める。
香辛料の匂い、湖魚の串焼き、色とりどりの布地。ライラは目を輝かせていた。
「綺麗な布……」
「欲しいか?」
「え?」
「今後も服は必要だろう。好きな色を選べ」
遠慮するなと小袋を揺らす。
……赤はきっと砦にある、黄色は子供っぽい、紫は高貴だが似合わない。ジュナイブで一番多く、安い布にしよう。
「では……この薄水色を」
「はいよ、長さはどうする?」
「一巻くれ」
「そりゃありがたいや。これ、お嬢さんにおまけ」
青い刺繍の小布が一枚、ライラの手に渡された。
「いい土産ができたな」
「……ありがとうございます」
ライラは早速、その青い布で髪を結んだ。
「どうですか?」
「うん、よく似合っている」
ライラの胸が高鳴り、思わず振り向き赤らむ頬を抑えながら礼を告げた。
日が傾き、市場の人通りも少なくなりはじめる。
「夜には門が閉まる。そろそろ帰るとしよう」
――
ヴィクトルが馬屋からアロを引き取り、門前へ向かう。
出る時に検問は無くサッと抜けようとすると、先ほどとは別の兵が立っていた。
「待て! そこの女、顔を見せろ」
ビクリと、ライラの背筋が冷える。明らかに、空気が違う。
兵士が近づく。
ヴィクトルは周囲を見渡し、小さな袋を取り出すと兵士に手渡した。
ジャラ……重みのある音を立て、兵士はそれを受け取る。
「顔だけは確認させてもらう」
ヴィクトルを押しのけ、ライラに兵士が迫る。
「しゃがめ!」
ヴィクトルの声に、ライラの体が跳ねた。考えるよりも早く、身を伏せる。
次の瞬間、小袋を持つ兵士の手に火花が散った。
――パンッ!!
破裂音とともに、銅貨が飛び散る。
辺りには硝煙が漂い、兵士は衝撃で倒れ伏していた。
ヴィクトルが暴れるアロを抑え跨ると、ざわめく人を押しのけてライラを拾いあげた。
「しっかり捕まれ!」
「……はい!」
「駆けろ、アロ!」
馬が嘶き、石畳を蹴って門を抜ける。
背後で警笛が鳴り響く。
荷馬車をかき分け風のように街道を進む。恐る恐る振り返ると、城門から騎馬が飛び出して来ていた。
「何人追って来ている?」
「えっと……10……12人です」
「多すぎる。ジュナイブ兵じゃないな、傭兵だ」
「ヴィクトル様……!」
「もう商会にバレているようだな……しばらく魚はお預けだ」
風が頬を切り、湖の青が遠ざかる。
大勢の蹄の音が迫り、震える手でヴィクトルの背にしがみついた。
「街道では逃げ切れない……森を通るぞ」
二人は黄昏の街道を、暗がりに向けて駆け抜けた。




