第二十五話 渓谷の罠
高所から降り注ぐ投石が荷馬車の幌を貫き、奥からはゴブリンを乗せた大型犬の群が吠声をあげてやって来る。
「急げ! 早く馬を走らせろ!」
転回に戸惑う御者に対し、ヴィクトルの怒号が響く。砂煙をあげ迫り来るゴブリンライダー十数体。
「ギーハー!」
「全員構え、狙え! スカウト横に避けろ!」
「キィー!」
スカウトが横に避け道脇の岩陰に転がり込む。迫るライダーに向けて構える銃装ゴブリン。
――パチン
火花が走り、九発の銃声が渓谷に反響した。
半数のライダーが崩れ落ちるも、残り半数と犬が続けて迫る。
「チッ……数が足らん! ガード! ジョーカー! 時間を稼げ」
前に出る巨体のガード、痩せっぽちのジョーカー。
ガードが飛びかかるライダーの噛みつきを巨体で受けて振り回す。
ジョーカーは長く伸びた鋭い爪をジャキリと構え、すれ違うライダーを切り裂いた。
「よし、荷馬車へ飛び乗れ!」
転回を終えた荷馬車にゴブリンが飛び乗る。続けて幌に飛びつくライダー、すかさずヴィクトルの剣が切り裂いた。
「急げ! 砦まで走れ!」
逃げる商隊、殿のヴィクトル。
「うわぁぁ!」
先行する先頭の商隊が悲鳴を挙げて急停止した。
渓谷の出口の先、待ち構えてるようにゴブリンが道を塞いでいた。
「お、おしまいだ……」
止まった荷馬車に、追っ手のゴブリンが迫る。
一閃、龍のような焔が薙いだ。
――ドバババババンッ!!
「な……!?」
渓谷の入口に展開していたブランドル率いる銃装ゴブリン兵団が、追いすがる山ゴブリンの集団へ一斉砲撃を浴びせていた。
「若様、ご無事でなにより!」
「……ドル爺! なぜここに!?」
「巡回に出ておりましたら、ヤクーを狙う山ゴブリンを見かけ、嫌な予感がしましてな。ここは一旦引きましょうぞ」
「味方だったのか……た、助かった……」
――
砦に戻った一行をライラとアイナが出迎えた。
「ヴィクトル様、ご無事でよかった……お怪我は?」
「全員無事だが、投石や噛まれた傷がある。治癒よりポーションを用意してくれ」
「はい、アイナさん。水をお願いできる?」
「わかりました!」
アイナが注ぐ魔法水にライラが祈り、素早く即席ポーションを作っていく。
「……あれ、アイナじゃないか! いつ着いたんだ?」
「つい先ほどです。噛まれた方は念入りに清めますので、どうぞこちらへ」
「ガァ」
ぬぅっとアイナに近づくガード。
「ぎぁ!」
「あぁ……噛まれたのはそいつだ。清めてやってくれ」
「は……はいぃ……」
――
山ゴブリンの襲撃に対して、どう対応するか。作戦会議の席が設けられた。
真っ先に口火を切ったのは商隊長だった。
「なぜ逃げた! 戦うのがお前ら傭兵の仕事だろう!」
「オレ達が請け負ったのは護衛だ。守るのが仕事であって討伐は別の話だ」
「……しかし積荷を運べなければ意味がない」
「欲をかいてあのまま進んだらどうなっていたか、想像もできんのか?」
「だったら追加で一部隊二十五人を雇う。それで討伐してくれ」
「断る」
「なぜだ!」
ヴィクトルは腕を組み、静かに答えた。
「山賊の討伐と言うのは最も厄介な仕事だ。危険な土地で相手の領域。数もアジトも見えないうちはこちらから手を出せん。騎士団が何週間もかけて行うような任務だ」
「だったら……とにかく護衛だ」
「今日の護衛は終わりだ、明日にしろ」
商隊長の顔色が変わった。
「……貴様……積荷が一日遅れればどれだけ損害がでるか知らんのか……このことはマクスウェルに伝え損害賠償を——」
「どうしてもと言うなら是非もない……今すぐ荷馬車から積荷を全て降ろせ」
「な、なんだと!?」
「オレは舐められるのが一番キライなんでな……イヤなら結構。無理やりにでも積荷を降ろすまでだ」
カッカッと靴音を鳴らし、ヴィクトルは強引に積荷を降ろし始めた。
「や……やめてくれぇ!」
――
黄昏迫る渓谷、三台の荷馬車が進む。
ライダーの犬が鼻を鳴らし、遠吠えをあげる。渓谷に一匹、また一匹と山ゴブリンが集まっていく。
渓谷に影が落ち、荷馬車に迫る犬と山ゴブリン。荷馬車は影の中で足を止めた。
一匹のライダーが吠声をあげ、続く山ゴブリンが雄叫びをあげ荷馬車に飛び込んだ。
――パン
ぐらり、飛び込んだ山ゴブリンが頭から血を流し倒れた。
「一番隊、出ろ!」
荷馬車の幌が開き、中から銃を構えたゴブリン兵団が飛び出した。
――パチン
――ドバババババンッ!!
一斉射撃が渓谷に炸裂する。
「二番隊、構えい!」
二台目の幌が開き、ブランドルの合図で二番隊が展開した。
――ドバババンッ!!
二波の砲撃。射線遮るものはなく、山ゴブリンと犬達はほとんどが倒れ伏した
「巴組! 行け!」
三台目から薙刀を担いだメスゴブリンらが駆け出し、残党を仕留めていく。
――
死屍累々の山ゴブリン。生き残ったのは僅か数匹の犬。それらは一目散に逃げていった。
その無残な光景を、高所から憎々しげに見つめる一匹のゴブリンがいた。
他のゴブリンより圧倒的に大きく、大鉈を持ち、略奪品で飾り付けられた衣服。野生のゴブリンとは明らかに一線を画していた。
やがて踵を返し静かにその場を立ち去るも、ヴィクトルはその姿をじっと見据え、静かに呟いた。
「……やはり、ゴブリンロードか」




