第二十一話 山ゴブリンの襲来
――グモー! グモーー!!
いつも大人しいヤクーが、砂煙を上げながら凄い勢いで草原を走り回っている。
「なんだ……?」
「怒ってるみたいですね……」
「スカウト! 鐘を鳴らせ、城壁に招集だ!」
「キィーー」
――
砂煙の向こう、北の山道から今度は見覚えのある商隊が降りて来る。
「先日通過したジュナイブ商隊だ……なにかあったのか?」
「ヴィクトル様! 商隊がゴブリンに追われてます!」
砂煙で数がよく見えない……赤黒い肌のゴブリン……あれが、山ゴブリン?
「大変です、ヴィクトル様! ちっちゃいランディさんが沢山います!」
「なんだと……なんて恐ろしいんだ」
本人が聞いたら怒りそうだけど、肌の色がそっくりだ。
「ヤクーが暴れてるのも、大型犬に乗ってる山ゴブリンに襲われているみたいです……」
「……ゴブリン騎手は厄介だな……もしかして、ヤクーを利用してるのかも知れん」
「利用ですか?」
「人間でも起きてるヤクーに手を出そうなんて思わない。襲うなら夜、寝てる時にこっそり襲うはずだ。商隊を止めるために、暴れさせたのかもしれない」
「そんな……野生のゴブリンに、そんな知能が?」
そんなのまるで、ゴブリン兵団の作戦のよう。
「いずれにせよ、落ち着くまでこちらからは手を出せん。ヤクーに踏み潰されるのがオチだ」
「せめて、すぐに砦に入れてあげましょう」
「あぁ、城門に移ろう。ライラも巴組と合流するんだ」
「はい!」
――
ゴブリン兵団が構え、砦に近づく商隊に合わせて城門を開く。
「た、助けてくれーー!」
ボロボロと積荷を落としながら逃げる商隊。何匹かの山ゴブリンが幌に飛びついたまま、荷馬車が城内に逃げ込んだ。
「今だ、一斉射撃! 騎手を狙え……!」
更に追い立てる山ゴブリンの集団に向けて、ゴブリン兵団の火砲が炸裂する。
――ドバババパンッ!
城壁ではブランドルが、城門ではヴィクトルが、熟練兵の一番隊と二番隊の集中砲火で敵を蹴散らす。
次々に銃に撃ち抜かれ、落ちるゴブリン騎手。逃げていく大型犬と他のゴブリン達。
三番隊が門を引き、ガコンと音を立て閉じる城門。砦内では、入り込んだ山ゴブリンに巴組が向かった。
「「キィーーー!」」
五人一組でブンブンと薙刀を払い、一匹ずつ壁際に追い詰め、突き刺して行く。
山ゴブリンに怯えていた商隊はポカンと口を開け、その勢いに驚愕していた。
「乱戦だと銃が使えないから……こうなると頼りになるな」
一刀のもと、最後の山ゴブリンを刃先で打ち据えるトモエの勇姿に、ヴィクトルもゴクリと息を呑んだ。
――
「汝にエセリエルの加護あらん……治癒の奇跡を今ここに」
ライラが治癒を唱え、負傷した商隊の人々を癒していく。
「ありがとうございます……本当に助かりました」
「一体、何があったんですか?」
「山ゴブリンに襲われたんです。最初は谷で石を落とされ、逃げようとした先でヤクーが暴れ出して……」
「足を止めてる間に、乗り込まれたか」
「はい……傭兵も雇っていたんですが、全員やられました」
「帰りの通行料はいい。今日はゆっくりしていけ」
「いえ……被害額が大きく、急ぎで帰らなければ。可能であればジュナイブまで護衛を雇えませんか?」
「……わかった。見ての通りゴブリンだらけだが大丈夫か?」
「そのゴブリンに命を救われたのですから……是非もありません」
「わかった、オレが率いて護衛しよう。ライラ、ヤクール族が来たら応対を頼む」
「……かしこまりました。お気をつけて」
――
砦では、ユールが傷ついた一頭のヤクーを連れてやって来た。他のヤクール族も商隊が落とした積荷を、いくつか持ってきてくれた。
「ご迷惑、おかけしました。山ゴブリン、大丈夫でしたか?」
「はい、私達は大丈夫でしたが……」
「私たちの家も、たくさん壊れました。直すの大変です」
「ケガ人がいたら、こちらで治癒します」
「ありがとう……でも、ヤクー先です。まだ遠くに行ったヤクーを迎えに行かないと」
「……わかりました。ヤクーは骨を接いだら砦へ連れてきてください。それと……ブランドルさん」
「なんですかな?」
「桶に水をください。私が治癒の水にします」
「ホッ……了解ですじゃ」
目を丸くしたブランドルが言われるまま桶に水を用意し、ライラが水を骨の短杖でかき混ぜはじめた。
「ここに在りしは天使の涙……治癒の光よ、清らかなる水に満ちよ……」
ライラの祈りとともに、水が淡い輝きを放ちはじめる。
本当に骨は樫と比べて魔素の通りがいい。見た目が魔女っぽいのが難点だけど……。
「これをヤクールの皆さんに。半刻もせず光は失われますので急ぎでお願いします」
「これは……治癒の水ですか? こんなにあったら、クルが買えますよ」
「半刻も持たないクルなんて、住みたくないでしょう? 気にせずお使いください」
「……ありがとう、エセルの神に感謝します」
ユールは見様見真似でエセルの祈り手をかざし、感謝の言葉を送った。
――
日が落ちる頃、商隊は要塞都市の門までたどり着いた。
「無事、ジュナイブまでたどり着いたか。何事もなくて良かった」
「ありがとうございました。護衛と山ゴブリンを追い払ってくれたお代を……」
ジャラリと革袋を取り出す商隊の男。
「今はいい、被害が大きいんだろう? それより、市議会のマクスウェルに話を伝えてほしい」
「……どういったお話でしょうか?」
「ジュナイブとアルゴ砦で、通商条約を結びたいと」




