第十八話 遊牧民ヤクール
アルゴ砦に冬が訪れる。
気候は寒冷、寒風吹き込む山岳麓。あちこちから入り込む隙間風。
温暖な気候に暮らしていたライラにとって、アルゴ砦の暮らしは寒くてしかたなかった。
「ヴィクトル様……寒いですぅ」
「あぁ、傍に来るといい」
ローブに身を包んで震えるライラ。ヴィクトルは外套にライラを包み、熱の魔法でやんわり温めた。
ノルド人を筆頭に、寒い地域ほど火魔法使いが多く、重宝される。主に暖房機として。
「すまないな、もうちょっと暖かい服を用意しておくべきだった……」
ヴィクトルはライラの言っていた服や布団が実は切実な願いだったのだと、今さら気づいた。
「いえ……温泉もヴィクトル様もいるので大丈夫です」
これはこれで悪くないが、ゴブリンも寒そうにしているし、やはり何か手を打つべきだろう。
「ギィー」
スカウトがやって来て、ヴィクトルを呼んだ。
「ん? 来客か」
見ればアルゴ砦の北口に、遊牧民がやって来ていた。
「おぉ! もうヤクール族が来たのか」
「ヤクール族?」
「毛深い牛のヤクーと暮らす遊牧民だ。冬はこっちの草原で暮らすんだよ。ライラ、挨拶に行こう」
「はい!」
――
「こんにちは、赤鷲の関所、直りましたか?」
顔が見えないくらい長い毛の牛、ヤクー。そしてその毛皮に身を包んだ若い男性がやって来た。
「あぁ、長らく放置していたが先日な。今日は通行か? 交易か?」
「私、ジュナイブ行きたい。ここで交易もできますか?」
「もちろんだ。通行料は……以前は幾らの取り決めだった?」
「銀貨一枚。帰りは無料でした。商品はミルク、チーズ、お酒、ヤクー、毛皮、毛織物です」
「わかった、今回もその値段でいい。交易品はたくさん買わせてくれ!」
「うれしいです。先にたくさん買ういいです」
「あの……ヤクーに触ってみてもいいですか?」
「はい、どうぞ。とても大人しいです」
――クー、クー
毛はふさふさで、低く響く鳴き声。牛……なのかなぁ?
「かわいい……すごく大きいのに優しい感じですね」
「のんびりしてるけど、ヤギみたいにどこでも登るし、一匹が怒ると集団で走り出すから怖いとこもあるぞ」
「はい、大人しいけど、怒ると怖い。水使いと同じですね」
「はは、確かにな」
この砦で初めて友好的な人に出会えた気がする。遊牧民ヤクールは、ヤクーも含めとても好印象な人々だった。
――
「ではライラ、試しに2ダリヴルほど買い物するとしよう」
「はい……えっと、1リヴルと同じ20銀貨だから……」
ミルク1樽、銀貨3枚。
チーズ5個、銀貨5枚。
お酒5瓶、銅貨50枚。
毛皮2枚、銀貨4枚。
毛織物2枚、銀貨4枚。
「では銀貨16枚と銅貨50枚です。ゼニ多いと助かります」
「えっと、ゼニってなんですか?」
「あぁ、古銅貨だよ。銅貨の半分ぐらいの価値だから、街じゃ半ドニって呼ばれてるな」
ヴィクトルは冒険者の時の袋をドサリと持ち出した。
「じゃあ銀貨を16枚と、銅貨はこの袋から持ってってくれ。ドニとゼニが200枚は入ってる」
「はい、ありがとう」
若者はチャリチャリと銅貨をゆっくり選びながら数えていき、取引を終えた。
「私、族長の息子、名をユールと名乗ります」
「あ、ライラです」
「ここの長、ヴィクトル・アムズフェルトだ。今後ともよろしく頼む」
「……お二人は、ヤクーの肉買いませんか?」
「うん? 干し肉か?」
「いえ、足悪くした子います。長くない」
「……治らないんですか?」
「はい、ヤクー、足折れると、生きれません。馬と同じ」
「……良かったら、見せてもらえますか?」
「はい、あっちの荷馬車います」
――クー……
荷台には一回り小さなヤクーが寝そべり弱っていた。
「足が折れたのはいつ頃ですか?」
「谷降りるとき、二日前です」
「でしたらまだくっついてませんね。添え木はされていて真っ直ぐ……これなら」
ライラは治癒の祈りを唱え、そっとヤクーの足に手を添えた。内部へ浸透させるよう、長い祈りを続ける。
骨折は一度の治癒では治らない。いまは希少となった魔石でもない限り、数日かける必要がある。
「……少しは良くなったはずです。よければこの砦で数日休ませて下さい。明日も治癒をかけます」
――クー、クー
「エセルの民でしたか。とても助かります。足治れば、この子、生きれます」
「いえ……これも治癒師としての務めですから」
「私、労いわかりません。お代いくらですか?」
「労いは結構です。ヤクーとお友達になりたいので」
ライラはにこりと微笑み、ユールは腕を前に掲げて独特な感謝の礼を示した。
「ありがとう、この子、よろしくおねがいします。朝と夕、ミルク絞れます。どうぞ飲んでください」
「はい!」
「……教会は早めに依頼しておくよ」
「ふふ、楽しみにしてますね」
――
三日後、ライラの治癒とたくさんのメスゴブリンに甲斐甲斐しく世話されて、ヤクーは元気に立ち上がった。
「ありがとう。ヤクーも喜んでます。私、ジュナイブ行く必要もなくなりました」
「いえいえ、うちのゴブリンにも大人気でしたよ」
「……ゴブリン?」
「あ、いや、なんでないです!」
ライラは慌てて手を振り誤魔化そうとした。
「ゴブリン住んでるの、知ってます。街ゴブリン、森ゴブリン、大人しい。でも、山ゴブリン、凶暴です。ヤクー襲います」
「……山にもゴブリンがでるのか」
「はい、山ゴブリン、すごく増えてます。山の民も困ってます」
「……一仕事できそうだな」
ヴィクトルはゴブリンのようにニヤリと口を歪めて笑った。
「……またゴブリン狩りですか……」
――ライラの帳簿
金貨=12ソル=144ドニ
銀貨=12ドニ
銅貨=パン一斤ぐらい
古銅貨=約半ドニ
帳簿通貨
大金貨=20ソル(1.6ディナール・240ドニ)
小金貨=10ソル(0.8ディナール・120ドニ)
300金貨=360ダリヴル
ヤクールとの交易2ダリヴル
残金358ダリヴル
――アルゴ砦年間予算
【初年度ゴブリン総数】
オスゴブリン約80匹
メスゴブリン約60匹
子ゴブリン約30匹
【ゴブリンの食費】
1匹につき約1ゼニ。(成人男性は約1ドニ)
一日170ゼニ→85ドニ→約7ソル。
月210ソル→21ダリヴル
年210ディナール→252ダリヴル
冬の備え……不足中。
ゴブリンの年間食費は252ダリヴルとなり、一年後の実質残金は……僅か106ダリヴル。ライラはまだ、その事実に気付いていない。




