第十七話 国家の礎
アルゴ砦が赤鷲の紋章旗を掲げたその日、アムズフェルト家は慎ましくも祝杯を挙げた。
その宴の最中、ブランドルはヴィクトルとライラに向けて、二通の紙を差し出した。
「坊ちゃん……いえ、若様。これを」
「なんだドル爺、改まって」
「一通はわしの10年分の年金、200金貨の手形」
ライラはその金額にギョッとした。
「そしてもう一通は、若様がいつか独立される時のため……リオネル様よりお預かりした後継資金の300金貨です」
「「金貨500枚……!?」」
今度はさすがのヴィクトルも驚いた。
「何を驚いてなさる。アムズフェルトは元辺境伯。これは少ないぐらいですぞ?」
「いや、さすがに爺の年金まではもらえんだろう」
「何をおっしゃる。これはわしの引退後の年金。若様が一旗揚げられた以上、わしが引退するのは天に昇る時。これはアムズフェルト家にお返しいたします」
「……ありがとう、爺や。その忠心、確かに受け取った」
ヴィクトルが瞼を閉じ、神妙な面持ちで受け取ろうとし――
ブランドルはさっとその手形を取り上げてしまった。
「とは言え、使い方には注文をつけさせていただきます」
「む……」
「まず、ヴィクトル様は金勘定があまりに雑! ライラ様の補助があるとはいえ全く信用できませぬ!」
「ぐぬぬ……」
「耳が痛いです……」
ライラは金貨と銀貨しか使ったことがなく、食料を買い付けるときも相場が全くわからなかった。
「次に、ライラ様を娶るならメディスン家に結納金を支払い、貴族として娶りなされ」
「な……なるほど」
「ふぇぇ!?」
ヴィクトルが腕組して頷いてる。そりゃあ、嬉しいか嬉しくないかで言ったら嬉しいけど……急すぎない?
「これは必要経費です。メディスン家の後ろ盾とは即ち、正統教会の後ろ盾。かつロンドミルの奴隷契約に対しても有効な手段となりましょう」
「……さすがドル爺だ。いくら贈ればいい?」
「100金貨と言ったところでしょうな」
「それ……私の売値より高いんじゃ……」
実際いくらかは知らないけれど、それだけあれば実家は随分助かりそうだ。
「……いや、教会を通して200金貨だそう。その金でメディスン家に奴隷契約を破棄させ、アルゴ砦に教会を建立してもらうんだ」
「教会……ですか?」
教会があれば毎日のお祈りと、果樹園や治癒院も作れる。すごく嬉しい。
「また雑な……と言いたい所ですが、いい手ですな。教会があれば帝国も無闇に手を出せますまい。しかし内政は成り立ちますかな?」
教育係の顔で片眉をつり上げるブランドル。
「そこは……頑張るよ」
「わ、私も頑張ります!」
「そんな金があるんだったら、鍛冶の人手と魔導師も増やしてくれよ。いい加減一人じゃ限界だぜ」
お酒を片手にランディルが口を挟んだ。それはそうだ。間違いなくこの人が一番重労働だ。
「人手はなぁ……ゴブリンがいると中々」
「ゴブリンには手伝えないんですか?」
「銃はちょっと無理だな。鋳型を作って簡略化してるとは言え、砲身も弾も僅かなズレが命取りになる。それに……」
「それに?」
ぐびりとランディルが酒をあおる。
「鍛冶場は溶鉱炉以外、魔導蒸気機関だ。火か水の魔法が使えないと役に立たん」
「……まどー蒸気機関? 機関車のことですか?」
「ライラちゃん、世間知らず過ぎだろ……今までどうやって生きてきたんだ? 今度見せてやるから、また来な」
「は、はい!」
皆からの生暖かい視線がささる……この中で知らないのは私だけだったらしい。
「では200金貨の使い道はそれで良いとして、残りはどうされますかな?」
「まずは食料確保、商取引、軍備、建築……」
「お洋服とか……お布団やカーテンも……」
「そう言うのはまた今度。ランディも言っていたが、軍としても火の使い手は欲しい。ゴブリン一隊につき一人は必要だ」
「ではアムズフェルト旧家臣のうち、騎士とわしの弟子に連絡をつけておきましょう」
「騎士と魔導師を雇うには、いくらぐらいかかるんですか?」
「昔は日当5銀貨は必要でしたが……最近は2銀貨がいいところでしょう」
「えっと……月60銀貨、年720銀貨だから……60金貨ですね」
「ライラ様、月収と年収は計算せずとも銀を金に換えるだけですぞ」
「あ、なるほど」
「年60金貨だとして、5人増やすと一年で無くなるのか。あっという間だな」
「運用せねばそうでしょうな。ゴブリンが食料だけでいいとしても、一部隊につき月60銀貨以上の稼ぎを用意せねばなりませぬ」
「そうだな。とはいえ騎士団の稼ぎなんて、今も昔も一つだけだ」
「ですな」
「……なんですか?」
「「傭兵さ」です」
「……ところで、俺様の休みと給金は?」
ランディの愚痴は、アムズフェルト総出の酒とお肉でごまかされた。
――
にぎやかな宴も終わり、温泉に浸かる二人。
「ヴィクトル様、さっきのお話の続きですが……」
「うん?」
「ヴィクトル様はお金勘定が苦手なんですよね?」
「あぁ……1金貨が12銀貨で144銅貨だろ……ややこしすぎる」
「でしたら、商取引用の大金貨を使われてはどうでしょう?」
「大金貨か……確かジュナイブとかで使う20銀貨の単位だっけ? 確かに計算は楽になるが……通貨にまざると余計にわかり辛そうだ」
ヴィクトルは無意識に十進法で数えてしまう。それなら――
「……リヴルの半分で小金貨なんてどうですか?」
「10銀貨の金貨か、それならオレでも計算できそうだ! ダラスといい、ライラは天才だな!」
「えへへ……計算はヴィクトル様のほうが早いので、私もその方が助かります」
「よし……アルゴ砦の基本通貨は小金貨としよう。10銀貨、120銅貨……簡単だ!」
「金が採掘できたら、ホントに作っちゃってもいいですね」
「いいな、その時はライラの肖像を彫るとしよう」
「もう……からかわないでくださいよ」
「本気さ……愛しているよ、ライラ」
真っ直ぐにこちらを見つめる、黄金の瞳。
「ヴィクトル様……」
返事を待たず引き寄せる逞しい腕。ライラは静かに目を閉じ、その優しい抱擁に身を預けた。




