第十五話 強盗騎士の奥の手
「ヴィクトル、そろそろ陽が昇る」
「あぁ、行こう。スカウト達はここで待っていろ」
要塞都市ジュナイブの街道はずれ、森の影に野営するゴブリン兵団。
ランディルとヴィクトルは準備を整え、アロと共にジュナイブに向かった。
「坊ちゃん、お気をつけて。帝国の手も伸びております」
ジュナイブがライラを素直に引き渡してくれればいいが、荒事になる可能性は高い。
門前ではいくつかの商隊が野営し、門の開放を待っていた。
その最前列にヴィクトルとランディが腰を下ろす。
「オレは先日、ロンドミルの傭兵から逃げるためにここで爆薬を使った」
「……被害は?」
「兵士が吹き飛んだ程度だ……死ぬ量ではない」
「まぁ……死んでないなら大丈夫だろう」
ジュナイブなら優れた治癒師もいる。欠損や傷が残らなければ、罪はそう重くないだろう。
――カーン、カーン
朝の刻を告げる鐘の音が響き、要塞の門が開かれた。
「お前が冒険者ヴィクトルだな」
門前は開口一番、名指しで呼び出した。
ヴィクトルは頷き、冒険者証をかざす。
「……市議会が呼んでいる。ついてこい」
二人は兵士に連れられて、ジュナイブの中央市議会の一室へ案内された。
――
「こんなとこ初めてきたぜ」
美しく飾り付けられ、広々とした室内をランディがキョロキョロと見渡している。
「巨大な都市を取りまとめる市議会と、ジュナイブ市民のための場所だからな」
ヴィクトルは父と何度か赴いたことはある。あの頃は優しい商人がくれるお菓子を喜んで頬張っていたものだ。
――コンコン
多彩な布をいくつも羽織る、商人風の男性が秘書を伴い入室した。
「お待たせしました、ヴィクトルさん。市議会のマクスウェルです」
簡素に名乗り、対面に座る。
「先日は止むを得ず騒ぎを起こし、申し訳なく思っています。これはお詫びに」
ヴィクトルがジャラリと重い革袋を差し出す。
「……その件はまぁいいでしょう。怪我した兵士も賄賂を受け取った報いです」
くいと顎を向け、秘書が革袋を運ぶ。マクスウェルは小さな天秤をテーブルに置いた。
「……エセル教会にてライラ・メディスン氏が貴方に庇護を求めています。そして、ロンドミル商会が奴隷の権利を主張している」
天秤の右に小さな重りを乗せる。
「ご本人の意思を尊重したい気持ちはありますが、ロンドミルは我々とも付き合いの長い大商会です」
天秤の左に大きな重りを乗せる。
「我々は紛争を望みません。中立の立場として公平に事態を解決したいと望んでいます」
マクスウェルが目を細めてヴィクトルに視線を向けた。
「……彼女は私の庇護下にある女性です。ロンドミルに誘拐され、この地に運ばれたのです」
「おっしゃる通り、ライラさんもそう言っています。また蛮行に及んだロンドミルの使いは門衛を襲い逃亡したとも聞いています」
右に小さな重りが二つ載せられ、天秤はわずかに右に傾く。
「とはいえ、あなたもまたこの街で爆発騒ぎを起こし、門衛を負傷させた」
左にも小さな重りが追加され、天秤が揺れる。
「さらに、ロンドミルは今回の不祥事の解決に十分な補償金を支払うと申し出ています。その額……100金貨」
左に大きな重りが二つ乗せられ、天秤は大きく傾いた。
「……いかがされますか?」
ヴィクトルは自身の手札を考えた。冒険者としてのギルドの信用、手持ちの資金、兵団の力。
そのいずれもが、どれだけ積んでもロンドミルに対抗できないと言う現実。
「……一介の冒険者では、その天秤を傾けることはできそうにありません」
「……そうでしょうな。それではライラ氏の身柄はあちらに」
マクスウェルは目の前の若者に興味をなくし、天秤をしまおうと手を伸ばす。
「ですので、ここからはアムズフェルト家としてお話しましょう」
「……はい?」
ヴィクトルが剣の鞘に手を掛け、真っ直ぐに立ち上がった。ランディルの口が楽しそうに歪む。
「我が名はヴィクトル・アムズフェルト。今は亡きリオネル・アムズフェルト辺境伯の嫡男にしてアムズフェルトの名を受け継ぐ者」
「アムズフェルトは……滅んだはず」
グルグルと回るマクスウェルの視界。剣の鞘に赤鷲の紋章を見て、若者の発言が戯言で無いことを確信した。
「要塞都市ジュナイブに告げる。我が家の庇護下にあるライラ・メディスンを直ちにこちらへ引き渡せ。さもなくば……」
――キン
ヴィクトルの左手が鯉口を切る。
「アムズフェルトは汝らの都市に私闘を申し込む!」
剣が一閃、天秤の左糸を切り裂いた。
――ガチン
天秤は音を立てて右側に傾き、マクスウェルは腰が抜けたかのように、椅子の背後にずり下がる。
「フェーデ!? フェーデなんてもう、帝国で禁止されているぞ!」
「あいにくアムズフェルトはバニシュされもはや帝国の法外! 日が落ちるまでに回答をだせ! 遅滞あらば一日につき一万金貨の賠償金を請求する!」
「ほ、法外もいいとこだ! ジュナイブの要塞を舐めるな、そんな脅しに屈するものか!」
マクスウェルは椅子に隠れながらも市議会員として対抗した。
「我々はライラ・メディスンが戻るまで街道を封鎖する。往来する全ての商会から全ての積荷を奪い去る」
カッカッと軍靴を鳴らし、ヴィクトルが歩き出す。
「ひ……ヒィィ……」
「商人の理で軍閥貴族の矜持を計れると思うなよ。期限は日の入りまでだ。忘れるな」
怯えるマクスウェルを素通りし、ヴィクトルは扉を開けてその場を去った。
ランディルはゴブリンを連れ、静かにその背中に付き従った。
――
夕陽が湖畔を照らし、刻限が近づく。
城壁には私闘の噂を聞いた群衆が集まり、事の成り行きを見守っていた。
やがて門の中から神父に手を引かれ、一人の少女が姿を現した。
堂々たる佇まいで街道に並ぶゴブリン兵団に向かい、少女は走りだした。
若い騎士が少女を迎え、強く抱きしめる。
その光景を見たジュナイブの群衆は、歓声に沸いた。




