第十三話 強盗騎士の油断
「先日の連中だが、旧アムズフェルト領の代官が差し向けた帝国兵だったようだ」
事もなさげにヴィクトルが言った。
「やっぱり、ロンドミルではなかったんですね」
雇われ冒険者の様子から、そんな気はしていたが……もっとまずい相手なのではないだろうか。
「あちらも被害は最小限にして引いていったからな。捕虜もとれず特定には時間がかかった」
「次は攻城戦に備えてくるでしょうな」
「まぁゴブリン相手にそこまで持ち出さないだろう。こちらとて別に領内を荒らしているわけではないのだ」
「この砦を取り返そうとはしないのですか?」
「その気があればもっと昔に抑えているさ。帝国も商会も、今はコストに見合わない戦争など起こさない」
「手を出さなければ実害なく、制圧しても手にはいるのはゴブリンと廃墟だけ。実にたちが悪い山賊ですな」
――カーン、カーン
「実害があるのはここを通るキャラバンのみだ。ちょうど向かって来ているらしい」
ヴィクトルらが見上げると、見張り台のスカウトが北方向を指し示していた。
――
山脈を越えてやってくる商隊にむけて、城壁にゴブリン兵団が構え、ヴィクトルが旗を四つ掲げた。
ライラはまた砲火が上がるのかと思ったが、商隊は大人しく手前で制止した。
商隊はその場で積荷をいくつか降ろしはじめる。通過する荷馬車は四台。三箱毎にヴィクトルは旗を降ろす。
一ダラスの箱が降ろされ、商隊がそれぞれ積荷の蓋を開けると、扉が開かれた。
「……積荷を改めたりはしないんですね」
「ゴブリンを送って争いになっても困るからな。何度か通過している相手だし、これで十分だ」
商隊はゆっくりと城門を通過し、南へと下って行った。
「よし、それじゃ積荷を回収してくる」
「では私はメスゴブリンの様子をみてきますね」
ヴィクトルは閉門を確認するとゴブリンを連れて降りていった。
ライラが回廊を進んでいると、妙な違和感があった。
……なにか足音が?
振り返るも、そこには誰もいない。
気のせいかと踵を返すと、突如口に湿った布が当てられた。
「んー! んーー……」
口に水が押し込まれ、意識が遠のいていく。これは……昏睡の水……?
――ドサリ
気を失ったライラはズタ袋を被せられ、侵入者に担がれて行った。
――
メイドゴブリンがキィキィと喚き立てる。
「……ライラがいない? メスゴブリンの様子を見に行くと言っていたぞ」
メイドは強く首を振る。
「……全員傾注! ライラを探せ!」
鍛冶場から不浄場まで、あちこちを走り回り、やがてスカウトが不審な足跡を発見した。
「商隊か積荷に紛れて、侵入されていたのか……」
ヴィクトルはランディルとスカウトを呼び、二頭の馬に分かれて飛び乗った。
「商隊を追うぞ! 爺、後詰めは任せた」
「承知いたしました、お気をつけて」
「坊、急ぐぞ」
「あぁ……駆けろ! アロ!」
――ダカッダカッダカッ
二頭の馬が、湖を照らす夕陽に向けて駆け出した。
――
……ここは?
ガタガタと揺れる振動、口に結ばれた布。後ろ手に縛られた手。ライラは暗闇の中、自分が拐われたのだと気づいた。
ガンッと大きく揺れる荷台。ずいぶん急いでいる。外には何人かの息遣いと話し声。
「急げ、もう日が沈む。門が閉まると厄介だ」
「言われるまでもねぇ」
目的地はジュナイブ……列車もある大きな街。入ってしまったらもう、ヴィクトル達には会えないだろう。
ライラはこのまま自分が奴隷になることより、そのことを思い、強く胸が締め付けられた。
なんとか逃げ出そうと、揺れに合わせて体をよじる。何か……中にあるもの。
ポロリと裾から硬いものが落ちた。指でたぐり寄せ、小さな骨を握り込む。
メスゴブリンの贈り物……鋭く尖った骨をこすりつけ、ゆっくりと後ろ手の縄を削っていく。
ガタンと音を立て、馬車が止まる。まずい、急がないと。
「おい、こっちを先に通せ」
「もう夜になる。大人しく待て」
「いいから、先だ」
「……チッ、荷を改める」
――今しかない!
ライラは力いっぱい骨を差し込み、綱を切った。足でガンガンと床を打ち鳴らし、猿ぐつわを解く。
「……なんの音だ?」
「……家畜だよ、おい! うるせぇぞ、黙らせろ!」
固く縛られたズタ袋の口が開かれる。
「助けて! 誘拐です!」
ライラは力の限り、声を上げた。中の男が慌ててライラを蹴り飛ばす。
ざわつく商隊、笛を鳴らす門衛。
積荷を改めようと詰め寄る門衛に、代表の男が飄々と相対した。
「皆さん落ち着いて、誘拐は誤解です。私たちはロンドミルの使い、あの女は正式な奴隷ですよ」
「ゲホッ……ゲホッ……お願い……助けて」
門衛は、その女に見覚えがあった。
ゴブリンを使う冒険者の男。傷物だと言う女奴隷。
訳ありだとは感じたが、男の評判が悪くないことを知っていた門衛は、深く問い詰めなかった。
しかし、その日に爆発騒ぎを起こし、通した門衛は罰金を課せられた。
「騒がせたお詫びに、こちらを」
ズシリと重い革袋が差し出される。
忌々しい、まったく忌々しいことだが……。
――シュラン
目の前の奴隷商に比べれば、あの男の目は濁っていなかった。
「事情はあとで確認する。速やかにその女を引き渡せ」
「……残念です」
――ヒュッ
風が吹き、銀の光が門衛の首をかすめるように飛来した。
「……カハッ」
首を抑え、血を吐く門衛。暗闇に舞う丸い刃が、男の指にくるりと戻る。
悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。
いけない、あの傷は致命傷だ! 痛みをこらえてライラが飛び出す。
チャクラムの男が、鋭い眼差しをライラに向けた。




