第十二話 冒険者ヴィクトル
――アムズフェルト家を帝国よりバニシュとする。
帝国平和令に従わず、帝国の庇護を失ったアムズフェルトの没落は早かった。迫る帝国軍に武力で抵抗し続けたが、周辺からも留めどなく敵が押し寄せたのだ。
「坊ちゃま、このまま領内に残っては危険です。今は雌伏のとき、ジュナイブに身を潜めましょう」
「……わかった、爺や」
「ヴィクトル、これが最後の別れになるやも知れん。こっちへ来い」
「父上……」
それが、徹底抗戦を貫こうとする父の、最期の温もりだった。
「アムズフェルトの誇りを忘れず、強く生きよ」
「……はい! 父上もどうか、ご健勝で」
ヴィクトルは馬を駆け、嶮しいアルガス山脈を登った。その高台から、生まれ育った屋敷が燃え上がるのを眺め、涙した。
――
「新入、ゴブリン退治をやったことは?」
「追い払う程度は何度もやってきた。巣穴は、まだ無い」
「……まぁいい、足を引っ張るなよ」
先輩冒険者三人に加わり、ヴィクトルは前衛を務めた。騎士として鍛えた炎を纏う剣は、野営と洞窟内で役立った。
「ギィーー!」
穴ぐらを進み、次々に襲い来るゴブリン。
群れをなすとはいえ、所詮は鎧も纏わぬ低俗な魔物。一太刀のもと切り捨て洞窟を進む。
やがて、最奥のボス、大柄なホブゴブリンを取り囲んで倒し、ヴィクトルは息をついた。
「これで、全部か……?」
「いや、まだどこかにメスが隠れてるはずだ」
そういえば、メスのゴブリンなど見たことがない。巣穴にしかいないのだろうか。
斥候役のメンバーが土壁を見つけ、掘り崩す。
「キィ……」
中にいたのは、一匹のメスとその子どもだった。
「これだけか……小さい巣だったな。新入、お前がやれ」
ウサギのように怯える丸っこい顔。尖った耳、薄緑の肌。猿のような子ども……。
「……わかった」
気は進まないが、残せば増える。怯えるメスと子どもに向け、ヴィクトルは剣に炎を灯した。
「キィィ……」
――本当に、それでいいのか?
「ぐっ……!?」
「ためらうな、新入!」
――それが、お前の騎士道なのか?
「うるさい! 黙れ!」
ざわつく仲間、怯えるメス。オレの中にいる、誰かの声が耳元で響く。
わかってるさ、良い事だなんて思っちゃいない。だけど、今殺らなきゃまた誰かが襲われるだけだろう!
――お前の人生だ、お前の好きに生きろ。だけどな……自分の心に嘘をつくべきじゃない。
「『善く生きる』だろ……もう、聞き飽きたよ」
ヴィクトルは、諦めたように剣を納めた。
「おい、新入」
「こいつらはオレが飼う。報酬から天引きしてくれ」
「……本気か?」
「本気だとも。ちょうど、奴隷が欲しいと思ってたんだ」
パーティーは思案し、報酬が増えるなら断る理由も無いと、提案を受け入れた。
「ほら、こっちへ来い」
「キィ……?」
不思議なことに、そのメスは大人しくヴィクトルに従った。
――
メスゴブリンにローブを被せ、隠れ家に帰る。
「坊ちゃん、なんですかなそのゴブリンは?」
「隠れ家の掃除に、メイドが欲しいと言っていたろ?」
「キィ……」
「子どもまで……まさか育てるおつもりですか?」
「そうだな……小さい頃から教育すれば、兵として使えるかも知れん」
「なーんでちょっといい考え思いついた! みたい顔しとるんですか!」
「ハハハ……許せ、爺や。自分の心に嘘をつけなかっただけだ」
「……まぁ、良いです。どこまで躾けられるかわかりませんが、やってみましょう」
「名前はどうするか……」
「ゴブリンは名を持ちませぬ。犬猫と違って愛着を持つべきでもない、やめておきなされ」
「……せめて区別は必要だろう。じゃあメイドと……小さいからスカウトにしよう」
「キィ」
「なんだ、通じるじゃないか」
「……通じてるんですかな、それは?」
「うむ、なんとなくわかる」
「でしたら、簡単な言葉は教えておいてくだされ。必要な単語表を作っておきましょう」
「さすがアムズフェルトの教育係だ。これからもよろしく頼むぞ」
「一番肝心な教育に失敗した気がしてなりませんのじゃ……」
その日ブランドルは嘆息し、ヴィクトルは笑い、乳を求めて泣くスカウトをメイドがあやした。
――チャポン
「……ふぅ、なんだか昔を思い出したな」
「ギィー?」
「お前が小さい頃のことだよ。今も小さいけど」
「ギッギギッ!」
「怒るな怒るな……そうやってなんどお前に引っ掻かれたことか」
「……ヴィクトル様、よろしいですか?」
湯けむりの中、艶かしいシルエットが近づいてくる。
「あ、ライラ……」
「ギィー!」
「あら、小さいゴブリンさんもご一緒でしたか」
「あぁ……まぁこいつなら大丈……」
「キャァァァ!」
「ぶっ!」
ライラの湯浴み着を、スカウトが引っ張ってやがる!
「こら! やめろ!」
「ギィー?」
「違う! それは服じゃない、着てていいやつだ!」
「あぁ……裸で入れと言いたかったんですね」
「もうお前は出ろ、ライラが落ち着いて入れない」
「ギィ……」
ヴィクトルがスカウトを睨みつけると、すごすごと退散して行った。
「すまなかったな……」
「いえ、理由がわかれば大丈夫です……ですから……」
ぱさり。
!?
――チャポン
「これなら、他のゴブリンさんが来ても大丈夫ですよね?」
「……ど、どうだろうナ?」
湯船に浮かぶライラの胸に目がいってしまう。落ち着け、せっかくの信頼を裏切るな!
「……私は、ヴィクトル様はお優しいと思っています」
「……う、うん?」
「必要以上にゴブリンを殺さない方が、決して無闇に人を殺す方だとは思っていません」
「……昨日の事か」
「冒険者の方は野蛮でしたが……悪い人だとは思いませんでした……でも、ランディルさんは」
「あいつはノルドの戦士だ。弱肉強食の社会で生きる、オレよりよっぽどゴブリンに近い男だ」
「そうですね……私も、言い過ぎました」
「ライラはそれで良い……自分の心に、従えば良い」
「……自分の、心に……」
静かな湯船に、いつもと変わらぬ製鉄の音が鳴り響いていた。




