第十話 迫りくる侵入者
「敵の数は?」
「……約三十五といったところですな」
砦の城壁で先に待機していたブランドルが数を報告する。
「ヴィクトル様、3ダラスと5です」
「わかった、41だな」
ライラが考案した桁単位を使ってヴィクトルに数を伝えた。数と単位を切り替えれば、ヴィクトルの計算は速かった。
「……荷馬車に銃隊2ダラス、歩兵2ダラス大砲なし……なんだ、50いるじゃないか」
ヴィクトルが長筒を覗き込み、改めて兵種と数を確認した。
「すいませんな……老眼なもので荷馬車の中までは」
「爺も望遠レンズを使えばいいだろう」
「目をくっつけると見えんのですじゃ」
敵襲が迫ってると言うのに、二人の会話はまるで普段と変わらないトーンだった。
「あの……そんなにのんびりしてて良いのでしょうか?」
「うん? まぁまだ距離もあるし、大砲が無ければ負けようがない。ライラは安心して女ゴブリンと待っていろ」
「は、はい」
ライラは階段を降り、多数の銃を構えたゴブリンらとすれ違う。何匹かはガチャガチャと重そうな鉄箱を抱えていた。
「城壁集合! 陣形アイン! 一列横隊! 一番隊右翼ブランドル指揮、二番隊左翼はオレに続け!」
数も武装も、聞く限りはほぼこちらと変わらない戦力。あのあふれる自信はどこから来るのだろうか?
ライラは銃と火薬を備えた砦が、どれだけの戦力差を生むのかをよく知らなかった。
――
回廊を進みメイドゴブリンを見つけ、ライラは手招きされる方へ向かった。
初めて入るメスの大部屋。床中に皮や布が敷き詰められ、多くのメス達が子どもを抱え、座り、寝そべっていた。
「フキィー! キ……!」
騒ぐ子どもゴブリンを、母が押さえつけ黙らせる。
メスはいつも静かだが、これだけ集まっていても誰も騒がない。
「皆さん……静かなんですね」
「キィ」
メイドゴブリンが静かに頷く。きっと巣穴の秩序や安全を保つためなのだろう。
――パンッ! パンッ!
城壁の方から銃声が鳴り始め、その音はドンドン激化していく。
メスたちは互いに身を寄せ合って、小さな子を奥に押し込んでいた。
――ギィー!
部屋の外、遠くからオスの叫びが聞こえた。
「今の声は……」
様子を見に行くべきか、待つべきか……。
「キィ……」
メイドがライラの手を掴む。行ってはダメ。言葉は分からなくても、意思は伝わった。
「うん……」
――タタタタッ
複数の足音が迫る。ヴィクトルではない。ゴブリンは靴をはかない。侵入者だ。
――ガン!
部屋のかんぬきが揺れる。この部屋は大きな鉄扉、そう簡単に破れるものではない。
しかし、なぜ内部に人が入ってきているのか……ライラは息を潜めて恐怖に耐えた。
「チッ、隙間に差し込め」
剣の刃が、扉の隙間に差し込まれる。かんぬきは木製。ガンガンと叩きつける衝撃に、扉が揺れる。
どうしよう……どうしたら……。
考える間もなく、ベキベキと音を立てかんぬきが折れてく。
――バンッ!
現れたのは、冒険者風の男四人。剣、剣、斧、弓。
「なんだ……メスの巣か」
「金目のもんはねぇな。どうする?」
「探索を続けるなら殺しといた方がいいだろう」
「この数だぞ? 殺してる間に表が終わるだろ」
男達が口々に物騒な事を口にする。いきり立つメスを抑え、ライラは前に出た。
「やめて……目的は私でしょう? この子たちは放っておいて」
「うん? ゴブリンに拐われた娘か……?」
「助けてやろう。女、こっちに来るんだ」
「おい、金目のものが先だ」
「いいじゃねえか、かわいいぞこの子」
……顔を知らない? それとも、ロンドミルじゃない?
「あの、中なら案内できます。ここのゴブリンに手を出さないでもらえますか?」
「……いいだろう。こっちへこい」
リーダー格の男が、メスを剣で制しながら手を伸ばす。ライラはその手をとって、後ろに振り返った。
「大丈夫だから……行ってくるね」
不安そうなメス達の瞳を遮り、鉄の大扉がゆっくりと閉まった。
――
「……どちらに案内すればよろしいですか?」
「強盗騎士が溜め込んだ金の在処だ」
「……わかりません」
「じゃあ、あんたが入った事のない場所は?」
「それなら……」
思い当たるのは、温泉奥の鍛冶場。しかし、この男達を案内していいものか。
「待て、何かおかしい。ゴブリンに拐われた女にしちゃ落ち着き過ぎてる」
弓の男が、ライラに疑念を抱いた。
「……何かおかしいですか? 私ももう、ここが長いので……よくわかりません」
ライラは奴隷の時の絶望感を思い出し、できるだけ仄暗く笑った。
「……いや、いい。急ぎで案内してくれ」
「ではこちらへ……外に、別の建物があります」
ふらふらとした足取りで、ライラは温泉へ向かった。外ではまだ銃声が響いていた。
――
コツコツとゆっくり石段を登る。嗅ぎなれた硫黄の香り。脱衣場の小屋。
「これは温泉か……まさかここの事じゃないだろうな?」
「いいえ、この奥です」
「ならもっと急げ」
「……はい」
さらに階段を登り、先へ進む。奥には黒煙を昇らせる鍛冶場が見えた。
「ここからは……私も知りません」
「お宝じゃなさそうだな……」
「いや、これはありだぜ。銃が手に入ればこっちのもんだ」
「よし、突入しよう」
男達が鉄の扉を開ける。
中からむわりと熱気が噴き出す。奥には赤黒い肌の男が一人、半裸で葉巻をくわえ鉄を打っていた。
「あん? 誰だテメェら」
「一人か……騒ぐな。投降すれば命は助けてやる」
「投降? 何で俺様がお前らに投降しなきゃならねぇんだ?」
半裸の男は鉄の小槌を持ったまま、ズカズカと歩み寄る。
「動くな!」
「わかった」
――ブン!
足を止めると同時に放たれるハンマーの投擲。先頭のリーダーの脇をすり抜け、斧持ちの頭部にめり込んだ。
息を呑むライラ、慌てる男達、走り込む半裸の巨体は矢をかわし、飛び込むように剣をすり抜け、斧を拾いあげた。
――ブォン!
音に遅れて吹き出す血。転がる首。上がる悲鳴。蹴飛ばされ、転がり落ちる弓持ち。
「……俺様を相手にするなら、10人は連れてくるべきだったな」
狂犬のような大男は、口を歪ませて笑みを浮かべ、リーダーの男に斧を振り投げた。




