第一話 追放騎士と奴隷の娘
「……ハァ……ハァ」
縛られた両手を噛み解きながら、ライラ・メディスンは夜道を走っていた。
背後から迫るいくつもの火の手、追いすがる男たち。やがてライラの肩に手がかかり、体が引きずり倒された。
「あぁ……!」
「残念だったな、逃げても無駄だ。お嬢ちゃんには、ちょいと躾が必要だな」
大柄な男の体がのしかかり、服の裾に男の腕が滑り込む。
「い……いや!」
身をよじり、跳ね除けようとするもその手が押さえつけられる。
「へへ……帝都に届ける前に、味見くらい――」
「いやぁーーー!!」
――パンッ
突如、破裂音と共に男の体がのけぞった。
――パタタ
生暖かい鮮血が、ライラの顔に散る。
「え……?」
街道のわき道で、小柄な影が横一列。銃を構え、静止していた。
「な、なんだ……?」
突然の出来事に、後続の男達はうろたえていた。その時――
揺らめく炎の剣が、夜を照らした。
「後続、狙え」
――パチン
一閃の火花が走り、横一列に火砲が炸裂した。
――ドババババンッ!!
一斉に放たれる弾丸。次々に崩れ落ちる男達。
銃声が止むと白い煙が立ち昇り、夜道に静寂が訪れた。
「今のは……銃士隊?」
やがて一匹の小柄な影が跳ねるように近づき、その影はライラのそばでニタリと笑った。
「ゴ……ゴブリン……!?」
逃げようともがくも、ライラの上には男の死体が重くのしかかっていた。
「……やめろ、先に死体の確認だ」
「ギィ……」
その小さなゴブリンは苦虫を潰したような顔で伸ばした手を引っ込め、男の死体を引きずっていく。
炎を纏う剣が揺らめき、カッカッと軍靴を鳴らし近づいてくる。
ライラの目に、男の盾に刻まれた家紋――炎を背にした鷲の紋章が見えた。
「貴方は……騎士、さま?」
その言葉に、男は答えた。
「いいや……オレは――」
淡々と、自らを揶揄するように。
「追放騎士だ」
――
パチパチと弾ける焚き火の前で、ライラは外套に身を包んで座っていた。
そばの荷馬車では、騎士と小鬼らが強盗の如く荷を漁っている。
一通り荷を改めた騎士の男がやって来て、静かに腰を下ろした。
「どうして……ゴブリンを連れているのですか?」
「あいつらはオレの兵だ」
「騎士が、ゴブリンを?」
「言ったろ? オレは帝国を追放された騎士だ。金も領地も無ければ、私兵を持つことも許されない」
男は荷運びするゴブリンに視線を向ける。
「だが、こいつらは法の外側。そして強い者に従う。シンプルでいい」
「だからと言って、銃を持たせるなんて危険では……」
「危険さ、だから引鉄はない。オレが火打ち石だ」
パチンと、指先に火花を散らせる。
「合理的だろ?」
炎の騎士は片眉をあげ、こともなさげに答えた。
「落ち着いたら、どこへなりとも逃げるんだな」
辺りは暗く、見知らぬ山道、傷んだ足、破けた服。
奴隷として売られた女が、助かる道など何処にもない。ライラは息を呑み、震える声を絞り出す。
「……どうか、私も連れていってください」
男はライラに向き直り、静かに問うた。
「……覚悟は?」
法外の存在、庇護無き者について行く事の覚悟を。
男の問いに、ライラは頷き答えた。
「……あります」
「なら、条件がある」
「はい……」
「……寝床は、オレの隣だ」
ビクリと、ライラの体が震えた。
だが、その覚悟はあった。己が差し出せるものなど、それしかないのだから。
「……分かりました」
――
森の奥、キャンプ地の一幕。
男は鎧を脱ぎ、引き締まった体と焦げたような赤茶色の髪があらわになった。
薄い布を敷き横たわる男、ライラはそっと隣に横たわり、ぎゅっと胸を抱えた。
「まだ、名前を聞いてなかったな」
「……ライラ・メディスンです」
「オレはヴィクトル・アムズフェルト」
一瞬の沈黙。
男がふっと笑みを浮かべた。
「落ちぶれた貴族同士か」
ライラは男の家名に聞き覚えがあった。
「アムズフェルトと言えば、軍閥の辺境伯ですよね?」
「帝国の永世平和令が出るまではな」
――永世平和令
貴族の私兵解散、軍備縮小、私闘の禁止。
「じゃあ……追放されたのって……」
「アムズフェルト家が永世平和令に従わなかったからだ。そして……滅ぼされた」
「……帝国を、恨んでるでしょうね」
「いいや、時代の流れだ」
ヴィクトルが天に向かって手を伸ばす。
「銃と火薬が、騎士を殺した。軍閥貴族などもう必要なかったんだ。それだけじゃない……銃がもっと普及すれば、いずれ持たざる者たちが、王や皇帝すら打ち倒すだろう」
「なんだか……未来でも見てきたかのように言うんですね」
「……実際、時々そんな光景が見えることがある。ただそれは知らない国の、知らない言葉で、例えるなら異世界に迷い込んだかのような……」
「不思議なお話……。もしかして、神の天啓だったりして……」
天啓を受けた者は、救国の英雄になると言うが――
「いや……それは無いだろう。そもそもオレは神を信じてないからな……それより」
ヴィクトルがごろりと横向きになり、金色の瞳がライラの眼前に迫った。近くで見る顔は思った以上に若く、傷痕があった。
「治癒の名家、メディスン家の娘が奴隷となる方が、妙な話だ」
「……うちも、時代遅れだったんです。古い信仰を大事にして、新しい技術を受け入れなかったから……」
「借金にまみれて、治癒の水の材料として売られたか。エセリエルの加護も堕ちたものだ」
ヴィクトルが乾いた笑みを浮かべると、ライラに外套を被せた。
ライラの体が、小さく強張る。
「まだ怖いのか? ゴブリンの事なら大丈夫だ」
「え……?」
「ゴブリンは好んで女を襲うが、オレの物だと分かれば手は出さない」
優しい腕がそっと、ライラの亜麻色の髪をなでた。
「オレの隣が一番安全だ」
「……何も、しないんですか」
「言ったろ? バニシュされても、オレは騎士だ」
「……ありがとう、ございます」
ライラの張り詰めた糸がほぐれ、瞳に涙が浮かび上がった。
「っ……」
「安心して眠れ、ライラ。お前は俺が守る」
そのままライラの頭を胸に抱き、ヴィクトルはすっと目をつむった。
「おやすみなさい……ヴィクトル様」
ライラはその温もりに安堵し、周囲からギィギィと聞こえるゴブリンの鳴き声が響く中、穏やかに眠りについた。
――
夜が明けると、ライラの隣にヴィクトルの姿はなかった。
外を見れば、ゴブリンを率いてヴィクトルが出陣の準備をしていた。
「起きたか。すぐに移動するぞ、準備しろ」
「ヴィクトル様、今日は何を……?」
炎の騎士は外套を払い、事もなさ気に答える。
「ゴブリン狩りだ」
「……え?」
ギシャシャシャと、ゴブリン達の大きな笑い声が森に響いた。
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