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2周目の人生の入り口で

 告別式の後、火葬場に運ばれた私の遺体は1時間程度で骨だけになった。

 これで本当に、この世から私の実体はなくなった。

 誰にも見えない“霊体”の私はここにいて、骨を拾うみんなを見ているのに・・・。まあ、その霊体も四十九日を過ぎればいなくなる。

 ここの世界では、私がいなくなった後の時間が続いていくのだ。


 葬儀が終わった後のここからの時間。四十九日のその日まで私は何をしようか。

 会いたい人には葬儀の間に会った。

 行きたい場所といっても、そこまで思い入れのある場所も思いつかない。門番さんは四十九日の期間は会いたい人や行きたい場所へ行く人が多いと話した。今思うと、それは次の生涯へ進む人なのかもしれない。やり直しの人生を選ぶとしたら、学校も友人もそのほとんどは再び会うことができるし、義務教育や高校もおそらく同じ学校にも行くだろう。

 

 昔の恋人や好きだった人に会いたいと思う人もいるだろうか。

 初恋の人や淡い恋心を持った人も、今さら会いに行ったところで中年のおじさんもしくは初老だ。若く素敵なイメージのままでいてもらった方が良いに決まっている。それに、生きているかどうかも一切連絡を取っていない今、知りようがない。

 私にも人並みに彼氏と呼べる人がいたこともあるけれど、終わってしまった恋愛に対して1ミリも未練を持ち合わせていない。別れてからも思いを残すほど深い恋愛をしてこなかったということなのだろう。

 初めて彼氏と呼べる人ができたのは、看護学校に入ってからだった。看護学校で仲良くなった紗矢香に紹介された2歳上の人だ。初対面の時、彼は私を気に入ったようだったが、私はピンと来なかった。それでも紹介してくれた友達への義理もある。何度かデートを重ね付き合うことになった。周囲の友達には彼氏がいて、ランチや飲み会をすれば話題は決まって彼氏との話になる中で、元カレすらいない私は劣等感を抱いていた。正直なところ、彼への好意というよりは彼氏がいるという状況が欲しかったのだと思う。ドライブデートであちこち出かけたり、一緒に美味しいものを食べるのは楽しかったけれど、彼が大事にしているエンジン音がやたらとうるさい改造車は好きになれなかったし、彼のことも”好き”にはなれなかったのだ。結局、半年くらいで私から一方的に、逃げるようにして別れた。

 自分が好きになる人にはパートナーがいて私に振り向くことがない人ばかりで、同じように自分に好意を持ってくれる人の何人かと付き合ったけれど、結末はいつも似たようなものだった。

 元恋人である彼らにとって私の存在はどうだろう。私と同じように何の感情も湧かない存在になっているだろうか。私と付き合っていたことすら、私の存在すら記憶に残っていないだろうか。

 寧ろそうであってほしいと願う自分がいて、自分の都合で考えている身勝手さに気づく。

 

 こんな私だから、この人生で結婚や出産というイベントが巡ってこなかったのだろう。


 

 私は目を瞑り、門番さんのいるあの白い空間をイメージする。


「おかえりなさいませ。」

 白いスーツを着た門番さんがカウンターの中から話しかけてきた。

 目を開けるとあの部屋だ。

「いかがでしたか?」

 そう聞かれて、この数日の間に考えていたことが漏れてしまう

「私の人生って何だったんでしょうか。」

 想定外の答えだったらしく虚を突かれたような顔で聞き返された。

「と言いますと?」

 

「他人の迷惑にならないように、他人の役に立てるようにと思って生きてました。人との関係を一定の距離で保って、踏み込まないし踏み込ませない。」

 社会的側面では、この生き方で周りとの摩擦を減らすことができる。私なりの処世術だったと思う。恋愛関係にあってもその距離感を変えることができなかった。それによって相手がどう感じていたか・・・。見ないようにしてきたことばかりだったと今になって理解できる。

「それは、悪いことですか?」

 まるでカウンセリングのように、門番さんは私の話を聞いてくれる。

 結局は自分のことしか考えていなかった。

「自分に向けてくれる優しさや愛情に気づかずに、受け取らず、返すこともできてなかったように思って。」

 恋愛だけじゃなく、仕事上の関係であっても見えていないものがあったと思う。

「まあ、人生に後悔はつきものですからねぇ。」

 門番さんは慈悲深い穏やかな笑顔で頷きながらそう返答した。


 自分が人を遠ざけておきながら虚しさや不安を抱えて、この先の未来に希望を見出せずにいた。

「45にもなって、会ったこともないアイドルだけが生きがいなんて・・・」

 傍から見れば痛いおばさんだ。

「まあ、生き方も人それぞれですし・・・」


 それでも、”NJT”は、私の唯一の希望だった。

 もちろんアイドルとしてビジュアルやパフォーマンスも素敵だけれど、彼らは本当にたくさんの苦労をして、韓国トップに登り詰めて世界的にも有名なトップアイドルになった。デビューまでの苦労やデビューをしてからの苦悩も背景を知れば知るほど、彼らが創り出す音楽や歌詞が深く心に刺さって、他の音楽に一切興味を持てなくなってしまった。もともと特定の誰かというよりは、ドラマの主題歌やどこかで流れている流行の曲を適当にプレイリストに入れているくらいだった私は、K-popアイドルにも興味がないため、他のグループに関する情報は全く持ち合わせていない。

 私にとってのアイドルは唯一無二、NJTだけで彼らの替わりなんていないし、彼らの存在だけが私の心を慰めてくれたし、私の生きる原動力になっていたことは揺るぎない事実だ。

 



「四十九日の時間をもらったところで、会いたい人も、行きたい場所もないことに改めて気づいたんです。」

 やり直しの人生でもう一度会うことができるし、行くことができると思っているからなのだけど、それでも会いたい人や行きたい場所があってそこへ行く人もいるのかな。

「執着がないというのは、悪いことではないと思いますよ。執着することで苦しみは生まれますから。」

 まあ確かに。それにしても私は執着がなさ過ぎるようにも思うけど、悪くないとは思う。

「この後、四十九日までどうしたら良いでしょう?」

 死んでからまだ数日しか経っていない。1か月以上も残された時間をどうしたものかと、門番さんに尋ねる。

「もう現世に未練がないということであれば、次へ進みますか?」

 門番さんが言っていることの意味が理解できず聞き返す。

「でも、四十九日はまだまだ先ですよね?」

 門番さんは表情を変えず答える。

「それは現世での“時間”という概念でしかないので、ご本人様のご意思で次へ進むことが可能です。」

 そうか、こうしている間も現世では私という存在がない”時間”が流れている。現世に実体のない私が何をしても関係ないのだ。

 門番さんは右手で私の後方を指し示す。私はぐるりと体ごと後ろに向きを変えるとそこには、扉が二つ並んでいた。

「白い扉は天界への扉です。青い扉を開ければやり直しの人生へ続く道です。」

 頭の後ろから門番さんの説明が聞こえる。

 横並びに白い扉と青い扉があるのを見て、バラエティ番組でこういうクイズ番組あったなと突然思い出す。〇と✕がかかれたどちらかを選んで間違った方を選んだら泥だらけになったり、白い粉まみれになったり。

 まあ、ここでそんな罰ゲームがあるはずはないけれど、できるならより良い選択をしたい。

 白い扉を開ければクスクスに。青い扉を開ければ人生を最初からやり直し。

 推しに会いたいという気持ちの勢いだけでやり直しを決めたけれど、この数日間、自分とその周囲の人を俯瞰で見ていて、やり直しの人生への思いは強くなったように思う。今の意識を持って人生をやり直せば、もう少しうまく生きられるのかもしれない。

 1周目の人生が失敗だったとは思わないけれど、将来に希望を持てず、虚しさや漠然とした不安を抱えながら生きるような日々とは違う人生を生きることができるのかもしれない。

 推しに会うために。そして、より良い人生を生きる為に・・・。私は、大きく息を吸って決意を口に出す。

「もちろん、やり直します。2周目の人生を選びます。」


「それでは、青い扉を開けてお進みください。」

 今度は頭の上から声が聞こえ振り返ると、そこにあったはずのカウンターも門番さんも消えていた。

 門番さんがいなくなり少し不安が込み上げてくるが、気を取り直して再び扉の方に向きを変えると、並んでいたはずの二つの扉は青い扉だけになり目の前に近づいていた。

 恐る恐る青い扉を開けるが、やはりその扉の向こう側もただ白い部屋が続いているように見える。中に入り少し進むと扉が閉まる音が合図だったように、突然白かった部屋は明るい光に包まれその光は徐々に強くなっていき、眩しさで目を開けていられなくなった。

 思わず目を瞑ると眠りに落ちるような浮遊感と同時に意識が遠のいていくのを感じた。



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