表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

マジックイベント

掲載日:2025/06/17

 大型ショッピングモール1階にある洋菓子店の前を、振り向きもせずに素通りしていく男がいた。パッとしない服、平均的な身長。今にも瞼が落ちそうな眠い目を最小限の力で進行方向に尖らせた、その自分の持つ軽薄さに自覚的な顔つきが、こうして肩幅に足を開いて立っている僕の、イベントスタッフとしての自覚を呼び覚ましてくれたときには、すでにマジックショーは終盤に差し掛かっていた。何人かの子供をステージに上げての大掛かりなマジック。僕はあの男が見えなくなった後、なんとなくその人の歩いた軌跡を巻き戻しするみたいに目で追いかけ、パターンが分岐する流れで周囲を見回してみる。すると後ろにある青果店のフロアで、パイナップルの値札の位置を落ち着きのない手つきで直している、くたびれた青色の厚手のエプロンの店員と目が合う。ステージの方からは大きな歓声が上がっていた。

 ショーが終わって片付けもほとんど終わりかけのころ、このとき初めてあのマジシャンが女の人だったことを知った。ステージの上では男装というほどではないが、短髪で直線的な黒いジャケットを着ていたので、こうして化学繊維の縦に走ったジーパンとSF映画のロゴTシャツ、その上に淡いピンクに片足踏み入れた灰色のパーカーを羽織った姿はまるで別人というか、今日が初対面にも関わらず、意外という感想を僕に抱かせるのだった。

 マジシャンが「今日はお疲れ様です」と一言。それに対し僕も「ああ、お疲れ様です」と狡猾な助走をつけて返す。それからもう一言くらいは必要になる空気がして、

「いやあすごかったですね。マジック、横で見てましたけど。」

「いえいえそんな、私なんて……。」

 そう言って自嘲的な笑みを浮かべる姿が、嫌味にならず似合ってしまう女性だった。こういう自嘲する態度が傍から見られて似合うのは、男の場合ほとんどない。女性らしさの正体の一つとしてこの、絶妙な加減の自嘲というのがあるんじゃないか。そんな直感を掴みながらも僕の返答は何のひねりもない。

「謙遜だなんて、子供たちも喜んでましたよ。」

 帰ってから、そのマジシャンのホームページや動画サイトのサムネイルをいくつか見たりして、それからはいつも通り寝るまでFPSをやりまくった。

 ワンゲームに負けた直後、急にオンになったVCで「ハイ、アイムフロム台湾、しぇーしぇー」と聞こえたのを皮切りに、他の味方たちも一斉にVCをつけて出身地とかサンキューとかを言い始め、その中で唯一マイクを持っていなかった僕は解散まで残り少ない秒数で、チーム内チャットに「gg」とだけ打ち込んで遷移したホーム画面からレディボタンを押すまでがこの上なく早かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ