第4章 依頼報告と、それぞれの心
【1】リュナ視点 — ギルド本部・昼
報告は淡々と進んだ。
「地図の確認、完了しました。未登録の広間1箇所、通路2本。踏破済みで間違いありませんね?」
受付嬢が地図をなぞりながら言う。
「記録精度も高いし、初回にしては上出来。3人とも、よく戻ってきました」
そう言われても、リュナはうなずかなかった。
報酬袋を受け取るだけで十分だった。
「……今回は戦利品もあるし、多少は形になった、ってことね」
口調は軽かったが、自分に言い聞かせているような響きがあった。
隣のサーシャは、大きな身体を縮こまらせうつむき気味。
後ろのフィオナは、相変わらず感情の読めない目をしている。
「サーシャさんの立ち回りも、ちゃんと記録に残しておきますよ。
前衛を張れる人材は少ないですから」
受付嬢の言葉に、リュナの眉がほんのわずかに動いた。
(……“張った”っていうか、耐えただけじゃないの)
言いかけて、言葉が口の奥に引っかかった。
(なに、あたし。点数でもつけてるつもり?)
喉の奥がじんと重くなる。
少しの苛立ち。少しの居心地の悪さ。
(……なんで、こんなにもたついてるんだろ)
心の奥に、言葉にならない何かがこびりついていた。
受け取った報酬袋の重みが、なぜかやけに冷たく感じた。
【2】フィオナ視点 — 食堂の片隅・午後
スープが冷めていく。
目の前には3つの椀。スプーンの音はない。
誰も話さない。けれど、それは不自然ではなかった。
(……このままずっと、こうは続かない)
そう、フィオナは思っていた。
サーシャの視線は、ずっとテーブルの上に落ちたまま。
たまにリュナを見るが、何かを言いたげで、でも結局何も言わない。
(違う。あの子、わたしの方すら見てない)
フィオナはその事実に気づきながらも、黙ってスプーンを口に運ぶ。
——昨日、手を引いたときの感触が、あまりに頼りなかった。
あれは、誰にでもできることではなかった。
けれど、サーシャはそれを“借り”だと思っている。
(……たぶん、このままだと、あの子は離れる)
だから今、何も言わない。
何も問いたださない。
代わりに、杖の先で靴の裏を小さくつつく。
明日、ちゃんと踏み出せるように。
【3】サーシャ視点 — 宿の部屋・夜
ベッドに体を落とした瞬間、息が漏れた。
「……だめだったな……」
つぶやいても誰も聞いていない。
いや、聞かれたくなかった。
(守ってくれた。手を伸ばしてくれた。だから、感謝してる)
けれど、その直後には、
(でも……追いつけなかった)
という言葉が、同じくらいの重さで心の中に浮かぶ。
フィオナが手を伸ばしてきたとき——
あの、冷たい指先に驚いたのは、体温じゃない。
「誰にでも、それをやってきた手なんだ」って、思ってしまったからだ。
(私は……あんなふうに、なれるのかな)
スキルもない。
剣だって、振ってるだけ。
それでも「一緒にいたい」と思ったのは、本当にわがままだろうか。
——ガチャリ。
彼女はベッドの下から、自分の剣を引き出す。
柄を握る。硬い。
冷たい。指に馴染まない。
木の枝よりも、ずっと無機質で、ずっと重い。
けれど。
「……明日。明日こそは、もう少しだけでも」
誰に届かなくてもいい。
明日だけは、今日より強く。
【4】ナレーション締め
小さな部屋に、今日も3つの寝息があった。
けれどその音色は、昨夜とは、ほんのわずかに違っていた。
明日、その小さな“ずれ”が何を生むのかを、
まだ誰も知らなかった。