表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

第22章 分断と選択

第三階層・瘴気地帯、その奥。


 深層へのルートを探索していたリュナたちは、罠とも知らず“その通路”へ足を踏み入れた。



 天井から落ちる毒滴。視界は悪く、地面はわずかに揺れていた。


 サーシャが前方を慎重に進んでいた時——


 「っ、リュナ、床が……!」


 瞬間、床全体が音もなく陥没する。


 リュナがとっさにフィオナの腕を引き、サーシャは別方向へ跳ぶ。

 重力が一瞬だけ消えたかのように、視界が回転した。


 落下の感覚、視界の揺れ、そして——


 「バラバラに落ちた」



 リュナは、暗がりの中で目を開いた。


 天井は高く、瘴気が渦を巻いている。

 だが横にはフィオナの姿があった。


「無事……?」

「ええ。大きな怪我はない。でも、サーシャが……」


 リュナはすぐに立ち上がる。

 「戻らなきゃ——」


 しかし通路は閉じていた。壁の岩がせり出し、完全に道を塞いでいる。

 魔法による干渉すら、反応しない。


「……こっちは“閉じ込め”か」

 リュナは剣に手をかける。

 「だったら、突破するしかない」


 そのとき、フィオナが顔をしかめた。


「この瘴気、普通じゃない……。ただの毒じゃない、魔力の流れを引き込んで、構造を歪ませてる」

「……何かを“見せる”仕掛けかもしれない」



 一方そのころ、サーシャ。


 泥まみれの地面に、ひとり。


 ……誰もいない。


(はぐれた?)

(でも……声は聞こえない。近くにも、いない?)


 深呼吸して、立ち上がる。

 毒の濃度は……高い。視界も悪い。


 だけど、足は動く。まだ、戦える。


(大丈夫、私は一人でも……)


 そう思った——その直後だった。


 “何か”の視線を感じる。


 振り向く。

 そこには、異様なほど背の高い影が、じっと彼女を見下ろしていた。


 人型……だけど、腕が、四本。顔が、ない。

 歪んだ仮面のような瘴気の塊が、首のあたりに浮かんでいる。


 次の瞬間、その腕の一本が動いた。

 地を薙いだ瘴気の鞭が、石床を抉り、毒泥が飛び散る。


(……実体がある?)


 だが、それはなぜかすぐには襲ってこなかった。


 代わりに、口のない頭部から、“声”が響いた。


「キミは、なぜ戦う?」


 サーシャは息を呑んだ。


(……なんでって……)


 思い浮かぶのは、遠い日の記憶。

 能力がないと判明した日、母の目は遠くを見るようだった。

 妹は祝福され、自分は背を向けられた。


「スキルのない子に、未来はないわ」


 その言葉が、今も棘のように胸に刺さっている。


「……だから……私は……」


 小さく、しかし確かな声で言葉を紡いだ。


「私は……スキルがなくても、生きられるって証明したいんだ」

「見返したいとか、そんなのじゃない。ただ……」


 声が震える。けれど、目は逸らさなかった。


「——いつか、もう一度“家族”になりたいって、思ってるんだよ」


 それは諦めきれなかった願い。

 幼い日、手を繋いで笑った家族のぬくもり。


「それが、おまえの“力”だというのか」


「違う。これは、“覚悟”だよ!」


 叫ぶ。サーシャは震えながらも、盾を構えた。

 たとえ幻でも、見下されたままでいるつもりはなかった。


「……来いよ。あんたが幻でも、痛いなら叩き返すだけだ!」


 その声に、影がようやく動いた。

 地を砕く瘴気の腕が振り下ろされる。

 だが、その直後——



「リュナ、今!」


 フィオナが叫び、広間の端で詠唱を終える。


「瘴気の流れ、遮断する……今だけ!」


 風と土の魔力が交差し、影の身体の一部が不安定に揺らぐ。

 その隙をついて、リュナが駆けた。


「——っ、いくよっ!」


 剣が幻影の中心を貫いた。


 影は断末魔を上げることもなく、瘴気の霧となって崩れ落ちた。



 戦いのあと。


 サーシャは膝をつき、静かに地面を見つめていた。


 リュナが横に座る。


「大丈夫?」

「……うん。ちょっと、頭がね……変なやつに話しかけられた」


「どんな?」


 少しだけ、サーシャは悩んでから言った。


「“なんで戦うのか”って。……自分でも、ちょっと分からなくなりそうだった」

「でも、思い出した。私は、家族に……もう一度、笑って会いたいんだって」


「……そっか」


 リュナは黙って、彼女の言葉を聞いていたが——

 そのあと、ぽつりと呟いた。


「でも、今は頭がすっきりしてる。変なやつに言われたこと、ちゃんと整理できた気がする」


 サーシャが、顔を上げて見つめ返す。

 言葉は交わさなくても、何かが通じた気がした。


 幻の残り香が、空気の中にまだ微かに漂っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ