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第21章 歪んだ門番

 第三階層の探索任務、二日目。

 前日に踏破した浅層域の先——さらに瘴気が濃くなる沼の先に、それはいた。



 ぬかるむ毒沼をかき分けるようにして進んでいたリュナたちの足が、ある瞬間に止まった。


「……あれ、なに?」

 サーシャが指さした先に、奇妙な“柱”のようなものがそびえていた。

 沼の中央にぽつんと佇む、石の塔。だが塔の上部は崩れており、そこから突き出すのは人型の……いや、人の形を模した異形だった。


 四つん這いに折れ曲がった腕、膨れた背中から垂れ下がる触手のような瘴気。

 その“それ”はまるで、塔の一部と一体化するようにじっとしている。


 フィオナが囁く。

「……あれ、結界門番だわ。瘴気と融合した“守りの魔像”。階層をまたぐ通路を塞ぐ、罠兼ボス」

「つまり、あいつを倒さないと次に進めないってこと?」

「ええ。たぶん、第三階層の“深域”はその先」


 リュナは大きく息を吸い込み、剣の柄を握った。

「やるよ。私たちで、道を切り開く」



 初撃は静かだった。


 リュナが踏み込んだ瞬間、“門番”の首がゆっくりとこちらを向いた。

 歪んだ仮面のような顔に、目はない。だが、確かに“見られている”とわかる。


 瘴気が弾け、周囲の沼が膨張した。

 そこから飛び出してきたのは——毒で膨れた人型の影、三体。

 まるでかつてこの門に挑んで倒れた冒険者の成れの果てのように。


「来る……っ!」


 フィオナが即座に詠唱に入る。

 「炎の矢よ、貫け《フレイムアロー)》!」


 火矢が音もなく飛び、影の一体を貫いた——が。

 炎が、染み込まなかった。

 瘴気がぬるりと火を包み、音もなく消していく。


「……通らない? 瘴気に、吸われてる……」


 息を呑んだフィオナの背筋を、冷たい感覚が這い上がる。

 空気が濁っている。魔法回路の制御が狂う。

 これは——普通の魔物じゃない。


 「駄目。この空間、魔力が歪む……補助に回る!」


 火力が通じないと悟った彼女は、即座に支援魔法へ切り替えた。

 「——土よ、我らの友を守り給え《アース・》!」

 地面の泥が固まり、リュナの足元が一瞬だけ強化される。


 「ありがとう、任せて!」


 リュナが迎撃に回り、その隙を突くようにして影の一体が背後へ回り込む。

 サーシャがそれを視界に捉えた直後、膝をついた。


「っ……ご、ごめん……! 毒が……さっきより強い……!」

 マスクの奥から聞こえる苦しい声。彼女の顔色が、ほんのり紫に染まりかけている。


「サーシャ、下がって!」

「でも、私が前に出なきゃ……!」


 サーシャが立ち上がろうとした瞬間、門番の背から伸びた瘴気の触手が、地面を這うように襲いかかった。


 リュナがそれを斬り払い、叫ぶ。

「無理しないで! 戦える人が、今は前に出る!」

「……でも……!」


 その一瞬のためらいが、戦線の乱れを呼ぶ。

 門番がゆっくりと立ち上がる。ぬかるみの中、異形の四肢が音もなく滑り出す。



 フィオナが唱える補助魔法がリュナの能力を強化し、彼女は敵の懐に飛び込む。

 毒沼を踏みしめながら、一直線に切り裂いた剣は、門番の腕の一部を斬り落とした。


 だが——門番は“痛み”ではなく、“形”を変えて反応した。

 崩れた腕の断面から、さらに細い瘴気の鞭が三本、生えてくる。


「っ、再生……!」

「魔力じゃない……これは、毒素で構成されてる……!」

 フィオナが戦慄したように呟いた。


 そのときだった。


 背後から、サーシャが叫んだ。

「私に……盾を! せめて……一撃分、引き受けるから……!」


 サーシャは膝をつきながらも、一歩前へと滲むように進む。

(火傷しても、潰れてもいい。止まったら、誰も守れない)


「今だ、リュナ!」


「行くよ……っ!」

リュナの剣が、魔法で弱点を露出させた核を貫いた。


門番が咆哮をあげ、崩れ落ちる。


——静寂。


だが、サーシャの身体はその場に崩れるように座り込んだ。


「無茶したわね」

リュナが近づいて、そっと彼女の盾に触れる。


「……これ、重すぎ」


「私が、支える番だったのに」

フィオナが膝をつき、彼女の隣に座る。


「大丈夫。今は、三人で守ってる」

リュナが笑いながら言った。



 ——戦闘終了。

 門番は瘴気ごと崩れ、塔の中へと沈んでいった。


 サーシャはその場に座り込み、マスクを外して荒く呼吸していた。


「……っは……へへ、少し……効いちゃった……」

「無理しすぎよ!」

 リュナが膝をつき、光魔法で解毒を彼女にかけながら、怒るように言った。


 だがすぐに優しい表情になった。


「ありがとう、サーシャ。やっぱり、あんたがいないと駄目だわ」

「うん……ありがと……」


フィオナも横に来て言葉をかけた。

「すごいよ…サーシャ。誇っていい」


 サーシャは、小さく頷きながら目を閉じた。

 心と体の両方が、少しだけ軽くなった気がしていた。


——階層を越える度に、傷は深くなる。

だがそれと同じだけ、彼女たちの絆もまた——強くなっていた。

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