第19章 報告とまどろみ
迷宮都市。
第二階層・《焦熱の間》のボス、《焦熱のサラマンダー》討伐——
それは街に戻る五人の少女たちに、確かな疲労と、淡い達成感を残していた。
◆
ギルド本部、応接室。
報告書の束を整理していた受付嬢ミリアが、五人を前に顔を上げた。
「お疲れさまでした。《焦熱のサラマンダー》……確かに、討伐確認されました」
部屋の空気が、すっと緩む。
サーシャが小さくガッツポーズ。
「ひとまず、お祝いね。正式に《第二階層・突破認定》です」
「報酬も……それなりに?」
カーラが、冗談めかして尋ねる。
ミリアが微笑んだ。「もちろん。あなたたちの評価は、今ギルド内でも急上昇中よ」
「監視組として見てた立場として言わせてもらうけど——」
ミランダが腕を組みながら言った。
「五人での連携は、悪くなかった。サラマンダー級を落としたこと自体、評価に値する」
カーラも続けた。
「特に魔法と前衛の連携は、面白かったな。……危なっかしい場面もあったけど」
フィオナが少し肩をすくめる。
「……ごめん。魔法が……」
「いや、あれがなきゃ、私は立て直せなかった」
サーシャがさらりと言い、フィオナに笑いかけた。
「それに、ちゃんと当ててたじゃない。最後には」
リュナも頷いた。
「全員、生きて帰った。それが一番大事」
◆
報告後、宿に戻った五人は、遅い昼食を囲んでいた。
「なんか、妙に静かだね……」
サーシャが口をもぐもぐさせながら言う。
「それぞれ、いろいろあったから」
リュナが剣を外して、壁に立てかけた。
「……でも、今回は本当に、全員が支え合ったと思う」
フィオナは湯気の立つスープを見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……怖かったよ。でも、役に立てたのが嬉しかった」
ミランダがスプーンを置いて、言った。
「なら、これからも“役に立つ”ことを意識すればいい。怖くても、それを超えた力があるなら、前に出る意味がある」
カーラはパンをかじりながら、にやっと笑った。
「フィオナ、お前の魔法、思ってたよりずっと鋭かったよ。……悪くない」
「な、なんか……照れる……」
サーシャが一口大きく食べて、笑った。
「でもさー、あたし次はもうちょい火が少ない場所がいいな。あっつかった〜」
「次は……氷の層かしら?」 フィオナが少しだけ楽しそうに言った。
◆
食後のまどろみの中、誰かがぽつりと呟いた。
「……あの魔石、どう分ける?」
「私のは、いらない」
サーシャが即答する。
「そのぶんフィオナかリュナに渡して。あたし、足引っ張ったし」
「そんなこと言ってると、またバランス崩すぞ」
ミランダが真顔で、サーシャの前に座り直す。
「この世界では、誰かが減ると“回らなくなる”。戦力も、報酬も」
カーラが横から口を挟んだ。
「サーシャは前線張ってた。魔石の価値は、盾の重さにも比例する」
「……そっか。……ごめん、ちょっと感傷的になってた」
サーシャが小さく笑い、スプーンを持ち直す。
そのとき、ミランダが言った。
「ところで、あの盾。少し貸して」
「え?」
「重さ、知りたくて」
サーシャは戸惑いつつも渡す。ミランダは両手で持ち上げ、わずかに眉を上げた。
「……思ったより、ずっしりくる。これ、構えたまま動けるのか」
「……慣れれば平気」
サーシャが、少し誇らしげに答えた。
カーラが笑う。
「……次は私が足引っ張るかもな。期待してるよ、盾役」
笑いが自然に広がった。
◆
——その夜、宿の屋上で、リュナは一人風に当たっていた。
空は雲に覆われ、月は出ていない。けれど、遠く街の灯だけはいつも通り揺れていた。
(……風向きが、変わった)
何が、とは言えない。だが、この都市で生きてきて、背に刺さる視線の温度だけは忘れない。
ふと、ギルドの屋根が見える方角を見た。
——あそこには、今日の報告をまとめる者たちがいる。
——自分たちの戦いを「分析する」目がある。
(あたしは、見られてる)
それを、リュナは事実として認識していた。
目に見える敵より、見えない味方の方が、怖い時がある。
「……信頼は、きっと試されるものじゃない。選ぶものだ」
彼女は自分の剣の柄に手を置きながら、ぽつりと呟いた。
(でも、だからこそ——私は、あの二人を信じたい)
サーシャは、誰かの後ろに立てるようになった。
フィオナは、炎の中から自分の意思で立ち上がった。
(……なら、今度は私の番だ)
見えない監視の視線に対して、あえて「いつも通り」でいること。
それがリュナの、無言の抗いだった。
そして彼女は静かに立ち上がった。今夜も、部屋に戻る。いつもの、仲間のいる場所へ。
——あの火の間を抜けた日から、自分の中の何かが、確かに変わり始めていた。