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第19章 報告とまどろみ

迷宮都市カルツァレア

第二階層・《焦熱の間》のボス、《焦熱のサラマンダー》討伐——

それは街に戻る五人の少女たちに、確かな疲労と、淡い達成感を残していた。



ギルド本部、応接室。


報告書の束を整理していた受付嬢ミリアが、五人を前に顔を上げた。


「お疲れさまでした。《焦熱のサラマンダー》……確かに、討伐確認されました」


部屋の空気が、すっと緩む。

サーシャが小さくガッツポーズ。


「ひとまず、お祝いね。正式に《第二階層・突破認定》です」


「報酬も……それなりに?」

カーラが、冗談めかして尋ねる。


ミリアが微笑んだ。「もちろん。あなたたちの評価は、今ギルド内でも急上昇中よ」


「監視組として見てた立場として言わせてもらうけど——」

ミランダが腕を組みながら言った。

「五人での連携は、悪くなかった。サラマンダー級を落としたこと自体、評価に値する」


カーラも続けた。

「特に魔法と前衛の連携は、面白かったな。……危なっかしい場面もあったけど」


フィオナが少し肩をすくめる。

「……ごめん。魔法が……」


「いや、あれがなきゃ、私は立て直せなかった」

サーシャがさらりと言い、フィオナに笑いかけた。


「それに、ちゃんと当ててたじゃない。最後には」


リュナも頷いた。

「全員、生きて帰った。それが一番大事」



報告後、宿に戻った五人は、遅い昼食を囲んでいた。


「なんか、妙に静かだね……」

サーシャが口をもぐもぐさせながら言う。


「それぞれ、いろいろあったから」

リュナが剣を外して、壁に立てかけた。

「……でも、今回は本当に、全員が支え合ったと思う」


フィオナは湯気の立つスープを見つめたまま、ぽつりと呟く。

「……怖かったよ。でも、役に立てたのが嬉しかった」


ミランダがスプーンを置いて、言った。

「なら、これからも“役に立つ”ことを意識すればいい。怖くても、それを超えた力があるなら、前に出る意味がある」


カーラはパンをかじりながら、にやっと笑った。

「フィオナ、お前の魔法、思ってたよりずっと鋭かったよ。……悪くない」


「な、なんか……照れる……」


サーシャが一口大きく食べて、笑った。

「でもさー、あたし次はもうちょい火が少ない場所がいいな。あっつかった〜」


「次は……氷の層かしら?」 フィオナが少しだけ楽しそうに言った。



食後のまどろみの中、誰かがぽつりと呟いた。


「……あの魔石、どう分ける?」


「私のは、いらない」


サーシャが即答する。


「そのぶんフィオナかリュナに渡して。あたし、足引っ張ったし」


「そんなこと言ってると、またバランス崩すぞ」


ミランダが真顔で、サーシャの前に座り直す。


「この世界では、誰かが減ると“回らなくなる”。戦力も、報酬も」


カーラが横から口を挟んだ。


「サーシャは前線張ってた。魔石の価値は、盾の重さにも比例する」


「……そっか。……ごめん、ちょっと感傷的になってた」


サーシャが小さく笑い、スプーンを持ち直す。


そのとき、ミランダが言った。


「ところで、あの盾。少し貸して」


「え?」


「重さ、知りたくて」


サーシャは戸惑いつつも渡す。ミランダは両手で持ち上げ、わずかに眉を上げた。


「……思ったより、ずっしりくる。これ、構えたまま動けるのか」


「……慣れれば平気」


サーシャが、少し誇らしげに答えた。


カーラが笑う。


「……次は私が足引っ張るかもな。期待してるよ、盾役」


笑いが自然に広がった。



——その夜、宿の屋上で、リュナは一人風に当たっていた。


空は雲に覆われ、月は出ていない。けれど、遠く街の灯だけはいつも通り揺れていた。


(……風向きが、変わった)


何が、とは言えない。だが、この都市で生きてきて、背に刺さる視線の温度だけは忘れない。


ふと、ギルドの屋根が見える方角を見た。


——あそこには、今日の報告をまとめる者たちがいる。


——自分たちの戦いを「分析する」目がある。


(あたしは、見られてる)


それを、リュナは事実として認識していた。


目に見える敵より、見えない味方の方が、怖い時がある。


「……信頼は、きっと試されるものじゃない。選ぶものだ」


彼女は自分の剣の柄に手を置きながら、ぽつりと呟いた。


(でも、だからこそ——私は、あの二人を信じたい)


サーシャは、誰かの後ろに立てるようになった。


フィオナは、炎の中から自分の意思で立ち上がった。


(……なら、今度は私の番だ)


見えない監視の視線に対して、あえて「いつも通り」でいること。


それがリュナの、無言の抗いだった。


そして彼女は静かに立ち上がった。今夜も、部屋に戻る。いつもの、仲間のいる場所へ。


——あの火の間を抜けた日から、自分の中の何かが、確かに変わり始めていた。

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